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深奥
臆病者の弓使い 1
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崩れる天井。広間の光源だった岩と共に僕の体は宙に放り出された。
「うわああああ!!」
視界が二転三転する。床が抜けて階下に落ちている証拠だ。視界の隅には身動きしないラインハルトさん、シェインさん、兎さん。皆瓦礫と一緒に落ちていく。その姿も、すぐに崩れ落ちる岩塊で見えなくなってしまった。
瓦礫は僕の体にも降り注ぐ。その激痛により僕は意識を失った。
全身に固い感触を感じて気がついた。どうやら僕は、石畳の上に倒れているみたいだ。気を失っていた間に手放したらしく、大事にしていた弓も何処かへ行ってしまっている。
「ううっ……ここは……?」
痛む体に鞭を打って立ち上がる。するとそこは、見覚えのある場所だった。
「防壁だ……森の近くの王国の……」
僕は辺りを見渡す。青空、居住区、ギルドに王城。迷宮の中にいたはずなのに見覚えのあるものばかりだ。
防壁の中はそれでいい。問題は防壁の外だ。
「なんだあれ!! 真っ黒……真っ黒の波が!」
ここが本当に見覚えのある場所だったなら、そこには見渡す限りの大草原があったはずだった。でも今は真っ黒な塊が蠢いていた。
気が付けば周囲からは怒声、罵声が飛び交っていた。
(これは……)
周囲には多くの兵士が立ち並び、黒い塊を睨みつけている。
その一角で僕は見た。翠の髪に翠の瞳。そして黒く大きな弓を携える子供の姿。その姿を、僕は知っている。
「……父さん……?」
確かな確信があったわけじゃない。でもその少年は確かに僕の父さん、ネイノート・フェルライトだった。
実際に父さんの小さな頃を見たことはないけれど、皆が話す特徴や物語の本の挿絵によく似ている。
その幼さが残る父さんもやっぱり、城壁の上から真っ黒い塊を見つめていた。
突如、地響きが起きた。
周りにいる兵士たちが慌てて一点を見つめる。その視線を追って見れば、巨大な、巨大な一つの影が見えた。
「まさか……巨人族!?」
父さんが英雄と呼ばれる理由になった存在。たった一人で大きな国をも亡ぼすことが出来るって聞いたことがある。現に巨人族は、王国に来る際に幾つもの集落を踏み潰してきたと聞いた。でもその戦いは、十年以上も昔に終わっている筈だ。
「そんな……ここは……昔の王国?」
僕の頭は混乱しきっていた。周りにいる兵士たちも、巨人族であることを理解した途端、騒ぎ出していた。
いつのまにか王国側の進軍が始まっていた。
それを受けてなのか黒い波も此方へ向かって動き出している。その二つの波が混ざり合う直前に、父さんは黒い弓を引いた。
一拍置き、矢が放たれる。
放たれた矢は戦場を一直線に駆け抜け、遥か彼方で腕を振り上げていた醜悪な魔物を貫いた。
「……すご……」
僕はそれだけしか喋れなかった。
同じ弓使いだからこそ、父さんの今の一射が常軌を逸していることが分かる。
通常よりも遥かに遠くに飛ばす弓の威力。それだけの距離離れた標的を射抜く集中力と技量。とてもではないけど、今の僕には出来そうにない芸当だ。
当然僕以外の城壁の上にいる兵士たちも、皆固まっていた。でも近くにいる兵士が的中を知らせると、堰を切ったように歓声があがった。
目の良さだけは、父さんにも負けていないと自負している。だから父さんが射る矢の先を追うことはできた。
次から次へと放たれる矢。それが一つも外れずに標的を貫く。
僕は父さんの雄姿から目が離せなかった。僕は父さんの射る矢から目が話せなかった。
今の……大人の父さんが弓を弾く姿はとても綺麗だ。まるで彫刻の様で、完成された美しさがあると思う。でもこの幼い頃の父さんの姿も、僕の心を強く強く惹きつけた。乱暴で荒々しく、それでいて身震いするほど精密。なまじ弓術を齧っているせいか、その姿から、その矢から目が離せない。
そんな風に見惚れていた僕は、気が緩んでいたんだろう。何本目かの飛んでいく矢をぼんやりと目で追っていると、理由もわからぬままに突如、父さんは弓を手放し、蹲ってしまっているのに気がついた。
