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西の都
迷宮
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翌朝は遅い起床だった。別に夜更かししたというわけではない。ただそれまでの旅の疲れを癒すという名目で、最初から遅めの集合を決めていたのだ。太陽は既に頂点を過ぎ、後は遠くの山の陰に落ちていくだけ。飯時も過ぎた昼下がりにラインハルトらは揃って部屋を出る。
宿をも出ると、あの店主が店先で箒を握っていた。朗らかな笑顔で楽しそうに店先を履く。微笑ましい光景であるはずのそれを見たラインハルトは、その不釣り合いな出で立ちに言葉を失くす。
「お、おはようさん。遅いお目覚めだな」
先に声を上げたのは一行を見つけた店主からだった。屈強な男が放つ満面の笑みには得も言われぬ迫力があり、また話すことがあまり好きではないラインハルトにとっては、それに反応することすら少々の面倒臭さがある。しかし今後も世話になるであろう手前、流石に無視するわけにもいかず渋々対応を始めた。
「昨日この町に着いたばかりだったからな。ゆっくり休ませてもらった」
「そうかいそうかい。こんなところだがゆっくりしていってくれ。ところでお前さん方、どこから来たんだ?」
「スフィロニアだ」
「おお、北にある魔法都市か!? 遠くからよく来たもんだ。それでこれから‟迷宮”入りというわけか」
さも当然のように飛び出した聞き覚えのない言葉に、ラインハルトは聞き返す。
「……迷宮?」
「まさかお前さん……迷宮を知らないでこの町に来たのか?」
「知り合いに西の町へ行けと言われてきたんでな。ここに何があるのか、それはこれから調べるつもりだったんだ」
ラインハルトだけでなく同行するカイネル、果ては本の虫であったシェインですら、この町について情報を殆ど持たない。だから手探りで町の探索を始めねばならないのだが、その話を聞いた店主から思いがけぬ言葉が飛び出した。
「そうかいそうかい。じゃあよかったらいろいろと教えてやろうか? 俺も昔は‟探究者”だったんだ」
「探究……?」
「ま、同業者といったところだ」
聞き覚えのない言葉が次々と飛び出し、カイネルが怪訝な表情を浮かべる。だが店主はそんな少年を気にもかけず、手にしていた箒を壁にかけ手招きをしながら宿の戸を開いた。
店主が向かったのは食堂にあるテーブル席。そこへ近くの椅子を引き寄せると、四つになった椅子の内の一つに腰を下ろす。
「さて、何から説明するか」
踏ん反り返って腕を組む店主。やがてラインハルトらが皆椅子に座る頃、腕組を解いて語りだした。
「まず聞いておこうか。この町を見て何か気が付いたか?」
「他の町よりも冒険者……というか、戦士が多かったです」
答えたのはカイネル。店主はそちらへ顔を向けると嬉しそうに頷く。
「そうだ。この町には多くの戦士が集う。戦う場所を求めて、富と名声を求めて……その理由は様々だが、彼らの目的はただ一つだ」
人差し指を立てる店主。すかさずシェインが口を挟んだ。
「それが‟迷宮”……ですか」
すると店主はにやりと笑って次にシェインを見る。
「察しが早くて助かるな。そう、ここに集う冒険者は皆、迷宮を目指して集まってくる。迷宮とはこの平和な世界で唯一残された、魔物が跋扈する危険な場所だ。その中にはどこから来たのか、現代の技術では到底到達しえない域の武具防具が眠っている。それらは俗に『アーティファクト』なんて呼ばれ、中には一国の国宝と同じ価値がある物もあるくらいだ」
説明を受け、ラインハルトは唸った。
「……成程。あの人が群がる草臥れた武具たちは、そういった逸品だったわけか」
ラインハルトが先日抱いていた疑問が解決された。値段に見合わぬ外見とは裏腹に、見た目では判断できない付属価値があったらしい。
店主は声の主ラインハルトを見ると、
「おお、気づいてたのか。その通りだ。草臥れていてもその力は他国の武具を圧倒する力を持っている。例えば……振るだけで炎が噴き出す刀剣、陰の中に溶け込むことができるローブ、あらゆる魔法をはじき返す指輪、とかな。今の時代で言う『魔法道具』に近いものだが、どれもがその域を逸している。当然値段は高騰し、それを見つけた冒険者には膨大な金が転がり込む」
それらの話を聞き、ラインハルトは何故彼の英雄が西の都を指定したのか理解した。
それからも、店主は様々な情報を提供してくれた。
迷宮とは、幾つもの姿を持つ生きた洞穴である。発見されたのは十数年前。ある炭鉱夫が鉱山を採掘しているときに見つかった。ぽっかりとあいた空洞は底が見えぬほど深くまで続いており、中には夥しい数の魔物の姿があった。
当時の町は多くの冒険者、戦士を募って探索隊を編成し迷宮へと送り込んだのだが……生きて戻ってくる者は殆どいなかった。
探索が進まぬまま数年が経つ頃、数少ない逃げ延びた者たちの内の一人が、見たこともない武具防具を携えていた。それこそがアーティファクトと呼ばれる武具であった。その性能たるや驚くべきものがあり、市場に出回るなり早々に高値がつけられることになる。それ依頼、腕に身に覚えのある冒険者が何人も迷宮に挑んでは命を失っていった。
「この町では迷宮を探索する冒険者を‟探究者”と呼ぶ。俺も元は探究者だったが、ある時九死に一生を得てな。己の力の限界を感じ廃業。それまでの資産を全部使ってこの宿を作ったんだ」
