探求の槍使い

菅原

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西の都

赤目の少女

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 宿の主は仕事ができる人物だった。これから長い話し合いが始まると察すると、彼は頼まれもしないうちに席を立ち、人数分の茶を用意を始めた。部屋を出たのはほんの少しの間。やがて店主は、湯気を立てるカップを人数分盆にのせて戻ってきた。
 湯気と共に立ち上る胸を透く香りが、一同の心を落ち着かせる。要人は既に席に揃っている。沈黙を破ったのは真っ赤な目の少女だった。
「ラインハルト様、カイネル様、シェイン様。改めてお願い申し上げます。私と共に迷宮に潜っては頂けませんか?」
 カップに手を付けるでもなく、テーブルの上で手を組むでもなく、礼儀正しく膝の上に手を置いたまま真っすぐラインハルトを見つめていった。
 少女の願いは、ラインハルトらからすれば願ったり叶ったりの申し出ではあった。だがあまりにも都合の良い登場に少々訝しむ。
「迷宮に入るのに優秀な戦士は必要ないのではないか? 先はそう言われて断られたのだが」
 ラインハルトは無造作にカップをつかみ取り、茶を口に含む。
 日頃の付き合いから、それが相手を試すような手であると知るカイネルとシェインだったが、内心では気が気ではなかった。つい先ほど目標への道筋が潰えたばかりだというのに、救いの手を差し伸べてきた少女に対し、この無礼な態度はあまりよろしくない。少女がこれで気を悪くしてしまっては最後、再び見えた光明も消え去ってしまうかもしれないのだ。

 カイネルとシェインは顔を見合わせる。
(このままじゃあの子が機嫌を損ねて帰ってしまうわ)
(うん、ここは助け舟を出した方が……)
 口に出さずともそんなやり取りを交わす二人。ところがそんな二人の心配は、すぐに杞憂だとわかった。
「ふふふ、それはあの貴族様の考えです。迷宮とはとても危険なところ。そんな場所でいつ仲間に裏切られるかもわからないなんて、探索どころではありません。強敵に出会った時だって、勝てる物も勝てなくなってしまいます。それに……」
 ころころと笑う少女は、すぐに顔を引き締めた。
「私は『私と共に』と申しました。ならば優秀な戦士を選ぶのは当然の話でしょう?」
 少女は、ラインハルトが優秀な戦士であると明言をした。それに気をよくしたのかはわからないが、ラインハルトは一転変わって了承の声を上げる。
「分かった。詳しく聞こう」
「ありがとうございます。後ろのお二人もそれでよろしいですか?」
 それまでラインハルトしか見ていなかった少女の真っ赤な瞳が、突然後ろに座る二人に向けられた。
 唐突に話を振られたカイネルとシェインは、戸惑いながらもそれぞれ首を縦に振ってみせた。

 話はさらに進む。
「ラインハルト様方は……」
「様など付けなくていい。むず痒い。それよりも君の名前は? 雇い主の名くらいは覚えておきたいのだが」
「申し訳ありませんでした。ではラインハルトさんと……私のことは『兎』とでもお呼びください」
「……兎? それは本名か?」
 通常後ろめたいことが無い限りは名を隠す必要はないだろう。ましてや偽名などを持ち出すなど、一般人がすることではない。そんな考えがラインハルトの頭をよぎった時、後ろから大きな声が聞こえた。
「ああそうか!! どこかで見たことがある顔だと思ったら、貴女は『赤目の兎』だったのか!」
 声は宿の主のものだ。ラインハルトが振り向くと、座っていた椅子から立ち上がり驚きの形相で少女の顔を凝視している。
「赤目の兎?」
 首をかしげながら少女の方に向き直ると、ラインハルトはすべてを理解した。
 小さな頭をすっぽりと隠していたローブがめくられ、その下から真っ白い毛に包まれた兎のような耳が現れたのだ。
「驚かせてしまってごめんなさい。実は私魔族なんです」
 そう言って少女は、申し訳なさそうに笑った。


 魔族とは、魔物の力を宿した者らを差す言葉だ。基本的には人間よりも身体能力が高く、寿命も長い。少し前までは人間と争う関係であったが、先の大戦より共栄する存在となり、今では程よい関係を保ちつつある。
 そういった間柄にあるのだから、ラインハルトも魔人を見るのはこれが初めてではない。初めてではないが……これほど見事な耳は見たことがなかった。
 そもそも魔族とは、人間が魔物に対抗する為、より強力な力を求めた結果生まれたものである。長い歴史の中で双方はすれ違い争う関係となってしまったが、元は何方も人間であった。魔物に対抗する為に編み出した技術により、人々はより攻撃的で、凶暴な魔物の力を身に着けていった。その結果、彼らは身体的特徴として悪魔のような角や獣のような牙、魚のような鱗、竜の尾を持ち生まれてくる。そんな中において、兎の耳とはなんと安穏とした響きか。見たところ少女は爪も牙も持たぬようで、耳を隠してしまえば唯の子供にしか見えない。

 落ち着きを取り戻した店主は、椅子に腰かけると語りだした。
「この町は多くの種族が集う町だが、それは外から来たものばかりだ。そんな中でこの町に住むようになった魔族も何人かいる。青目の鳥、緑目の鰐、そして赤目の兎。噂で存在は知られているが、彼らはひどく閉塞的で誰かと接しているという話は聞いたことがない。だが……」
「見世物になるのは苦手なのです。ま、それも今日までですが」
 少女……兎は再びローブで頭を覆い隠すと、真っ白な耳をしまい込んでしまった。
「……話を戻しましょう。特別急ぎではありませんが、ゆっくりしている理由もありません。ラインハルトさんたちの用意ができ次第出発したいのですが」
 兎の提案にラインハルトは頷く。
「分かった。低層の地図はある。ほかに必要なものはあるか?」
「長期の旅に耐えうる物を用意していただければ結構です。これをどうぞ」
 兎はそう言ってテーブルの上に金貨を五枚置くと、その流れでカップに手を伸ばした。
「これは?」
 必要以上に息を吹きかけ、茶を冷ます兎。ラインハルトの問いかけには一口茶をすすってから答える。
「準備金です。それで色々用意してください。あ、入宮税にゅうきゅうぜいは別途此方で支払いますのでご安心ください。あと私の分は私の方で用意しますので、そちらもお気になさらず」
「いいのか? 持ち逃げするかもしれないぞ?」
「それはそれで仕方がありません。私の見る目がなかっただけのことです」
 はした金なのか、それとも持ち逃げすると思っていないのか、微笑みながら兎は言った。
 勿論ラインハルトに持ち逃げするようなつもりはない。だが懐具合が寂しいのも事実であるから、遠慮なく金貨五枚に手を伸ばした。
「では……そうですね……三日後、またこちらへ顔を出します。それまでに用意を宜しくお願いします」
「ああ、分かった」
 兎はそれからたっぷりの時間をかけ茶を楽しむと宿を後にした。
 ラインハルトらは支給された準備金を手に、それから三日間準備に奔走する。
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