僕は慌てて戦場と父さんを見る。するとある一角に視線が吸い寄せられた。
それは巨人族がいる辺りだ。少し離れたところに鎧を着た人が転がっている。慌ててそれに走り寄る二人の影。そちらを気にしつつ巨人族へと攻撃をする数人の姿が見える。
父さんを気遣うのは僕だけではなかった。回りにいる兵士の人たち、そして翠翼の鳥が父さんへと近寄る。その鳥の姿は、僕の相棒、エアーと瓜二つだった。
「もしかしてウィンお母さん?」
僕的には聞こえるように声をかけたつもりだった。でも翠の小鳥は僕に気をかけるでもなく、その小さな体をお父さんの体に擦り寄せている。
一人の犠牲、二人の戦線離脱、そして父さんの援護が失われたことで、巨人族との戦いは徐々に劣勢へと変わっていく。
僕は蹲る父さんの姿を、唯狼狽えてみているしかできなかった。
周りにいる兵士も僕と同じく狼狽えるだけ。気が付けば僕の足元には、父さんが使っていた黒い弓が。
僕は思わずその弓に手を伸ばした。冷たい感触、重厚な見た目の割りにとても軽い。その弓の弦を数度弾く。手に吸い付くように馴染む。素晴らしい弓だ。僕はその弓を手に、蹲るお父さんの元へ駆け寄った。
「父さん! 早くしないと……」
僕は手にした弓を父さんに手渡すつもりだった。でも父さんに近寄るや否や、僕の視界はぐらりと揺れ、一瞬のうちに視界が石面で埋まる。
途端、体の内側からどす黒い感情が湧き上がる。それと同時に得も言われぬ喪失感が押し寄せてきた。
「うう……ぐっ……はっ……」
余りの苦しさに、僕は嗚咽を漏らすことしかできない。
頭の中に見たことのない景色が浮かびあがる。
父さんによく似た背中が見えた。でもお父さんほど線は細くない。どちらかと言えば戦士の背中のようで、力強さを感じる。でもその背中は、真っ黒な影に飲み込まれて消え去ってしまった。
吐き気が込み上げる。手足から力が抜けていく。
『ネイ!』
ウィン母さんの声が聞こえた。
僕は数度深呼吸を繰り返すと、手にある黒弓を握り締める。
『ネイ? ……いいえ、貴方は……』
そこから先の言葉ははっきりと聞き取れなかった。
「うわああああ!!」
視界が二転三転する。床が抜けて階下に落ちている証拠だ。視界の隅には身動きしないラインハルトさん、シェインさん、兎さん。皆瓦礫と一緒に落ちていく。その姿も、すぐに崩れ落ちる岩塊で見えなくなってしまった。
瓦礫は僕の体にも降り注ぐ。その激痛により僕は意識を失った。
全身に固い感触を感じて気がついた。どうやら僕は、石畳の上に倒れているみたいだ。気を失っていた間に手放したらしく、大事にしていた弓も何処かへ行ってしまっている。
「ううっ……ここは……?」
痛む体に鞭を打って立ち上がる。するとそこは、見覚えのある場所だった。
「防壁だ……森の近くの王国の……」
僕は辺りを見渡す。青空、居住区、ギルドに王城。迷宮の中にいたはずなのに見覚えのあるものばかりだ。
防壁の中はそれでいい。問題は防壁の外だ。
「なんだあれ!! 真っ黒……真っ黒の波が!」
ここが本当に見覚えのある場所だったなら、そこには見渡す限りの大草原があったはずだった。でも今は真っ黒な塊が蠢いていた。
気が付けば周囲からは怒声、罵声が飛び交っていた。
(これは……)
周囲には多くの兵士が立ち並び、黒い塊を睨みつけている。
その一角で僕は見た。翠の髪に翠の瞳。そして黒く大きな弓を携える子供の姿。その姿を、僕は知っている。
「……父さん……?」
確かな確信があったわけじゃない。でもその少年は確かに僕の父さん、ネイノート・フェルライトだった。
実際に父さんの小さな頃を見たことはないけれど、皆が話す特徴や物語の本の挿絵によく似ている。
その幼さが残る父さんもやっぱり、城壁の上から真っ黒い塊を見つめていた。
突如、地響きが起きた。
周りにいる兵士たちが慌てて一点を見つめる。その視線を追って見れば、巨大な、巨大な一つの影が見えた。
「まさか……巨人族!?」
