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迷宮
迷宮の主
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五人の中で最も早く広間に辿り着いたのは、部隊の先陣を任されたエンカだった。
広間の中に入ったエンカは、すかさず部屋の中を見渡す。そして見つけてしまった。広間の中心に仁王立つ巨大な影を。人の胴程もある四肢。その先端には巨大な蹄が生えていて、体躯はラインハルトの二倍近くもある。そして最も彼女の視線をくぎ付けにしたのは、その顔だった。
「……牛?」
ラインハルトが広間に入る。彼もまた、すぐにその存在に気付いた。
エンカが呟く通り、広間に立つそれの顔は、まるで牛の様だった。よくある白と黒の斑ではない。毒々しい赤と黒。眼球はそれぞれ明後日の方を見ていて、血走り、底知れぬ狂気を感じる。
ラインハルトには、それが友好的な存在であるとはどうしても見えなかった。先ほど倒したスケルトンも、彼にとっては相当受け付けない部類の敵であった。だが眼前にいる化け物は、それを遥かに超える嫌悪感と危機感を抱く。
「動かないな……」
「もしかしてこっちに気付いていないのかも。ならその間に……」
エンカは足音を立てずに駆けだした。担いでいた斧を静かに構え、標的目掛けて走る。その時、残りの三人が広間に辿り着いた。
シェインはそれを見て叫んだ。
「あれは……!! エンカさん離れて下さい!」
彼女は魔法学校に保管されている書物の中で、その化け物と似たような魔物の存在を知っていた。
聞こえた声にエンカは足を止め、そしてすぐに後方へ飛び去る。
「シェイン! あれはなんだ!?」
ラインハルトが叫んだ。
「タウロスです! 気を付けてください。スケルトンなんて比べ物になりません!」
そう言って、シェインは腰に刺してあった杖を抜き取ると、魔法を放つべく魔力を練り始める。精神統一、そして短い詠唱。後、杖をエンカへと突き出し、彼女の周囲に青白い光の膜を生成する。これは物理に対する防御障壁。杖を用いて威力を増したそれは、並大抵の攻撃ではびくともしない。
一同は、身動きしないタウロスを一心に見つめた。これまでのやり取りの最中、タウロスは一度も身動きをしていない。もしや敵ではないのでは。そんな考えがよぎった次の瞬間。
『ヴモォォオオオ‟オ‟オ‟!!!』
広間を震わす號砲が響いた。その余りの大きさに皆耳をふさぐ。すると……
ドオン!!
鳴き声が鳴りやむより早く、何かが爆ぜる音が聞こえた。それはタウロスが地面を蹴った音だ。まさに一瞬のうちに、タウロスは最も近くにいるエンカへと肉薄する。
「エンカさん!!」
いち早く反応したのはやはりシェイン。彼女は再びありったけの魔力を込めて、対物理魔法障壁を発動した。これにより強固だった盾は更に強度を増す。だがタウロスの腕が降られた時、その蹄がいとも容易くその障壁を打ち砕いてしまった。
「げうっ!」
振り抜かれた腕は、シェインの魔法障壁によって僅かに勢いが殺された。その僅かな違いのおかげで、エンカは斧で蹄を受け止めることができた。しかしその衝撃は凄まじく、全てを受け流すことはできなかった。顔面を襲う衝撃、地を離れる両足、力の限り握り締めていた斧は何処へか、あっという間に意識まで刈り取られてしまう。
「エンカアア!!」
吹き飛んだエンカの名を呼びながら、ラインハルトはタウロスを止める為に駆けだした。頭の中で警笛がなる。彼奴は明らかに、彼がこれまでで出会った敵の中で最も強い存在であった。対峙しているだけで肌を刺すような殺気が襲い来る。一介の戦士ではただそれだけで、気を失ってしまう程の殺気だ。だが彼は、それに笑顔で答えた。
「ふっ!」
駆ける速度を落とさぬまま、先ずは一突き見舞いする。