店主は少し寂し気に目を伏せると、自身の手のひらを見つめていた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに両腕を広げると自慢するように笑い声をあげた。
宿をも出ると、あの店主が店先で箒を握っていた。朗らかな笑顔で楽しそうに店先を履く。微笑ましい光景であるはずのそれを見たラインハルトは、その不釣り合いな出で立ちに言葉を失くす。
「お、おはようさん。遅いお目覚めだな」
先に声を上げたのは一行を見つけた店主からだった。屈強な男が放つ満面の笑みには得も言われぬ迫力があり、また話すことがあまり好きではないラインハルトにとっては、それに反応することすら少々の面倒臭さがある。しかし今後も世話になるであろう手前、流石に無視するわけにもいかず渋々対応を始めた。
「昨日この町に着いたばかりだったからな。ゆっくり休ませてもらった」
「そうかいそうかい。こんなところだがゆっくりしていってくれ。ところでお前さん方、どこから来たんだ?」
「スフィロニアだ」
「おお、北にある魔法都市か!? 遠くからよく来たもんだ。それでこれから‟迷宮”入りというわけか」
さも当然のように飛び出した聞き覚えのない言葉に、ラインハルトは聞き返す。
「……迷宮?」
「まさかお前さん……迷宮を知らないでこの町に来たのか?」
「知り合いに西の町へ行けと言われてきたんでな。ここに何があるのか、それはこれから調べるつもりだったんだ」
ラインハルトだけでなく同行するカイネル、果ては本の虫であったシェインですら、この町について情報を殆ど持たない。だから手探りで町の探索を始めねばならないのだが、その話を聞いた店主から思いがけぬ言葉が飛び出した。
「そうかいそうかい。じゃあよかったらいろいろと教えてやろうか? 俺も昔は‟探究者”だったんだ」
「探究……?」
「ま、同業者といったところだ」
聞き覚えのない言葉が次々と飛び出し、カイネルが怪訝な表情を浮かべる。だが店主はそんな少年を気にもかけず、手にしていた箒を壁にかけ手招きをしながら宿の戸を開いた。
店主が向かったのは食堂にあるテーブル席。そこへ近くの椅子を引き寄せると、四つになった椅子の内の一つに腰を下ろす。
「さて、何から説明するか」
踏ん反り返って腕を組む店主。やがてラインハルトらが皆椅子に座る頃、腕組を解いて語りだした。
「まず聞いておこうか。この町を見て何か気が付いたか?」
「他の町よりも冒険者……というか、戦士が多かったです」
答えたのはカイネル。店主はそちらへ顔を向けると嬉しそうに頷く。
「そうだ。この町には多くの戦士が集う。戦う場所を求めて、富と名声を求めて……その理由は様々だが、彼らの目的はただ一つだ」
人差し指を立てる店主。すかさずシェインが口を挟んだ。
「それが‟迷宮”……ですか」
すると店主はにやりと笑って次にシェインを見る。
「察しが早くて助かるな。そう、ここに集う冒険者は皆、迷宮を目指して集まってくる。迷宮とはこの平和な世界で唯一残された、魔物が跋扈する危険な場所だ。その中にはどこから来たのか、現代の技術では到底到達しえない域の武具防具が眠っている。それらは俗に『アーティファクト』なんて呼ばれ、中には一国の国宝と同じ価値がある物もあるくらいだ」
説明を受け、ラインハルトは唸った。
「……成程。あの人が群がる草臥れた武具たちは、そういった逸品だったわけか」
ラインハルトが先日抱いていた疑問が解決された。値段に見合わぬ外見とは裏腹に、見た目では判断できない付属価値があったらしい。
店主は声の主ラインハルトを見ると、
「おお、気づいてたのか。その通りだ。草臥れていてもその力は他国の武具を圧倒する力を持っている。例えば……振るだけで炎が噴き出す刀剣、陰の中に溶け込むことができるローブ、あらゆる魔法をはじき返す指輪、とかな。今の時代で言う『魔法道具』に近いものだが、どれもがその域を逸している。当然値段は高騰し、それを見つけた冒険者には膨大な金が転がり込む」
それらの話を聞き、ラインハルトは何故彼の英雄が西の都を指定したのか理解した。
それからも、店主は様々な情報を提供してくれた。
迷宮とは、幾つもの姿を持つ生きた洞穴である。発見されたのは十数年前。ある炭鉱夫が鉱山を採掘しているときに見つかった。ぽっかりとあいた空洞は底が見えぬほど深くまで続いており、中には夥しい数の魔物の姿があった。
当時の町は多くの冒険者、戦士を募って探索隊を編成し迷宮へと送り込んだのだが……生きて戻ってくる者は殆どいなかった。
探索が進まぬまま数年が経つ頃、数少ない逃げ延びた者たちの内の一人が、見たこともない武具防具を携えていた。それこそがアーティファクトと呼ばれる武具であった。その性能たるや驚くべきものがあり、市場に出回るなり早々に高値がつけられることになる。それ依頼、腕に身に覚えのある冒険者が何人も迷宮に挑んでは命を失っていった。
「この町では迷宮を探索する冒険者を‟探究者”と呼ぶ。俺も元は探究者だったが、ある時九死に一生を得てな。己の力の限界を感じ廃業。それまでの資産を全部使ってこの宿を作ったんだ」
店主は少し寂し気に目を伏せると、自身の手のひらを見つめていた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに両腕を広げると自慢するように笑い声をあげた。
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