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迷宮
群れ
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迷宮の中はひどく暗く、黴臭い匂いが充満していた。
階段を降りてから暫くは、上層階からの光が差し込んでいた為、なんとか辺りを視認することができた。だが奥へと歩を進める程に、辺りを包む暗闇は濃度が強くなっていく。
最前を行くエンカは堪らず、自身の荷物袋からカンテラを取り出すと、それに明かりを灯す。
「真っ暗で視界が悪いわね。皆、足元には気を付けて」
カンテラを腰に結わえ付けたエンカは振り向き一同を見渡しそう言った。
足元に気を付けろ、と言われたが、実際の迷宮内の通路は何処も綺麗で、ラインハルトには人の手によって造形された建築物としか思えなかった。床から壁、天井に至るまでが、石畳のように切り揃えられた石材で敷き詰められており、表面は凹凸もなく滑らかだ。むしろ突起の一つもないことが不気味に思えてならない。
ラインハルトのすぐ後ろを歩く兎は、彼が手に持っていた地図を覗き込んだ。
「地図……役に立ちそうですか?」
「……いや、上下左右どう逆さまにしても全く一致しない。そもそも俺たちが迷宮に入ってからこれまでで、曲がりはしたものの通路自体は直線しかなかった。だがこの地図には直線そのものが記されていない。これは改めて地図を作成した方が良さそうだ」
「そうですか……」
二人は落胆のため息をついた。それからラインハルトは、予め用意していた羊皮紙を時折取り出すと、自身が歩んだ道筋を残し始める。羊皮紙に書き記される跡は託された地図と似ても似つかず、やがて託された地図は道具袋の奥底に仕舞い込まれてしまった。
迷宮に入ってから暫く経つ。一同幾つかの分かれ道を通り、地図無しでは戻るのも危ういと感じ始める頃合い……徐に、兎が立ち止まった。
「あの……どうかしましたか?」
真っ先に声をかけたのはカイネルだ。その声に気付きエンカ、ラインハルトも歩みを止める。
「どうかしたか?」
ラインハルトも何事かと声をかけた。だが兎は眼を瞑ったまま、じっとして動かない。続いてシェインが口を開く。
「……もしかして……」
「何者かがあの先にいます。恐らくあの角を曲がった先に……数は……二十はいるでしょう」
兎は目の前に伸びる通路を指さした。
「何だい、漸くお出ましかい?」
エンカが斧を持ち直してそちらを見やる。それと同じくして、ラインハルトも槍を持つ手に力を籠めると、兎の指さす方へと体を向けた。
今にも飛び出さんと意気込む二人だったが、兎の声がそれを制する。
「待ってください。足音から察するに相手は二足歩行する生物……鳴き声からゴブリンの群れだと思いますが、彼らが敵である保証はまだどこにもありません」
これにはカイネルも賛同する。
「確かに、僕たち以外の探索者である可能性も否めませんね」
兎は静かに頷くと、戦闘の可能性も踏まえた支持を出す。
「取り敢えず隊列はこのままで……戦闘に入れるような状態で進みましょう」
一同はその指示を受け、相手にばれないように戦闘の準備を始めた。より戦いに集中できるように荷物袋の位置を調整したり、腰のベルトに魔法薬の入った小瓶や小さな短剣を差す。もとより準備はしていたが、それを更に充実したものに変えていく。そうしてやや過剰とも思える準備を終えた一行は、先程までよりも慎重に、そしてゆっくりと通路を進み始めた。
ラインハルトらは目の前にあった角を曲がる。すると、再び伸びた通路のその先に、明るい一つの広間が見えた。
広間の中は存外明るく、天井か壁かは判別できないが、揺らめくことの無い魔法の光で満たされているのがわかる。
その明りの中……広間の中心部に位置する場所で、屯するゴブリンの姿があった。緑色の肌、布切れで覆った小柄な体躯。更に手には木やら石やらで作られた荒い棍棒のようなものを持っている。
広間へと進む一行の中で、特に目が良いカイネルが叫んだ。
「あれは……っ! 人です! あの中心に人が倒れています!」
