探求の槍使い

菅原

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西の都

拠点探し

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 当初、ラインハルトは女が仲間に加わることに不安を覚えていた。旅の進行に支障をきたす、戦力として心もとない等理由はいくつかあったが、実際旅をしてみてその不安は解消されることになる。
 彼女は非力な女であったが、優秀な魔法使いでもあったのだ。ラインハルトがこれまで対峙してきた相手の中で、生粋の魔法使いは殆どいなかった。その為今回初めてその力を間近で見ることになったわけだが、一度旅仲間に加わってみればその便利さに驚くばかりだ。火を起こす際に打ち金を必要とせず、寒さ暑さを凌ぐことも容易い。尤もこれらはカイネルが加わった時点で幾分か解消されていたのだが、本職が加わり更に安定することになった。また、魔法使いが二人いることで遠く離れた仲間とも連絡が取れるようになり、その有用性は素晴らしいものがある。仮にシェインが碌な戦闘力が持たなかったとしても、その利便さだけで仲間に加わってよかったとラインハルトは心底思った。

 カイネルが宿屋を探しに行ったこの時もそうだ。道を行き交う人混みを前にして、待ち合わせ場所も決めずにすぐ自由に行動ができる。勿論それは魔法を扱えるカイネルとシェインの間だけの話だが、それでもこれまでの二人旅より大分自由が利く。
「あ、はい……はい……分かりました」
 ローブの上から耳の上に手を当て、独り言を始めるシェイン。それはカイネルとの魔法による通話の証だ。彼女は何度か相槌を打つと、ラインハルトをローブの陰から見つめた。
「ラインハルトさん。カイネル君が宿を見つけたそうです」
「ああ分かった。仕事が早いなあいつは」
 シェインは感心するラインハルトの前に出ると先導を始める。通りの道を少しだけ来た方向へ戻り、そこから小さな路地へと足を踏み入れる。

 大通りの店数は凄かったが、路地の中も商店だらけだった。そういった場合は大抵幾つか寂れているものだが、そんな様子はなく、どの店にも常に一人か二人は客が入っている。その様子を見たラインハルトは、はてと首を傾げた。
(ううむ……どれもこれも大した武具ではないようだが、何故群がっているのだろうか)
 傍目から見えた客が眺めている武具は、お世辞にも業物とは言えないものばかりだ。古びた剣、わずかに傷がついた鎧、くすんだ宝石の指輪。そのどれもが通常であれば直ぐに候補から外すような代物だったが、誰も彼も手に取り買おうか悩んでいた。
 そうした光景を眺めながら歩いていると、シェインが目的地を発見する。
「ラインハルトさん、あそこです」
 ラインハルトは店内から視線を外すと、声の方を向き細い指の先を見る。するとその方角には手を振るカイネルが見えた。

 カイネルが見つけた宿は質素な宿だった。二階建てであり然程大きくもない。だが客入りは多いようで、通りに面した窓からは吊るされた衣類や、中の荷物がちらちらと見え、生活感がうかがえる。
 仲間が近づいてくると、カイネルは手を下ろし口を開く。
「ラインさん、ここです。丁度二部屋空いているようで値段は一泊銀貨一枚。晩飯朝飯はそれぞれ銅貨五枚で、全部つけると銀貨二枚になるそうです。どうしますか?」
 彼らがこれまで寝泊まりしていた宿の料金が、一泊銅貨五枚程度だったことを鑑みれば、これまでよりも幾分か値の張る宿のようだ。それでも通りから幾らも離れておらず探索が捗るだろうと考えたラインハルトは、とりあえず朝晩の飯をつけずに部屋だけを取ることに決めた。

  店内に入ればなかなか雰囲気のある食堂が来客を出迎える。丸いテーブル席が二つ。カウンター席が四つだけのこじんまりとした食堂だ。まだ日も高いというのにそこには幾つかの人影があり、若干の酒気も感じた。
 戸に備え着いた鈴がなる。するとカウンターの向こう側に立つ一人の男が声を上げた。
「いらっしゃい。お泊りで?」
 筋肉隆々の、立派な肉体を持つ戦士然とした男が笑顔で出迎える。その顔は朗らかなれども、全容はとても宿の主人とは見えない。
 とはいえ体の大きさで怯むラインハルトではない。彼はまずカウンターの近くまで近寄ると、連れの姿を見せながら答えた。
「ああ、三人で頼む。女がいるから部屋は二つだ」
「ははは、紳士的なことで。部屋が増えると値段も少し高くなるがいいのかい?」
 店主は右手の人差し指と親指で輪っかを作ると三人に振って見せた。それに対してもラインハルトは頷く。
「大丈夫だ。飯は無しでとりあえず五日間頼む。金は前払いか?」
「そうだとありがたいね。飯なし三人二部屋五日間で……銀貨17枚でいい」
 正直な話をすれば、彼らの財布事情では少々手痛い出費であった。だがこれまでも不足に陥るたびに各所で仕事を請け負い旅費を稼いできたのだ。今回も何とかなるだろうと、そんな軽い考えをもって財布から貨幣を取り出す。それをカウンターに広げると、店主が一つずつ拾い始めた。
「いち、にぃ、さん……はい確かに。部屋は二階だ。そこの階段を上ってすぐの部屋と隣の部屋を使ってくれ。あぁ悪いんだが鍵なんてないからな。うちの客は皆紳士だが……特にそこの嬢ちゃんは気をつけなよ」
 シェインを指さし下卑た笑いを浮かべる店主。その忠告に相槌を打ったラインハルトは階段へ足をかけた。とりあえずは部屋で一息。言われた通り階段を上った二部屋に入り、各々今後の準備を始める。

 部屋の中は綺麗だった。少なくともこれまでの旅で泊まった宿の中では一番質が良い。
「高いだけのことはあるな」
「ええ、見てくださいこの寝台。ふかふかですよ」
 ラインハルトとカイネルが寝る部屋は元から二人部屋のようで、寝台が二つ、丸机が一つに椅子が二つと置いてある。シェインが入った部屋も同様の部屋だったから、彼女は二人部屋を一人で使うことになる。
「とりあえず宿の確保はできたな。あとは救世の魔法使いが言った言葉の真意を探るだけだ」
 部屋に備え付けられた窓を開け、外を眺めながらラインハルトはそう言った。

 彼らは英雄の言葉を信じ遥々大陸の西まで来たが、具体的なことは一切知らなかった。だから彼らは自ら調べなければならない。そこに一体何があるのか、英雄がなぜこの地を示したのかを。
 部屋に入ってから日が傾くころ、ラインハルトらは部屋を出る。先ずは腹ごしらえだ。そして余裕があれば情報収集を。尤も急性を要する話ではないから、そこまで思いつめた様子はない。何かうまいものがあればいいな、といった軽口を言い合いながら、彼らは階段を下りていく。
「よぉ、お出かけかい?」
「ああ、ちょっと飯を食いにな」
 階段を下りた矢先、食堂で料理を運ぶ店主に声を掛けられた。巨大な体に似合わぬ小さな白地のエプロンをつけ、両手に二つの大きな皿を持っている。その姿をわき目に、ラインハルトらは日暮れの町に繰り出した。
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