突き出された槍はタウロスの右足に突き刺さった。だが頑丈な筋肉の鎧により穂は半分も貫かない。どれだけの骨を貫こうが気にもならなかったというのに、それでも殆ど貫くことはできなかった。
新たな槍を持ってから初めて感じた手の感触に、ラインハルトはすぐ槍を引き抜く。
その刹那。タウロスの体が揺れた。
「ォ‟ォ‟オ‟オ‟オ‟オ‟!!」
恐ろしい雄叫びと共に眼前へと迫る蹄。先ほど障壁を砕いた様を見るに、一度でも受けてしまえば命は容易く摘み取られてしまうだろう。ぞわりと背中に悪寒が走った。迸る冷や汗、槍を握る手にも自然と力が籠る。それは刹那の攻防。瞬きの一つでもしてしまえば全てが終わってしまう速度で迫る蹄は、どれだけ腕の立つ戦士だろうと受け止めることは不可能だ。しかし、ラインハルトの目は辛うじて捉えていた。
ラインハルトは、引き抜いた槍の柄を中辺りで掴むと、そのまま迫る剛腕に突き刺した。当然刃は僅かしか通らない。だが少し……本の少しだけ軌道を逸らすことに成功し、首を傾けることで間一髪回避して見せた。ただそれは直撃を避けただけだ。蹄はラインハルトの顔のすぐ横を通り、頬をざっくりと切り裂いていく。傷は浅くはない。頬から血飛沫が吹く。恐怖と激痛に目を閉じてもいいものだが、その間ラインハルトの目は見開かれたままだ。それも当然のことだった。高速で往来する攻防の最中、一瞬でも目を切れば絶命は必至なのだ。だから彼は恐怖を抑え、目を見開く。
彼は僅かに刺さった槍を支点とし、タウロスの腕の力を利用して高速で旋回、次いで槍を左足に突き刺した。飛び散る赤と紫の血。その向こう側に立つタウロスを見ながら、ラインハルトは歓喜に打ち震えた。
広間の中に入ったエンカは、すかさず部屋の中を見渡す。そして見つけてしまった。広間の中心に仁王立つ巨大な影を。人の胴程もある四肢。その先端には巨大な蹄が生えていて、体躯はラインハルトの二倍近くもある。そして最も彼女の視線をくぎ付けにしたのは、その顔だった。
「……牛?」
ラインハルトが広間に入る。彼もまた、すぐにその存在に気付いた。
エンカが呟く通り、広間に立つそれの顔は、まるで牛の様だった。よくある白と黒の斑ではない。毒々しい赤と黒。眼球はそれぞれ明後日の方を見ていて、血走り、底知れぬ狂気を感じる。
ラインハルトには、それが友好的な存在であるとはどうしても見えなかった。先ほど倒したスケルトンも、彼にとっては相当受け付けない部類の敵であった。だが眼前にいる化け物は、それを遥かに超える嫌悪感と危機感を抱く。
「動かないな……」
「もしかしてこっちに気付いていないのかも。ならその間に……」
エンカは足音を立てずに駆けだした。担いでいた斧を静かに構え、標的目掛けて走る。その時、残りの三人が広間に辿り着いた。
シェインはそれを見て叫んだ。
「あれは……!! エンカさん離れて下さい!」
彼女は魔法学校に保管されている書物の中で、その化け物と似たような魔物の存在を知っていた。
聞こえた声にエンカは足を止め、そしてすぐに後方へ飛び去る。
「シェイン! あれはなんだ!?」
ラインハルトが叫んだ。
「タウロスです! 気を付けてください。スケルトンなんて比べ物になりません!」
そう言って、シェインは腰に刺してあった杖を抜き取ると、魔法を放つべく魔力を練り始める。精神統一、そして短い詠唱。後、杖をエンカへと突き出し、彼女の周囲に青白い光の膜を生成する。これは物理に対する防御障壁。杖を用いて威力を増したそれは、並大抵の攻撃ではびくともしない。
一同は、身動きしないタウロスを一心に見つめた。これまでのやり取りの最中、タウロスは一度も身動きをしていない。もしや敵ではないのでは。そんな考えがよぎった次の瞬間。
『ヴモォォオオオ‟オ‟オ‟!!!』
広間を震わす號砲が響いた。その余りの大きさに皆耳をふさぐ。すると……
ドオン!!