ゴブリンの持つ緑色の肌の隙間から見えた踞る人。ほんの一瞬だったが、カイネルは確かに確認した。周囲のゴブリンは手に握った棍棒を上に掲げていて、今にも振り下ろしてしまいそうだ。
ラインハルトはちらりと後ろを見た。
「兎! どうする!?」
「もうちょっとだけ待ってください。まだ敵と決まったわけでは……」
広間に集うゴブリンたちが明確な敵であるのならば、殲滅に入っても何ら問題はない。だが仮に、彼らゴブリンたちが倒れた人間を介抱しているのであれば、これからラインハルトらがしようとしていることは間違った手段となってしまう。そうした他種族間の摩擦を気にしてか、兎の吐く言葉は頗る歯切れが悪い。
思い悩む兎の回答を、ラインハルトは根気強く待ち続けた。だが、全員がそこまで我慢強い訳ではない。
「何を迷っているのさ! 早く助けないと!!」
「おい! 待て!!」
駆け出したのは先陣を行く斧使い、エンカ。静止の声を気にも留めず、彼女は恐るべき速度で広間へ向けて直進を開始した。
それに触発され、カイネルが後方から矢を放つ。
「急がないと手遅れになりますよ!」
飛翔した矢は兎、ラインハルト、エンカの横をすり抜け、そのまま棍棒を掲げるゴブリンの腕に突き刺さった。
少し遅れて、ラインハルトも駆け出す。
「くそっ! 仕方がない。後で悩もう!」
兎は力無く頷くと、どんどん先に進むラインハルトの後を追った。
先に駆け出したエンカは既に広間へと侵入し、ゴブリンを葬らんと斧を振り上げている。
『ギャッ! ギャッ! ニンゲン! ニンゲン!』
甲高く耳障りな声が広間を埋め尽くす。その数二十一匹。兎の語る情報と殆ど違わない。
エンカはその耳に付く声をかき消す為に、力強く斧を振るった。
「はあ!!」
斧による一撃は、切断よりも叩き潰すに近い。だがエンカの持つ斧はとても鋭く、肉を絶ちきった上で骨を砕く威力を持つ。
ぐちゃりという肉がつぶれる音と、ごきりという骨が砕ける音が鳴り、ゴブリンの体が宙を舞う。飛び散った血肉が周囲を赤く染め上げ、両断されたゴブリンは声をあげる間もなく、数度体を痙攣させた後絶命した。
『ギャッ! ギャッ! テキ! テキ!!』
更に耳障りな声が鳴り響く。そこで漸く、ラインハルトが広間へ飛び込んだ。
階段を降りてから暫くは、上層階からの光が差し込んでいた為、なんとか辺りを視認することができた。だが奥へと歩を進める程に、辺りを包む暗闇は濃度が強くなっていく。
最前を行くエンカは堪らず、自身の荷物袋からカンテラを取り出すと、それに明かりを灯す。
「真っ暗で視界が悪いわね。皆、足元には気を付けて」
カンテラを腰に結わえ付けたエンカは振り向き一同を見渡しそう言った。
足元に気を付けろ、と言われたが、実際の迷宮内の通路は何処も綺麗で、ラインハルトには人の手によって造形された建築物としか思えなかった。床から壁、天井に至るまでが、石畳のように切り揃えられた石材で敷き詰められており、表面は凹凸もなく滑らかだ。むしろ突起の一つもないことが不気味に思えてならない。
ラインハルトのすぐ後ろを歩く兎は、彼が手に持っていた地図を覗き込んだ。
「地図……役に立ちそうですか?」
「……いや、上下左右どう逆さまにしても全く一致しない。そもそも俺たちが迷宮に入ってからこれまでで、曲がりはしたものの通路自体は直線しかなかった。だがこの地図には直線そのものが記されていない。これは改めて地図を作成した方が良さそうだ」
「そうですか……」
二人は落胆のため息をついた。それからラインハルトは、予め用意していた羊皮紙を時折取り出すと、自身が歩んだ道筋を残し始める。羊皮紙に書き記される跡は託された地図と似ても似つかず、やがて託された地図は道具袋の奥底に仕舞い込まれてしまった。
迷宮に入ってから暫く経つ。一同幾つかの分かれ道を通り、地図無しでは戻るのも危ういと感じ始める頃合い……徐に、兎が立ち止まった。
「あの……どうかしましたか?」
真っ先に声をかけたのはカイネルだ。その声に気付きエンカ、ラインハルトも歩みを止める。
「どうかしたか?」
ラインハルトも何事かと声をかけた。だが兎は眼を瞑ったまま、じっとして動かない。続いてシェインが口を開く。
「……もしかして……」
