探求の槍使い

菅原

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迷宮

迷宮の謎

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 夜が明けた。しかし迷宮内にいるラインハルトらには、今の正確な時間がわからない。上を見上げても無機質な石天井があるだけで、大地を照らす太陽など見えないのだ。強いて言えば明りが漏れる大穴があるが、それも自然的な光ではなく夜も煌々と照る魔法の光だ。加えて彼らの時間感覚を補う要因は、彼らの腹の空き具合と、一定時間燃え続ける蝋燭位しかない。その蝋燭さえも、ぴったり同じ時間を燃え続ける訳ではなく、凡そ同じ時間、といった曖昧な類の物だ。これらだけでは彼らが正確な時間を知ることは難しい。
「さて……用意ができたなら早速進もう」
 皆が目を覚まし、朝食を取り、最低限の身嗜みを整え終えるのを見計らって、ラインハルトがそう言った。するとまずカイネルが立ち上がる。次にエンカ、シェインが立ち上がり、最後に兎が荷物を手に立ち上がった。

 一同がこれから向かうのは、入ってきた通路とは逆の方向に延びる通路だ。広さはもと来た通路とほぼ同じ。明るいのは相変わらず広間の近くだけで、伸びた通路の先はすぐ暗闇で包まれている為に見ることができない。
 通路に入ると、エンカは予め用意していたカンテラに火を灯してから腰に着ける。
 そして未知の脅威の存在を踏まえ、昨日よりも幾分か慎重に迷宮の探索を開始した。


 どれだけ歩いただろうか。
 途中にあった分かれ道は十を越え、地図なしで歩けば迷うことは必至だ。また、一度はぐれてしまえば再び出会うことも難しい規模になりつつある。
 ここへ来て役に立つのが、これまで幾度に渡って記してきたラインハルトの地図だった。尤もそれは、自身が通った道と分かれ道の箇所が記されてあるだけの粗末なものだったが、それでも彼らにとってはとても頼れる物であるのに違いはない。
「……む?」
 何度目になるか分からない地図記入の最中、ラインハルトが首を傾げた。
「どうしましたか?」
 その問いかけは兎。ラインハルトの背後から顔を覗かせ、様子を伺う。するとラインハルトは、自身が記した地図の一点を指差してこう言った。
「今この辺りなのだが、どうやらこの辺りに繋がっているみたいだな」
 兎は、ラインハルトの指の先にある地図を覗き込んだ。

 地図の殆どは直線で描かれており、その長さはおおよそ歩いた距離に比例する。その線を辿ってみれば、今現在歩いている通路がぐるりと一周する形で、広間の手前の通路に繋がっているのが分かった。
「ううん……これは一先ずまた広間に戻って、別れ道を一つずつ調べるしか無さそうですかね?」
 兎のその声に、一同の顔に難色が浮かぶ。
 代わり映えのしない景色、快適とは言えない環境、カンテラの淡い光さえも飲み込みそうな濃い暗闇、そして酷く閉塞的なこの空間によって、戦闘を介さなくとも皆の精神と肉体は確実に疲弊している。だというのにだ。一度通った道をまた戻り、更に奥深くまで探索しなければならないと言う。深い溜め息しかでない。
「ええと……取り敢えずまた広間に戻ってご飯にしましょうか」
 歩き通しのせいか、その時間帯なのか、ともかく空腹が気になってきた一同は、夜を明かした広間で食事をとることに決めた。


 広間に着いたラインハルトは、今朝がた屯していた場所へと歩み寄る。その最中……カイネルが呟いた。
「……あれ? ゴブリンの死体が……」
 異変にいち速く気づいたのはカイネルだった。彼が指差したのは、昨夜積み上げたゴブリンの死体の山があった筈の場所。その指摘に振り向いた一同は、そこを見て驚嘆した。
「嘘……無くなってる!?」
 エンカはそう叫ぶと、慌てて反対側に在る筈の物を確認する。するとやはり、そこに在る筈の男の死体が消えていた。

 地図上では、確かに朝いた広間と同じ場所であった。にも関わらず、その広間に在る筈のものが無くなっていたのだ。だが、どうやら全てが消え去っているわけではないらしい。
 死体の山があった場所に近づいたラインハルトは、その奇妙な光景に呆然とした。
「無くなったのは、どうやら死体だけのようだ……」
 つまり、死体が身に付けていた鎧、腰巻き、棍棒といった武具類はそっくりそのまま残っていたのである。この不可解な状況に一同は戸惑いを隠せなかった。だがそれでも腹は減る。彼らは入念なる索敵を済ませ、見張りを立てながら順番に食事を取り始めた。
 

 食事を終えると、ラインハルトらは三度迷宮の探索を開始する。これから彼らが探るのは判明している通路から分かれる幾つもの分岐点だ。先ずは広場に一番近いところから。ラインハルトは地図を片手に迷宮を徘徊する。

 幾らか探索が進んだ。
「……何より大変なのは排泄よね。おしっこするにも一人じゃ危ないし、する場所も難しいし……」
 昨日のゴブリン掃討戦よりこれまで、迷宮内で敵らしき敵に出会うことは無かった。だがこの迷宮内には、男戦士を倒し、多くの死体を食らったと思われる未知の存在がいる。そのことを思えば、決して気を抜ける状況ではない。……無いのだが、これまでずっと気を張っていたせいか、将又迷宮その物に慣れてしまったのか、一同の緊張の糸は解けつつあった。
「女性が多いのは正直助かるわよね。さすがの私も男にしてるところを見られるのは恥ずかしいわ」
 先程からエンカは軽口を語りながら歩いている。それにつられるように、一同の口数は増えていった。
 彼女らが喋りながらの探索ができるのも、兎の物理的な索敵技術、シェインの魔法的な索敵技術による防衛網のおかげだ。当然、完全に注意を解いたわけではないが、これまでよりも幾分か皆の気持ちは穏やかになっていた。

 一つ目の分岐点は行き止まりだった。二つ目の分岐点も長かったがやはり行き止まりだった。だが三つ目の分岐点を探索したとき、一同がある意味で待ちわびたものが見つかった。
「待って! ……前方に扉が見えるわ。新しい部屋みたい」
 世間話をやめ、少々声量を抑えてエンカが言う。
 彼女の視線の先には、重々しい鈍色の扉が聳え立っていた。高さは丁度兎の二倍ほど。両開きの扉の表面には獅子の文様が彫刻され、音を鳴らす為の把手も設けられている。
「手の込んだ作りだ。いったい何の扉だ?」
 扉の前にたどり着くや否や、ラインハルトがそれに手を当ててみた。酷く冷たく、相当な重量を感じる。
「普通に考えればこの先に部屋があるんだと思いますが……」
 兎はそう言って耳を澄ました。しかし彼女の驚異的な聴力をもってしても、中から物音は聞こえない。
「……中に生物はいなさそうです」
「……開けてみるか」
 一同の了解を経て、ラインハルトは意を決し扉を開く。
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