探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
67 / 124
英雄

仲間

しおりを挟む
 虹色に輝く狼は、悠然と佇んでいた。
 その眼差しに敵意は籠っていない。しかし、その狼がこれまでに出会ったどの存在よりも強大で危険な存在であると、ラインハルトの本能が訴えている。ブラッドウルフとは比べようもない圧倒的な存在感。その狼を前に、ラインハルトは即座に距離を空けようと動き出した。

 距離を置くにしても、継闘を考え槍があるほうへ。そう思ったラインハルトは、大きく左方に飛びのく。
 丁度その瞬間、聞いたことがない声が聞こえた。
『ネイに何をしているの!?』
 少女のような声だが、周りに少女の姿はない。何よりその声は、彼の頭上から聞こえた。
 突如としてラインハルトが先までいた所に小さな竜巻が発生する。その轟々と吹き荒れる竜巻は、あたりの草木を巻き込み、中にあるものをずたずたに切り刻むはずだった。だがラインハルトは丁度その時、狼から遠ざかるためにその場を脱している。結果、幸運にもその竜巻に飲み込まれることはなかった。

 竜巻が霧散すると同時に姿を現したのは、これまた狼と同じく、日の光を浴びて七色に輝く一羽の鳥。こちらは敵意をむき出しに、ラインハルトを鋭く睨みつけてくる。
『動かないことをお勧めするわ。もし続けるというのなら……』
 続きは自分が、と言わんばかりに、鳥は甲高く鳴いた。


 現れた二体の獣は、魔物の中でも最上位に近い存在であった。
 何方も日の光を浴び七色に輝く半透明の体を持ち、その容姿から『水晶』の名が与えられた魔物だ。
 先に乱入した狼は『クリスタルウルフ』。そして次に乱入した鳥は『クリスタルホーク』。どちらもあの『巨人族タイタニア』に匹敵する力を持つ強者である。
 

 咄嗟に槍に向かって飛び退きはしたが、ラインハルトはまだ槍に届かず無手のまま。ここから反撃に転じるには少々無理がある。一方ネイノートが持つ矢はあと二本。更には味方と思われる二体の魔物が現れている。
 一時は勝利目前まで追いつめておきながら、ラインハルトの勝利は二つの邪魔者によってそれは阻まれてしまった。

 強敵二体の乱入を受けてもラインハルトの闘志は萎えない。だが現実問題、彼の武器である二本の槍は果てしなく遠く、彼の突きよりも早く動くクリスタルウルフがいるこの現状、ラインハルトは動くことができない。
 身動きが出来ぬ現状に加え、乱入してきた二体の獣は明らかにネイノートの仲間であった。このままいけば試合は三対一の戦いに発展してしまう。どうしようかと思い悩むラインハルトだったが、そこへ救いの手を差し伸べたのは他の誰でもないネイノートであった。
「こら、ウィン、パルス! 試合の邪魔をするんじゃない!」
 何とネイノートは、あろうことか助けに入った二体の魔物を叱り始めた。
『なっ!? で、でもあいつ! 槍を止める気なかったじゃない!』
 先ほどまでの殺気はどこへやら、クリスタルホークは途端に慌てだし、ラインハルトに背を向け言い訳を始める。
 だがそれもネイノートの一睨みによって黙り込んでしまった。
 クリスタルウルフは終始一言も発しないが、首を垂れてしまったので落ち込んだのは明らかだ。

 三者とも巨人族を倒す力を持つとはいえ、一方は魔物で一方は人間である。何方が強いかなど火を見るより明らかだ。更にはネイノートの残り矢数は僅かに二本。彼我の力量差は圧倒的だろうに、より強者であると思われる魔物の方が黙ってしかられている様に、ラインハルトは混乱を禁じ得ない。
「お、おい」
 あまりにも置き去りにされるものだから、ラインハルトは恐る恐る声をかけた。するとネイノートは苦笑いを浮かべる。
「ああ、ごめん。彼らが邪魔しちゃって。さっきのはどう考えても君の勝ちだ。おめでとう、ラインハルト君」
 弓を持たぬ方の手で頭をかきながらそういう。
 これを機に、その場に充満していた殺伐とした空気が薄れ始める。試合が終わったと察したラインハルトは、体の中に溜まった熱を大きなため息とともに吐き出した。


 時は暫し過ぎ去り、ネイノート、ラインハルト両名は再び対峙する。手には先の試合のように弓と槍をそれぞれ持ったままだ。しかし後に待つのは試合ではなく、ネイノートによる説法となる。
「さて……邪魔が入って有耶無耶になっちゃったけど、試合は君の勝ちだ。いやぁ、強いね」
「……そんなことを言われても嬉しくないな」
「どうしてだい?」
「本気を出していないだろう? その弓じゃできることも限られる。貴方が黒弓を使っていたのであれば、多少は誇れただろうにな」
 そういってラインハルトは、手に持った槍を地面に突き刺し、腕組みをした。
 これを見たネイノートは、やれやれといった感じに語りだす。
「君の言う黒弓がここに無い理由だけど、何故だかわかるかい?」
「……さぁ」
 どうせ大した理由ではないのだろうと、ラインハルトは突き放した。それを気にせずネイノートは続ける。
「あの弓はね、仲間で作り上げたものなんだよ」
「仲間で?」
「そう。僕の力だけじゃが精いっぱいなのさ。あの弓を作るには、素材を得るにしても加工するにしても、仲間の力がなければ作ることはできなかったんだ」
 ネイノートはそう言って、手に持った木製の弓を見せた。

 ラインハルトは『仲間』という単語が飛び出し嫌な予感がした。また昨日のように歯の浮いたことを語るのだろうと、心底うんざりする。
「また『仲間は大切だ』などと言い出すので? 悪いがその話はもう結構」
「まあまあ、少しは僕の話を聞いてくれよ。……とはいっても、僕の価値観でこれ以上語ってもあまり意味はないか……ううん……」
 ネイノートは空いた手を顎に当て首を数度傾げた。それから視界の端に移る二体の獣をちらりと見ると、顎に当てた手を放す。
「そうだ。これなら君にも通じる話だろう。いいかい? 先の試合で、僕は君に負けた。でもあれはだから負けたんだ」
「……何が言いたい?」
「つまりさ、あれが試合じゃなくて戦場の最中であったのなら、勝敗はまだ決していない。だって僕はまだ死んでいないわけだからね。そして一転して先の君は、僕たちに囲まれて絶体絶命の状態だった。あの二人が僕の仲間だったからね」
 ネイノートは少し離れた場所で佇むクリスタルウルフとクリスタルホークを手で指示した。
 負け惜しみともとれるネイノートのこの主張に、ラインハルトは暫し言葉を失う。

 ラインハルトが口を噤んだのは、呆れたからではない。大抵の物事を武力によって考えるラインハルトにとって、ネイノートの話は実に胸に刺さった。
 確かにラインハルトは、ネイノートに力の差を見せつけた。矢による狙撃を悉く回避し、槍の技をもって圧倒した。例えそれが彼に有利な状況から始まったものであっても、確かに彼は試合で勝利したのだ。
 しかしラインハルトが憧れた戦場においては話が違う。命が簡単に奪われる戦場では、例え敵が情に絆され剣を止めたとしても、此方がそれを見逃す理由は一切ない。戦場では、生き残った者が勝者であり、死んだ者が敗者なのだ。その前時代の基準に則れば、先のネイノートの主張も多少の理があると、ラインハルトは感じてしまった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから 「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。 人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。 「私に、できるのだろうか……」 それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。 これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

処理中です...