「何者かがあの先にいます。恐らくあの角を曲がった先に……数は……二十はいるでしょう」
兎は目の前に伸びる通路を指さした。
「何だい、漸くお出ましかい?」
エンカが斧を持ち直してそちらを見やる。それと同じくして、ラインハルトも槍を持つ手に力を籠めると、兎の指さす方へと体を向けた。
今にも飛び出さんと意気込む二人だったが、兎の声がそれを制する。
「待ってください。足音から察するに相手は二足歩行する生物……鳴き声からゴブリンの群れだと思いますが、彼らが敵である保証はまだどこにもありません」
これにはカイネルも賛同する。
「確かに、僕たち以外の探索者である可能性も否めませんね」
兎は静かに頷くと、戦闘の可能性も踏まえた支持を出す。
「取り敢えず隊列はこのままで……戦闘に入れるような状態で進みましょう」
一同はその指示を受け、相手にばれないように戦闘の準備を始めた。より戦いに集中できるように荷物袋の位置を調整したり、腰のベルトに魔法薬の入った小瓶や小さな短剣を差す。もとより準備はしていたが、それを更に充実したものに変えていく。そうしてやや過剰とも思える準備を終えた一行は、先程までよりも慎重に、そしてゆっくりと通路を進み始めた。
ラインハルトらは目の前にあった角を曲がる。すると、再び伸びた通路のその先に、明るい一つの広間が見えた。
広間の中は存外明るく、天井か壁かは判別できないが、揺らめくことの無い魔法の光で満たされているのがわかる。
その明りの中……広間の中心部に位置する場所で、屯するゴブリンの姿があった。緑色の肌、布切れで覆った小柄な体躯。更に手には木やら石やらで作られた荒い棍棒のようなものを持っている。
広間へと進む一行の中で、特に目が良いカイネルが叫んだ。
「あれは……っ! 人です! あの中心に人が倒れています!」
ゴブリンの持つ緑色の肌の隙間から見えた踞る人。ほんの一瞬だったが、カイネルは確かに確認した。周囲のゴブリンは手に握った棍棒を上に掲げていて、今にも振り下ろしてしまいそうだ。
ラインハルトはちらりと後ろを見た。
「兎! どうする!?」
「もうちょっとだけ待ってください。まだ敵と決まったわけでは……」
広間に集うゴブリンたちが明確な敵であるのならば、殲滅に入っても何ら問題はない。だが仮に、彼らゴブリンたちが倒れた人間を介抱しているのであれば、これからラインハルトらがしようとしていることは間違った手段となってしまう。そうした他種族間の摩擦を気にしてか、兎の吐く言葉は頗る歯切れが悪い。
思い悩む兎の回答を、ラインハルトは根気強く待ち続けた。だが、全員がそこまで我慢強い訳ではない。
「何を迷っているのさ! 早く助けないと!!」
「おい! 待て!!」
駆け出したのは先陣を行く斧使い、エンカ。静止の声を気にも留めず、彼女は恐るべき速度で広間へ向けて直進を開始した。
それに触発され、カイネルが後方から矢を放つ。
「急がないと手遅れになりますよ!」
飛翔した矢は兎、ラインハルト、エンカの横をすり抜け、そのまま棍棒を掲げるゴブリンの腕に突き刺さった。
少し遅れて、ラインハルトも駆け出す。
「くそっ! 仕方がない。後で悩もう!」
兎は力無く頷くと、どんどん先に進むラインハルトの後を追った。
先に駆け出したエンカは既に広間へと侵入し、ゴブリンを葬らんと斧を振り上げている。
『ギャッ! ギャッ! ニンゲン! ニンゲン!』
甲高く耳障りな声が広間を埋め尽くす。その数二十一匹。兎の語る情報と殆ど違わない。
エンカはその耳に付く声をかき消す為に、力強く斧を振るった。
「はあ!!」
斧による一撃は、切断よりも叩き潰すに近い。だがエンカの持つ斧はとても鋭く、肉を絶ちきった上で骨を砕く威力を持つ。
ぐちゃりという肉がつぶれる音と、ごきりという骨が砕ける音が鳴り、ゴブリンの体が宙を舞う。飛び散った血肉が周囲を赤く染め上げ、両断されたゴブリンは声をあげる間もなく、数度体を痙攣させた後絶命した。
『ギャッ! ギャッ! テキ! テキ!!』
更に耳障りな声が鳴り響く。そこで漸く、ラインハルトが広間へ飛び込んだ。
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