臆病者の弓使い

菅原

文字の大きさ
上 下
109 / 120
17章 最終戦争

戦場駆ける狼

しおりを挟む
 相変わらず雨は降り続ける。
二日に続く雨は年を通しても珍しい。
なにもこんな時にならなくてもよかろうに。
城壁の上で兵士がひとり愚痴る。


 時は迫っていた。
門の傍には武装した兵士が剣を抜き放ち、今か今かとその時を待っている。
城壁の上でも弓使い、魔法使いが身を隠し、じっとその時を待つ。
やがて広間にいる治癒術師が、一斉に魔力の供給を止め、その場を急ぎ離れた。
魔力の残滓により少しだけ続くその儀式魔法は、暫くして役目を終える。
儀式魔法の効果が消えた証に、城壁が一瞬淡く光った。
 正にその時、雨を受けながら白く輝く狼が、城壁の上に姿を現した。
魔王軍の兵士は指を指し、その姿を確認する。
そんな兵士を見下ろしてクリスタルウルフは咆哮を上げた。

 クリスタルウルフは20もの高さのある城壁から飛び降りる。
背に乗っているサラシャの魔法により強化された体は、その高さをものともしない。
彼は着地と同時に、戦場を駆け抜けた。
その速さは凄まじく、瞬く間に魔王軍との距離が縮まっていく。
 城壁の上から確認した魔法人形の数は二十三体。
大体の位置は覚えているし、腹部が煌々と光っている為、存在の確認は容易い。
クラストは駆けるルートを模索しながら、前足に魔力を纏わせた。
彼は一番近い場所にいる一体の魔法人形に向かって駆ける。周囲にいる魔王軍兵士の中で、その速さに反応できる者はほぼいない。
主だった妨害もなく魔法人形の前に躍り出たクラストは、魔力武装オーラを纏わせた右腕を薙いだ。
雪を斬るかのような手応えと共に、魔鉱石の体が二つに割れる。
自重により崩れ落ちる音で兵士が振りむく頃には、クラストの姿はそこにない。
 今だけは、火竜のような巨体ではなく、唯の狼と同じ体躯であることが利点となっていた。
その姿を確認出来るのは遠くから眺める者だけ。
それも辛うじての話で、白く駆けるその姿は正しく雷の如く。
魔王軍兵士が驚く間もなく、二体目の魔法人形が崩れ落ちた。


 タイロンは前線で暴れまわるクリスタルウルフを目で追いかける。
「まったく……一番厄介な者が残り、敵に回るとはな」
近くにいる吸血鬼は何も言わない。
共に四本指に入る身でありながら、クリスタルウルフに敵わないことは本人も分かっているからだ。
 タイロンは近くにいるオーガから剣を取り上げると、狙いを定めて放り投げた。
高速で飛ぶそれは、一直線にクラストの上にいるサラシャを狙う。
クラストを狙ったところで、クリスタルウルフの強靭な体毛は、その衝撃を吸収してしまうだろう。また、自身に向けられる敵意よりは気付きにくい、という理由もあって、彼は狼上のサラシャを狙った。
 目まぐるしく動く標的目掛け、吸い込まれるように剣は飛ぶ。
四体目の魔法人形を切りつけた直後。
気付いても回避が難しい瞬間で剣はサラシャに襲い掛かった。
彼女がその剣に気付き、驚きの声を上げようとした時……
一つの矢が飛来する剣を叩き落とした。


 城壁の上では一人を除いて座り込み姿を隠していた。
一人というのは勿論巨人殺しの英雄ネイノートだ。
「ネイ君!?なにしてるんですか!」
上がった声はソーセインのもの。
彼も作戦を聞いていたが、城壁の上の者は魔法人形が全滅するまで姿を隠している作戦だった筈だ。
だがネイノートは弓を構え、魔王軍に向かって矢を放っていた。
驚愕に固まる兵士とソーセインに振り向き、彼は叫ぶ。
「情けなく思わないのか!?あいつらは王国の為に命を懸けて戦場を走っている!王国を守るべき俺たちが隠れているのは何故だ!」
 その理由は唯一つ。敵の攻撃を城壁から逸らす為。
儀式魔法を発動していない城壁は、補強されているとはいえ、唯の岩の塊だ。
どんなに頑丈であっても、集中攻撃を受ければいずれは崩れ落ちる。
ネイノートの取った行動は作戦を無視した行動であり、敵兵の注意を引き付ける原因となるだろう。
だが……彼の狙撃がなければ、サラシャとクラストが危機に陥ったのは確かなのだ。そして、起きてしまったことは無しには出来ない。
つまり、姿を現したネイノートに攻撃が集まるのは当然。
背中を向けた緑の少年目掛けて、城壁の下から三つの槍が飛来した。

 ガィン!!ガガン!!

 鳴ったのは金属音。
鉄が圧し折れるような音を出し、槍がたたき落とされる。
ネイノートの背を守るのは、赤い鎧に黒い盾を持った冒険者。
完全武装したロンダニアだ。
彼は作戦を無視したネイノートを窘めるわけでもなく、同様に声を張り上げる。
「おい!こんな小さな子でも立ち上がってるんだ!お前たちはどうするんだ!?」
彼も歯がゆかったのだろう。
ただ隠れていることしか出来なかった自分に。
ロンダニアの声に即座に反応したのはごく一部。だが、一人また一人と立ち上がる。
 立ち上がった者は、矢を打ち、銃を鳴らし、魔法を歌う。
その姿に魔王軍が気を取られれば取られる程に、クラストとサラシャに向けられる意識は少なくなる。
兵士が立ち上がった様を見たネイノートは、再び矢を番え戦場を睨みつけた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

SF / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:404

婚約破棄された悪役令嬢は今日も幸せです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,868pt お気に入り:16

【完結】愛してくれるなら地獄まで

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:45

下級巫女、行き遅れたら能力上がって聖女並みになりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,569pt お気に入り:5,692

偽りの結婚生活 ~私と彼の6年間の軌跡

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:487

幼なじみが負け属性って誰が決めたの?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,576pt お気に入り:18

処理中です...