父さんが英雄と呼ばれる理由になった存在。たった一人で大きな国をも亡ぼすことが出来るって聞いたことがある。現に巨人族は、王国に来る際に幾つもの集落を踏み潰してきたと聞いた。でもその戦いは、十年以上も昔に終わっている筈だ。
「そんな……ここは……昔の王国?」
僕の頭は混乱しきっていた。周りにいる兵士たちも、巨人族であることを理解した途端、騒ぎ出していた。
いつのまにか王国側の進軍が始まっていた。
それを受けてなのか黒い波も此方へ向かって動き出している。その二つの波が混ざり合う直前に、父さんは黒い弓を引いた。
一拍置き、矢が放たれる。
放たれた矢は戦場を一直線に駆け抜け、遥か彼方で腕を振り上げていた醜悪な魔物を貫いた。
「……すご……」
僕はそれだけしか喋れなかった。
同じ弓使いだからこそ、父さんの今の一射が常軌を逸していることが分かる。
通常よりも遥かに遠くに飛ばす弓の威力。それだけの距離離れた標的を射抜く集中力と技量。とてもではないけど、今の僕には出来そうにない芸当だ。
当然僕以外の城壁の上にいる兵士たちも、皆固まっていた。でも近くにいる兵士が的中を知らせると、堰を切ったように歓声があがった。
目の良さだけは、父さんにも負けていないと自負している。だから父さんが射る矢の先を追うことはできた。
次から次へと放たれる矢。それが一つも外れずに標的を貫く。
僕は父さんの雄姿から目が離せなかった。僕は父さんの射る矢から目が話せなかった。
今の……大人の父さんが弓を弾く姿はとても綺麗だ。まるで彫刻の様で、完成された美しさがあると思う。でもこの幼い頃の父さんの姿も、僕の心を強く強く惹きつけた。乱暴で荒々しく、それでいて身震いするほど精密。なまじ弓術を齧っているせいか、その姿から、その矢から目が離せない。
そんな風に見惚れていた僕は、気が緩んでいたんだろう。何本目かの飛んでいく矢をぼんやりと目で追っていると、理由もわからぬままに突如、父さんは弓を手放し、蹲ってしまっているのに気がついた。
僕は慌てて戦場と父さんを見る。するとある一角に視線が吸い寄せられた。
それは巨人族がいる辺りだ。少し離れたところに鎧を着た人が転がっている。慌ててそれに走り寄る二人の影。そちらを気にしつつ巨人族へと攻撃をする数人の姿が見える。
父さんを気遣うのは僕だけではなかった。回りにいる兵士の人たち、そして翠翼の鳥が父さんへと近寄る。その鳥の姿は、僕の相棒、エアーと瓜二つだった。
「もしかしてウィンお母さん?」
僕的には聞こえるように声をかけたつもりだった。でも翠の小鳥は僕に気をかけるでもなく、その小さな体をお父さんの体に擦り寄せている。
一人の犠牲、二人の戦線離脱、そして父さんの援護が失われたことで、巨人族との戦いは徐々に劣勢へと変わっていく。
僕は蹲る父さんの姿を、唯狼狽えてみているしかできなかった。
周りにいる兵士も僕と同じく狼狽えるだけ。気が付けば僕の足元には、父さんが使っていた黒い弓が。
僕は思わずその弓に手を伸ばした。冷たい感触、重厚な見た目の割りにとても軽い。その弓の弦を数度弾く。手に吸い付くように馴染む。素晴らしい弓だ。僕はその弓を手に、蹲るお父さんの元へ駆け寄った。
「父さん! 早くしないと……」
僕は手にした弓を父さんに手渡すつもりだった。でも父さんに近寄るや否や、僕の視界はぐらりと揺れ、一瞬のうちに視界が石面で埋まる。
途端、体の内側からどす黒い感情が湧き上がる。それと同時に得も言われぬ喪失感が押し寄せてきた。
「うう……ぐっ……はっ……」
余りの苦しさに、僕は嗚咽を漏らすことしかできない。
頭の中に見たことのない景色が浮かびあがる。
父さんによく似た背中が見えた。でもお父さんほど線は細くない。どちらかと言えば戦士の背中のようで、力強さを感じる。でもその背中は、真っ黒な影に飲み込まれて消え去ってしまった。
吐き気が込み上げる。手足から力が抜けていく。
『ネイ!』
ウィン母さんの声が聞こえた。
僕は数度深呼吸を繰り返すと、手にある黒弓を握り締める。
『ネイ? ……いいえ、貴方は……』
そこから先の言葉ははっきりと聞き取れなかった。
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