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迷宮
タウロス
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ラインハルトは、頬から口の横を流れる血をぺろりと一つ舐めると、歪んだ笑みを作った。
(これだ……これこそが俺が求めていたもの! 生死を賭けた本当の闘いだ……!)
戦場の失われた常世において、唯一と言ってもよい拮抗した戦い。城の兵士であったならば今生味わえない、最上の戦闘だ。
「くくく……」
自然と口から声が漏れた。彼は何百というスケルトンを倒し体力を消費している。そんな状態で対峙した魔物がタウロスでは、些か強すぎる。だがラインハルトが受けた傷は頬にできた裂傷のみ。対してタウロスは刺し傷が3か所もあり、傷口の数や流れる血の量を比べれば、双方の実力は互角、もしくはラインハルトに少し部があるように見える。しかし、ラインハルトはタウロス程強大な敵と戦ったことが、これまで一度もなかった。言うなれば圧倒的な実戦不足。この不安要素がある限り、この先どう言った戦いになるかはわからない。
ラインハルトは不利な自らの状況を打開すべく、後方へと飛び退き一度距離を置く。これにより、槍の力が最大限発揮できる距離に落とし込むことができた。
タウロスは、飛び退いたラインハルトを追う素振りを見せない。余裕なのか慢心なのか、それは彼に判別できないが、向き直るだけで追いかけるようなことはしてこない。
(舐めているのか? ……まぁいい、そうでもなければ一瞬で終わってしまうだろうしな)
タウロスが身動きしないおかげで、ラインハルトは少し余裕をもって準備ができる。
彼が準備時間を要したわけは、槍技を扱う心持を作るためだ。スケルトン戦ではただ突き、払うだけだった。しかしそれだけでは全力で戦ったことにならない。ましてやタウロスは強敵だ。槍技を使わぬ限り、互角以上に渡り合うことはできないだろう。
ラインハルトは槍の柄の中頃を右手で持ち、左手を穂先にあてがう。そして目を閉じ精神統一。タウロスの攻撃を待つ。
『フーッ! フーッ!』
タウロスの鼻息が聞こえる。暫くして蹄が石床を叩く音が何度も聞こえた。それらの音が一瞬止まった時、ラインハルトはタウロスの攻撃が来ると悟った。
あらゆる防壁を無に帰す一撃。もはや人間の反応速度を超え、視認してから回避することは不可能。だというのにそれは、正確にラインハルトの頭を打ち抜かんとしている。
ラインハルトは唸る風の音を聞いた。ラインハルトは質の違う踏切音を聞いた。それらの音を聞いた瞬間ラインハルトは眼を見開き、本の僅か退いた。
ブォン!!
剛腕が唸りを上げ迫る。その風きり音は広間の入り口あたりにいる三人にも聞こえるほどだ。だがそれは以外にも空を切り、逆にラインハルトの槍がタウロスの脇腹に突き刺さっていた。
その技は、彼の扱う槍術において『朧突き』と呼ばれるものだ。どんな攻撃も虚空を断ち切ることはできぬように、今のラインハルトはあらゆる攻撃を回避する幻影となっている。あらゆる攻撃を回避し、そこから高速で反撃を見舞う技。それが朧突きだった。
『グゥウ!?』
タウロスは、それまでの声とは違う苦し気な声を漏らした。
だが攻撃の手は緩まない。何せタウロスにはもう一本の腕があるのだ。振りぬいた腕を引き抜く際に、もう一つの腕を突き出す。それを繰り返すことで起きる乱打は、流石のラインハルトでも捌ききれるものではない。
わき腹に刺さった槍を手元に手繰り寄せ、乱打を受ける姿勢をとる。迫る蹄。その腕を槍で払おうとする。しかし種族差からくる腕力差は歴然で、やはり完全に払いのけることは叶わない。だが先ほどのように、ラインハルトは寸での所で避けつつタウロスの乱打を捌いて見せる。
傍から見ればそれは、完全なる蹂躙であった。ラインハルトの槍はタウロスの剛腕に通じず、飛び散る血飛沫は全てラインハルトの物だ。見る見るうちに、体の至る所に裂傷ができ、鎧、服もずたずたに引き裂かれていく。
「ラインさん!」
「くっ! ……対物理魔法障壁!!」
シェインは、無駄だと知っていながらも魔法障壁を展開する。乱打の最中に生まれる青白い膜。それは忽ち次の一撃によって粉々に砕かれてしまった。
続けてカイネルが矢を一つ放った。高速で飛ぶそれはタウロスの眼を目掛け飛翔する。だがそれも、乱打の回転の最中に容易く撃ち落されてしまった。
二人は己の力の至らなさに嘆く。しかし、それは決して無意味というわけではない。