鳴き声が鳴りやむより早く、何かが爆ぜる音が聞こえた。それはタウロスが地面を蹴った音だ。まさに一瞬のうちに、タウロスは最も近くにいるエンカへと肉薄する。
「エンカさん!!」
いち早く反応したのはやはりシェイン。彼女は再びありったけの魔力を込めて、対物理魔法障壁を発動した。これにより強固だった盾は更に強度を増す。だがタウロスの腕が降られた時、その蹄がいとも容易くその障壁を打ち砕いてしまった。
「げうっ!」
振り抜かれた腕は、シェインの魔法障壁によって僅かに勢いが殺された。その僅かな違いのおかげで、エンカは斧で蹄を受け止めることができた。しかしその衝撃は凄まじく、全てを受け流すことはできなかった。顔面を襲う衝撃、地を離れる両足、力の限り握り締めていた斧は何処へか、あっという間に意識まで刈り取られてしまう。
「エンカアア!!」
吹き飛んだエンカの名を呼びながら、ラインハルトはタウロスを止める為に駆けだした。頭の中で警笛がなる。彼奴は明らかに、彼がこれまでで出会った敵の中で最も強い存在であった。対峙しているだけで肌を刺すような殺気が襲い来る。一介の戦士ではただそれだけで、気を失ってしまう程の殺気だ。だが彼は、それに笑顔で答えた。
「ふっ!」
駆ける速度を落とさぬまま、先ずは一突き見舞いする。
突き出された槍はタウロスの右足に突き刺さった。だが頑丈な筋肉の鎧により穂は半分も貫かない。どれだけの骨を貫こうが気にもならなかったというのに、それでも殆ど貫くことはできなかった。
新たな槍を持ってから初めて感じた手の感触に、ラインハルトはすぐ槍を引き抜く。
その刹那。タウロスの体が揺れた。
「ォ‟ォ‟オ‟オ‟オ‟オ‟!!」
恐ろしい雄叫びと共に眼前へと迫る蹄。先ほど障壁を砕いた様を見るに、一度でも受けてしまえば命は容易く摘み取られてしまうだろう。ぞわりと背中に悪寒が走った。迸る冷や汗、槍を握る手にも自然と力が籠る。それは刹那の攻防。瞬きの一つでもしてしまえば全てが終わってしまう速度で迫る蹄は、どれだけ腕の立つ戦士だろうと受け止めることは不可能だ。しかし、ラインハルトの目は辛うじて捉えていた。
ラインハルトは、引き抜いた槍の柄を中辺りで掴むと、そのまま迫る剛腕に突き刺した。当然刃は僅かしか通らない。だが少し……本の少しだけ軌道を逸らすことに成功し、首を傾けることで間一髪回避して見せた。ただそれは直撃を避けただけだ。蹄はラインハルトの顔のすぐ横を通り、頬をざっくりと切り裂いていく。傷は浅くはない。頬から血飛沫が吹く。恐怖と激痛に目を閉じてもいいものだが、その間ラインハルトの目は見開かれたままだ。それも当然のことだった。高速で往来する攻防の最中、一瞬でも目を切れば絶命は必至なのだ。だから彼は恐怖を抑え、目を見開く。
彼は僅かに刺さった槍を支点とし、タウロスの腕の力を利用して高速で旋回、次いで槍を左足に突き刺した。飛び散る赤と紫の血。その向こう側に立つタウロスを見ながら、ラインハルトは歓喜に打ち震えた。
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