愚骨な傭兵

菅原

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 キャロルロット懐妊の報せから一年ほど経つ頃、すっかり森に籠りきりとなってしまったシウバリスの元へ、一年ぶりとなる来客が現れた。この頃になると、襤褸小屋も存外しっかりとした造りに替わり、小さかった畑も程々の広さへと変貌していた。それはもはや他者の手も必要ない程に、生活の基盤は整っていた。その光景に言葉を失くす来客へ、手製の鍬を担いだシウバリスは声をかける。
「こんなところに客とは珍しい」
「シウバリス様!」
 その声は傭兵組合の長パロマの物だった。パロマはシウバリスを見つけるや否や、大きな声で名前を呼び駆け寄ってくる。
「何をそんなに慌てて……」
「お願いします! どうかご助力を!」
 パロマの切迫した様子を見て深刻な話だろうと察したシウバリスは、一先ず彼女を家の中へ招き入れる。ミーティアが来たあの日以来、使ったことのなかった木のコップを取り出す。それからあの日のように川から汲み上げた清水を入れ、乾燥した果実を入れる。出来上がった果実水を机の上に並べ、二人で椅子に座った。
「それで、何の様だ?」
「実はスタンピードが起きるようなんです!」
「ほう」
 スタンピードとは、モンスターの凶暴化、群れの膨張等の理由から成る生物の大移動現象だ。特定の種の群れが膨張したことにより周囲の餌が不足。群れは次の餌を求め住処を移動し、その先の餌となる生物が脅威を逃れる為別の住処へと移る。結果逃げた餌を追い移動してきた捕食者が更に移動を始め……それが連鎖的に起こることで、膨大な量の行軍が起きてしまう。
「今回のスタンピードの原因は、ここより南に生息する鉱槍蜘蛛の様です」
「鉱槍蜘蛛……ああ、あの時のか」
 シウバリスは思わず右の肩を摩った。パロマはその姿を見て眉を顰める。だがその話を掘り下げることはせず、要件の説明を進めていく。
「専門家が示すルートは、この森を経由せずに町を通過するそうです」
「ということは……ここから西の草原や林を横断するのか?」
「そのようです。もうすでに草原の南方にて狼や猪、牛の大規模な群れが目撃されています」
 南方に広がる草原は広い。仮に一直線に町へ歩みを進めても、二日ほどの猶予はあるだろう。パロムの説明を聞いたシウバリスは、コップの水を口に含む。
「それで、私にどうしろと?」
「え? で、ですからスタンピード鎮圧の為今一度町へ……」
「申し訳ないが断らせていただく」
 想像だにしない回答に、パロマは固まった。一方シウバリスは何事もなかったかのようにコップを傾ける。
「断る……って、どうしてですか!?」
 椅子に座っていたパロマは、机に手をつき勢いよく立ち上がった。
「二年ほど前に来客があってな。その人物と、もう町に近寄らないと約束した」
「約束? ふざけないでください! 町の存続が掛かっているんですよ!? そんな場合じゃないでしょう!」
 パロマは大きな声で抗議した。だがシウバリスの態度は変わらない。
「約束を守る。それは私にとってとても重要なことだ。すまないが他を当たってくれ。それに今の私では大して役に立たないだろう」
 シウバリスは右腕にある仮初の腕を手でたたいた。特殊な造りの盾を装着することで無駄にこそならない物の、その練度は元々の右腕とは比べようもない程に拙い。通常の狼程度なら問題はないが、白銀狼や黒鋼熊、スタンピードの元凶とされる鉱槍蜘蛛が相手では、とても生き残れる自信はない。
「それでも……町が無くなっては貴方も困るでしょう?」
 パロマは必死にシウバリスを説き伏せようとした。しかし彼の中ではもう答えが決まっている。
「何も困らない。一年前からは近くの農村にすら寄っていないしな。もう森の中だけで自給自足が出来ている」
「スタンピードが森まで波及することも……」
「もしそうなったなら逃げるだけだ。幸い私には守る家族もいないのでね。持っているのはこの小屋と、幾許かの畑だけだ。ならばまた別の地で生活を始めるだけさ。貴女たちもそうしたらよいだろうに」
「一日、二日で町人全員が安全な所まで逃げられるとお思いですか!? 貴方は一人で好きに出来るのでしょうけど、町人たちには家族がいるんです。通り過ぎた後は住む家もないでしょう。復興するだけでも莫大な時間とお金が……」
「だから傭兵たちに死んでもらおうというわけか?」
「そんなつもりはありません!」
 パロマはシウバリスへ、必死に助力を訴えた。だがシウバリスは頑として頷かない。

 遅々として進まぬ話し合いに焦り、パロマは切り札を切り出した。卑怯で、姑息な切り札を。
「シウバリス様、あの町には貴方にとって大切な方がいる筈です。彼女を見捨てるのですか?」
「……」
 それまで一切見られなかった動揺が、彼の顔に現れた。カップを持っていた手は止まり、顔が強張る。だがそれも一瞬の事。シウバリスは直ぐにこう返す。
「彼女にはもう愛する夫と子供がいる筈だ。ならば彼女の夫も、すぐに別の町への避難を決断するだろう。貴族ならば尚の事そうするのではないか?」
「そ、それは……」
 言葉を濁したのはパロマだった。何せスタンピードが発生するという噂が立ったすぐ後から、何人かの貴族は早々に別の町へ避難していったからだ。まだシウバリスの思い人は町に残ってはいるものの、猶予が一切無くなれば他の貴族同様別の町へ避難するのは容易に想像できた。

 切り札も通じず焦りを露にするパロマに対し、シウバリスは内心で怒っていた。原因は二つ。先ず第一に、キャロルロットの話を持ち出せば自分を意のままに動かせると思っている浅はかさ。第二に、自分ひとりに固執する認識の狭さ。それらを受け、シウバリスはついため息をついてしまう。
「はぁ、私はもう役に立たないと分かっただろうに、いつまでもこんなところで時間を浪費している暇はないのではないか?」
「っ! 貴方の言う通り、時間の無駄でした! 失礼いたします!」
 建付けの悪い扉を勢いよく締め帰っていくパロマ。あとに残ったシウバリスは再びため息をつくと背凭れに背を預けた。
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