蹂躙の最中、戦況を変化させる一事が起きる。魔法障壁を打ち砕いたその一撃を、ラインハルトは完全に回避して見せたのだ。それは障壁が生んだほんの少しの抵抗と、矢による狙撃が生んだ空白のおかげだ。そして回避をした直後、彼は一度だけ槍で攻撃を放った。
「しっ!!」
放たれた槍は、引き戻された腕の二の腕部に突き刺さった。再び上がるタウロスの苦し気な声。それでもタウロスの乱打は止まらない。
再び防戦一方の戦いが始まる。タウロスの攻撃は全て有り余る膂力に任せた物理攻撃のみ。ひどく単調ではあるが、ともかく早く人間の反射速度を完全に超えてしまっている。だがそれでもラインハルトは抗った。攻防の最中一度も瞬きをすることなく、眼前に迫る蹄を凝視し、傷を負いながらも槍を振るう。その過程で、彼の心は次第に無に近づき……遂にラインハルトは覚醒する。
タウロスの乱打の一つが、ラインハルトの胴を狙う。振り下ろされる剛腕。それを払いのける槍。そして同時に半身体をずらす。そしてラインハルトは、タウロスのその一撃を完全に回避した。
「はぁっ! はぁっ! ……ははっ!」
息を乱しながらも思わず笑いが漏れた。今彼は、恐ろしい速度で成長している実感を得ている。彼の中に刻まれた戦闘に関するあらゆる常識が上書きされ、タウロスを基準としたものに再構築されていく。やがて三回に一回だった完全回避は二回に一回となり、遂には連続して回避することを可能とした。
タウロスとの攻防を見ていたカイネルが呟く。
「……凄い……」
ラインハルトは血だらけで、タウロスはまだまだ体力に余裕がありそうだ。だがタウロスの攻撃は当たらない。気づけばいつの間にか、防戦一方だったラインハルトの槍がタウロスへと襲い掛かっていた。
『グゥッ! ググ……!』
飛び散る血は赤から紫に代わり、それまでよりも明らかにタウロスのくぐもった声が多くなってきている。
腕に、足に、腹に、胸に、ラインハルトの槍が突き刺さる。一つ一つは致命傷に至らなくとも、確かにタウロスの動きは鈍くなってきていた。ラインハルトの回転数が更に上がる。それに倣って、タウロスの回転数が落ちてきた。そしてある一点を超えた時、タウロスの両手は自身の頭を守るために動くのをやめた。
「あああアアアア‟ア‟ア‟!!!」
それはラインハルトの雄叫び。その顔はまるで魔物のように歪み、命のやり取りを楽しんでいる風に見える。
その光景に、兎は恐怖を覚え身震いした。
(これだ……これこそが俺が求めていたもの! 生死を賭けた本当の闘いだ……!)
戦場の失われた常世において、唯一と言ってもよい拮抗した戦い。城の兵士であったならば今生味わえない、最上の戦闘だ。
「くくく……」
自然と口から声が漏れた。彼は何百というスケルトンを倒し体力を消費している。そんな状態で対峙した魔物がタウロスでは、些か強すぎる。だがラインハルトが受けた傷は頬にできた裂傷のみ。対してタウロスは刺し傷が3か所もあり、傷口の数や流れる血の量を比べれば、双方の実力は互角、もしくはラインハルトに少し部があるように見える。しかし、ラインハルトはタウロス程強大な敵と戦ったことが、これまで一度もなかった。言うなれば圧倒的な実戦不足。この不安要素がある限り、この先どう言った戦いになるかはわからない。
ラインハルトは不利な自らの状況を打開すべく、後方へと飛び退き一度距離を置く。これにより、槍の力が最大限発揮できる距離に落とし込むことができた。
タウロスは、飛び退いたラインハルトを追う素振りを見せない。余裕なのか慢心なのか、それは彼に判別できないが、向き直るだけで追いかけるようなことはしてこない。
(舐めているのか? ……まぁいい、そうでもなければ一瞬で終わってしまうだろうしな)
タウロスが身動きしないおかげで、ラインハルトは少し余裕をもって準備ができる。
彼が準備時間を要したわけは、槍技を扱う心持を作るためだ。スケルトン戦ではただ突き、払うだけだった。しかしそれだけでは全力で戦ったことにならない。ましてやタウロスは強敵だ。槍技を使わぬ限り、互角以上に渡り合うことはできないだろう。
ラインハルトは槍の柄の中頃を右手で持ち、左手を穂先にあてがう。そして目を閉じ精神統一。タウロスの攻撃を待つ。
『フーッ! フーッ!』
タウロスの鼻息が聞こえる。暫くして蹄が石床を叩く音が何度も聞こえた。それらの音が一瞬止まった時、ラインハルトはタウロスの攻撃が来ると悟った。
あらゆる防壁を無に帰す一撃。もはや人間の反応速度を超え、視認してから回避することは不可能。だというのにそれは、正確にラインハルトの頭を打ち抜かんとしている。
ラインハルトは唸る風の音を聞いた。ラインハルトは質の違う踏切音を聞いた。それらの音を聞いた瞬間ラインハルトは眼を見開き、本の僅か退いた。
ブォン!!
