探求の槍使い

菅原

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決別

二人の夢

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 コルクレアの元を去ったラインハルトは、階層を三つ上がりジンの自室前へと来た。
 主が死に早三月。無人の部屋を守る扉は、どことなく草臥れているように感じる。ラインハルトの目線の高さには、ジン・ホムエルシンの表札。どこか一抹の懐かしさを感じた。
「……不思議だな。この戸を叩けば、中から声が返って来る気がする」
 手で把手を握る。それから空いた手で戸を叩いてみた。
コンコン。
 ……返事はない。
「ふふ、返って来る筈もないか」
 自傷気味に笑みを漏らしながら把手をひねった。


 部屋の中は閑散としていた。そして酷く埃っぽい。部屋の状態を見るに、どうやらこの三月の間、誰一人中に入っていないようだ。
 私物も一切弄られていないらしく、部屋の中には見覚えのあるものが一通りそろっている。ジンがよく読んでいた本、ジンが気に入っていた茶葉にカップ……あの日託された槍も、白塗りの壁に掛けてあった。

 ラインハルトは散策を開始した。
 まずは茶葉やカップが並んだ棚へ。一つ一つ手に取り、中を覗いたり裏返してみたり……だがそのどれもが、彼の興味を引くものではないようで、すぐに棚へと戻された。

 次にラインハルトは、壁に掛けてあった槍を手に取った。慣れた手つきでくるりと回転させ、柄を下にして床に立てる。
「やはりこれは欠かせないな」
 槍使いである彼にとって、師の槍はやはり特別なものの様だ。
「俺の槍はあるから荷物になるかもしれないが……捨てるなんて勿体ないからな」
 柄から穂先に掛け、舐めるように見つめる。それから一つ微笑むと一先ず壁に立てかけた。

 続いてラインハルトは机の上を見た。
 机の上には、本が一冊と小さな手帳が一冊置いてあった。本はジンがよく読んでいた物語で、表紙の幻想的な絵が印象的だ。だがもう一冊の手帳は、ラインハルトの記憶にないものだった。
「……? 何だこれは」
 手帳を手に取り黒茶色の表紙を開く。するとそこには……日付と共に、幾つもの文字が連ねてあった。

『新暦十一年、火竜の下月、八日。先日捕まったという賊の元を訪れた。牢の中にいながら、あの太々しい態度……不詳の弟子を思い出してしまう。賊は、王国が事件を隠蔽する体質にあると語った。これが本当であれば驚愕の一言につきる。急ぎ真実を確かめねば……』

 ラインハルトは目を疑った。そこには義賊団と法国軍の抗争の陰で、ジンが奔走していた内実が書かれてあった。
 彼は頁をめくる。

『新暦十一年、火竜の下月、九日。クレイン・アルターという貴族の元を訪れた。正直なところ、大した話ではないと思っていたが、素晴らしい情報を得ることができた。なんでもいくつかの貴族が、実際に盗難の被害にあっているというのだ。被害にあった貴族らの名は、後日報せてくれるという……』

 更に数回、頁をめくってはその中身を読んでいく。
 やがてラインハルトは、ジンが死ぬ直前の日付と確信に迫る内容が書かれた個所を見つけた。

『新暦十一年、火竜の下月、十八日。なんということだ! 賊が語る話は全て本当のことだったのだ! スィックルの反応を見て確信を得た。法皇様が病に倒れ、嫡子が跡を継いだところまでは知っていた。だが、軍を束ねる総統府が一枚かんでいるとは……この事実は、何としてでも公にしなければならない』

 その日記を読み終え次の頁をめくると、そこからはずっと白紙が続いた。

 ラインハルトは一つため息をつくと手帳を閉じた。それから机の上に置かれた本も手に取り本棚へと向かう。
 本棚に空いた空間は二つ。一つは続き物の物語の中巻。もう一つは、手帳の並ぶ一番端だ。
 手にした本と手帳を本棚にしまうと、ラインハルトはふと、興味本位で一番古めかしい手帳を引き抜いた。
「ぼろぼろだな」
 少し乱暴に扱うだけで崩れてしまいそうな程、年季の入った手帳。それを開くとそこには、先ほど見たものと同様に、日記が綴られていた。

『王歴八百七年、風竜の中月、六日。終に戦乱の世が終わった。魔物と魔族、人間との戦いは英雄の力によって終焉を迎える。皆平和な世の訪れに歓喜の声を上げた。だが私は……』

 一番最初の日記は、平和な時代が始まった日のものだった。
 英雄の誕生、歓喜に打ち震える人々の様子……そしてそれに同調できぬ、ジンの気持ちがつらつらと書かれていた。

 ラインハルトは時を忘れ読み耽った。最初は連日、一日おきと認めてあった日記も、やがて十日、二十日とどんどん間隔があいていく。
 だがたった一つの出来事がきっかけで、ジンの日記が活気づいた。

『新暦二年、火竜の上月、十一日。素晴らしい戦士を見つけた! 何の気なしに足を運んだ闘技場にて、天賦の才を持つ少年を見つけたのだ! 聞けば身寄りのない身だという。これは是が非でも引き取らねば。このまま埋もれていい筈がない……』

 ラインハルトは、それが自分のことだとわかった。
 少々の恥ずかしさと、多々の好奇心に突き動かされ、ぱらぱらと読み進める。すると内容は、ジンとラインハルトが研鑽を積む場面に変わった。
 日々ラインハルトが力をつける様をみて、喜びに打ち震えるジン。その様子が書かれた中で、ラインハルトはその言葉を見つけた。

『……やはり彼は天才であった。時代が違えば確かに英雄足りえただろうに……惜しむらくは、早々に戦乱の世が終わってしまったことか。我が槍術が、戦場を席捲する。その夢を託せる戦士を、漸く見つけたというのに……』

 その字を目にしたラインハルトは、そっと手帳を閉じた。
「……ふふふ……そうか……そうだったのか」
 彼は漸く気が付いた。自身が何故、二人の女の求愛を受け入れなかったのかを。
(ジンよ、不甲斐ない弟子を許せ。もう忘れたりはしない。お前の夢は……必ず叶う)
 ラインハルトは忘れていた。ジンの夢を、自身の役目を、そして……自身の夢さえも。
 ジンの夢は、彼の夢でもあった。何時だったかにジンが零したその夢を代わりに叶えること、それこそがラインハルトが望む夢であったのだ。
 それを思い出したラインハルトは、胸に付けた金翼の徽章を引きちぎる。
 そしてその手帳と、壁に立てかけていた槍を手に、ジンの部屋を飛び出した。
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