臆病者の弓使い

菅原

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4章 異変

嵐の前の静けさ

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 巨大なミミズが張ったような跡を辿り、彼らは森の奥へと入っていく。
辺りは静寂に包まれていて、彼らがかき分ける草の音だけが響いた。
 森で生きてきたネイノートは、かつて感じた事のない違和感を感じていた。
(……静かすぎる)
どんなに静かでも小鳥のさえずりや、虫の鳴き声は聞こえる物だが、このときはそういった些細な音も止んでいたのだ。
 道中には幾つか血だまりが出来ている場所もあり、戦闘の形跡が見られた。地面がえぐれ、木々が倒されている場所もある。
その血が例の冒険者たちの物でないことを祈りながら、彼らは更に跡を追った。
やがて彼らはそこに辿り着く。

 むき出しの岩肌に洞窟があった。
引きずった跡は洞窟の中へと続いている。
草木に隠れて様子を見ていた風の翼一行は、その洞窟の入口に醜悪な魔物の姿を確認した。
 豚を二足歩行させたような姿、腰に一枚の布をつけただけの風貌で、手には棍棒を持っている。
人を優に超える巨体からは、対峙することさえ躊躇ためらわわれるほどの威圧感が感じられた。
『オーク』という魔物である。
の魔物は知能が低い。だがそれを補って余りある筋力を持ち、更に頑丈な皮膚は岩にも匹敵する強敵だ。
 確かに彼奴等きゃつらならばプレートを凹ませるくらい容易いだろう。
駆け出しはおろかE級でも到底勝てない魔物であり、勿論森の表層に生息する魔物ではない。
「カノンカ、クロツチ。あいつらに勝てるか?」
ネイノートの言葉にカノンカ、次いでクロツチが答える。
「あいつらはオークね。E級じゃまず無理。D級の私たちでも囲まれたら危険よ」
「やり合うなら一対一じゃないと話にならないだろうな」
現在確認できるオークは、洞窟の外で徘徊する三体のみ。
洞窟の中に何体いるかはわからないが、今なら三体三で勝つ見込みもある、ということだ。
ウィンがいれば、風を読む探知魔法で洞窟内の様子まで分かったであろうに。
痒い所に手が届かないこの現状に、少年は顔を顰めた。

 ネイノートは弓を固く握りしめ指示を出す。
「オークを撃破して冒険者を救出する。ただし無理はするな。洞窟の中に何匹いるかわからないからな。増援が来て敵の数のほうが多くなったら撤退する」
「本気か!?奴らの巣だぞ!逃げるなら今のうちだ!」
クロツチはネイノートの肩をつかみ声をあげた。その声はこれまでにないくらい切羽詰まっている。
「なんだいクロツチ。怖くなったか?」
 ネイノートはクロツチを煽ったが、その言葉に発奮するほどの余裕を、今の彼は持ち合わせていない。
年下に言われた事実に、プライドが邪魔して素直に返事できないクロツチは、曖昧な返事をするしかなかった。
「当り前じゃない。こんなの依頼で来ても、D級パーティ一組でやるような仕事じゃないもの。賢い選択は、すぐに冒険者ギルドに戻って報告することよ」
呆れたようにカノンカは、クロツチに助け舟を出す。
人命救助は大事だが、自分が死んでは元も子もない。もっと言えば命の危険にさらされるのは御免。
彼等が言いたいことはそういうことだろう。
ネイノートとしてもそれには同感だったが……

 それでもネイノートは考えを曲げなかった。もし冒険者が奴らに連れ去られたとするならば、時間が経てば経つほどに生きている可能性は低くなる。
ここから王国まで戻るにしても、どんなに急いだって昼頃になるだろう。直ぐ様冒険者を連れ引き返しても、戦闘に入るのは日が暮れ始める時間だ。それだけ放置してしまえば死んでしまってもおかしくない。
 何を言っても少年は意見を変えないだろう、と察した二人は愚痴を垂れだした。
「おいおい……どうなっても知らねぇぞ」
「諦めましょう。クロさん。どうやらネイノート君はかなり頑固者よ」
「お前はいいだろうさ、戦闘経験も豊富で技術もある。俺なんか昨日まで槌振ってただけだぞ?」
ネイノートには冒険者たちを助ける理由があり、全てを語ってもいいのだが、ゆっくりしていたら状況が変わってしまう可能性がある。
「ゆっくりしている暇はないんだぞ」
少年がそう呟き睨みつけると、漸く観念した二人は武器を構えた。
「初撃は俺が射る。矢が当たったら一気に攻めろ」
ネイノートは弓に矢を番えオークに狙いを定める。
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