剛腕が唸りを上げ迫る。その風きり音は広間の入り口あたりにいる三人にも聞こえるほどだ。だがそれは以外にも空を切り、逆にラインハルトの槍がタウロスの脇腹に突き刺さっていた。
その技は、彼の扱う槍術において『朧突き』と呼ばれるものだ。どんな攻撃も虚空を断ち切ることはできぬように、今のラインハルトはあらゆる攻撃を回避する幻影となっている。あらゆる攻撃を回避し、そこから高速で反撃を見舞う技。それが朧突きだった。
『グゥウ!?』
タウロスは、それまでの声とは違う苦し気な声を漏らした。
だが攻撃の手は緩まない。何せタウロスにはもう一本の腕があるのだ。振りぬいた腕を引き抜く際に、もう一つの腕を突き出す。それを繰り返すことで起きる乱打は、流石のラインハルトでも捌ききれるものではない。
わき腹に刺さった槍を手元に手繰り寄せ、乱打を受ける姿勢をとる。迫る蹄。その腕を槍で払おうとする。しかし種族差からくる腕力差は歴然で、やはり完全に払いのけることは叶わない。だが先ほどのように、ラインハルトは寸での所で避けつつタウロスの乱打を捌いて見せる。
傍から見ればそれは、完全なる蹂躙であった。ラインハルトの槍はタウロスの剛腕に通じず、飛び散る血飛沫は全てラインハルトの物だ。見る見るうちに、体の至る所に裂傷ができ、鎧、服もずたずたに引き裂かれていく。
「ラインさん!」
「くっ! ……対物理魔法障壁!!」
シェインは、無駄だと知っていながらも魔法障壁を展開する。乱打の最中に生まれる青白い膜。それは忽ち次の一撃によって粉々に砕かれてしまった。
続けてカイネルが矢を一つ放った。高速で飛ぶそれはタウロスの眼を目掛け飛翔する。だがそれも、乱打の回転の最中に容易く撃ち落されてしまった。
二人は己の力の至らなさに嘆く。しかし、それは決して無意味というわけではない。
蹂躙の最中、戦況を変化させる一事が起きる。魔法障壁を打ち砕いたその一撃を、ラインハルトは完全に回避して見せたのだ。それは障壁が生んだほんの少しの抵抗と、矢による狙撃が生んだ空白のおかげだ。そして回避をした直後、彼は一度だけ槍で攻撃を放った。
「しっ!!」
放たれた槍は、引き戻された腕の二の腕部に突き刺さった。再び上がるタウロスの苦し気な声。それでもタウロスの乱打は止まらない。
再び防戦一方の戦いが始まる。タウロスの攻撃は全て有り余る膂力に任せた物理攻撃のみ。ひどく単調ではあるが、ともかく早く人間の反射速度を完全に超えてしまっている。だがそれでもラインハルトは抗った。攻防の最中一度も瞬きをすることなく、眼前に迫る蹄を凝視し、傷を負いながらも槍を振るう。その過程で、彼の心は次第に無に近づき……遂にラインハルトは覚醒する。
タウロスの乱打の一つが、ラインハルトの胴を狙う。振り下ろされる剛腕。それを払いのける槍。そして同時に半身体をずらす。そしてラインハルトは、タウロスのその一撃を完全に回避した。
「はぁっ! はぁっ! ……ははっ!」
息を乱しながらも思わず笑いが漏れた。今彼は、恐ろしい速度で成長している実感を得ている。彼の中に刻まれた戦闘に関するあらゆる常識が上書きされ、タウロスを基準としたものに再構築されていく。やがて三回に一回だった完全回避は二回に一回となり、遂には連続して回避することを可能とした。
タウロスとの攻防を見ていたカイネルが呟く。
「……凄い……」
ラインハルトは血だらけで、タウロスはまだまだ体力に余裕がありそうだ。だがタウロスの攻撃は当たらない。気づけばいつの間にか、防戦一方だったラインハルトの槍がタウロスへと襲い掛かっていた。
『グゥッ! ググ……!』
飛び散る血は赤から紫に代わり、それまでよりも明らかにタウロスのくぐもった声が多くなってきている。
腕に、足に、腹に、胸に、ラインハルトの槍が突き刺さる。一つ一つは致命傷に至らなくとも、確かにタウロスの動きは鈍くなってきていた。ラインハルトの回転数が更に上がる。それに倣って、タウロスの回転数が落ちてきた。そしてある一点を超えた時、タウロスの両手は自身の頭を守るために動くのをやめた。
「あああアアアア‟ア‟ア‟!!!」
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