白花の咲く頃に

夕立

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風の国《シレジア》編 王子の帰還

4-26 帰還

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 ◆

 アントリムの上空を一羽の鳥が優雅に飛んでいる。黒い風切羽が綺麗な大きな鷲だ。鷲はたまに屋根へ降り、しばし留まっては、すぐにまた空へと戻って行く。
 それを数度繰り返した後、王城の尖塔に留まり翼を休めた。

『この街も《ザーレ》の連中はいなくなってるんだな』
『瘴気に侵され、且つ、《ザーレ》に帰属する者は全て浄化した。あとは貴様が呼び掛ければ、アレクシアは目覚めるだろう。忌々しい珠の為に無駄な魔力が必要となったが、さしたる影響はなかった』

 鷲の首をわずかに回し、ゼフィールは城下を眺めた。見える範囲で街中はくまなく見たつもりだが、《ザーレ》人は見当たらない。
 浄化の条件に"瘴気に侵されている"という項目があるので、誰か生き残りがいてもいいと思うのだが、一人たりとも見つけていない。

 消えてしまった者の中には言葉を交わした者もいた。悪人には見えぬ者も多かった。善も悪も関係なく、ただ条件に当てはまったというだけで消されてしまった者達。
 アレクシアの為とはいえ、己の行いに罪の意識が残る。

『珠も全く見かけないな。お陰でこの街に入れたんだが』
『何が起こったのか我も知らぬ』
『お前ずっと俺の側にいたからな。まぁ、彼らが何か知ってるだろう』

 城門前に立つ二人の青髪の男にゼフィールは視線を止める。ネビスで見た顔だった。決起騒動が起きてから一週間以上経過しているので、生き残りがアントリムまで到達していても何ら不思議はない。

『俺は身体に戻る。お前は好きにしろ』

 それだけ言い残し、鷲の目を閉じる。
 一瞬の意識の断絶の後、ゼフィールはゆっくりと目を開けた。今度はフレースヴェルグのものではなく、ソリの中で眠っていた自分のものをだ。
 ゼフィールを覗きこみながらマルクが尋ねてくる。

「お帰り、ゼフィール。どうだった?」
「《ザーレ》の連中はいないな。それと、大量に置かれていた珠が無くなっていた。ネビスに収容されていた男達がいたから、彼らが何か知っていると思うんだが」

 軽く伸びをして身体を解しながらゼフィールは立ち上がった。ソリを降り、遠くに薄らと見える王都を眺める。

「にしても。王都の近くまで来たら、アナタは鳥になって偵察に行ってもらって、その間に身体の方も運んじゃうっていうのは、我ながらいい計画だったと思うわ。移動時間のロスもなくなるし」
「そこだけは良くても、それまでが中々の強行軍でしたけどね。昼夜関係なくコキ使われてた貴方の私兵達、もう倒れる寸前ですわよ?」
「そうなの? 鍛え方が足りないのかしら。《ドレスデン》に帰ったら訓練メニュー増やしとくわ」

 すでに疲労困憊な私兵達から深くため息が漏れた。
 マルクはおばさん臭く手をひらひらさせながら、あっけらかんと話を続ける。

「まぁ、訓練は、帰ってからね。今は、ゼフィールの話の感じだと、アナタ達に鞭打つ必要なさそうだし。しばらくゆっくりできるんじゃない?」

 マルクがゼフィールに確認の視線を向けてくる。 
 先ほどの光景を思い出しながら考えをまとめ、ゼフィールは頷いた。

「俺とマルクで直接様子を見に行って大丈夫だと思う。何かあれば、マルクの精神操作で誤魔化してもらえば逃げられるだろうし。何も無いと思うが、他の皆はしばらくここで待機しておいてくれ。ゾフィは連絡役頼む」
「妥当なところですわね。任されましたわ」

 居残り組に軽く挨拶をし、マルクと共に歩き出す。深い雪に苦労しながら進んでいると、フレースヴェルグが空を飛んでいるのが見えた。

 身体から強引に追い出してからも、フレースヴェルグは常にゼフィールの近くにいる。何かを話しかけてくるでもなく、ただ近くにいるのだ。
 フレースヴェルグのした事に対しては不満がある。
 しかし、その行動の根底にあるのは、《シレジア》の為という一つの意思だけだ。フレースヴェルグと一つになった時、わずかに垣間見えた彼の意思は、ゼフィールの想いと同じだった。
 目的の為に、一番効率的な手段を選択するという点がゼフィールと異なる。それだけだ。

 そんなフレースヴェルグとの距離は不思議と嫌ではない。自分の一部というか、半身。そんな感覚だ。対の存在という彼の申告がしっくりくる。

 王都に着いた。
 空から見た時と同様、《ザーレ》人はいないし珠も無い。雰囲気はしっとりと落ち着いていて、平和そのものといった感じだ。
 通りでは子供達がはしゃぎながら走り回っている。彼等はこちらの姿を見ると走り寄ってきた。

「詩人様もお城から帰って来たんだ~。ねぇねぇ、お城の中ってどんな感じなの?」
「俺の他には誰が帰ってきたんだ?」

 ゼフィールはしゃがんで子供達に尋ねる。見覚えは無いが、ゼフィールを詩人と呼ぶのなら、大教会に来ていた子供達だろう。

「司祭様が三人帰って来たよ。凄く疲れてたみたいで、すぐにお休みになったみたいだけど。今日は教会でお祈りしてた」
「司祭様達はいつ帰ってきたか知ってるか?」
「んーと。多分おとといだよ」
「そうか。教えてくれてありがとう」

 子供達の頭にポンと手を置くと、ゼフィールは立ち上がった。

「お城の中の話はー?」
「また今度な」
「約束ね!」
「ああ、約束だ」

 指切りをしてやると、子供達ははしゃぎながら走り去って行った。それを見送り、城への道を辿る。
 通りを歩いていると、ゼフィールを見知っている人々が笑顔で挨拶を交して行く。そんな彼らに軽く会釈を返し、さり気無く帰還者達の話を引き出した。
 それによると、彼らは一昨日帰ってきて、昨日王城へ向かったらしい。

「随分と馴染んでるわね~」
「大教会で顔を合わせてた者達が多いからな。もっとも、俺はほとんど覚えてないんだが」
「アナタって無駄に目立つものね。それにしても意外だわ。沢山の知り合いができるほど大教会に入り浸ってただなんて。信心深かったのね」
「成り行きだ。まぁ、《シレジア》では信仰は生活の一部だ。神を信じてようがなかろうが、切り離せないだろうな」

 喋っている間に城門が見える位置まで来た。門の前に立つ男達の姿も見える。それは向こうからしてみても同じだったようで、男の一人が城内へと駆け込んで行った。
 もう一人はゼフィールの前まで来ると膝をつき、頭を垂れる。

「王子! お戻りをお待ち申し上げておりました。ご無事で何よりです」
「ここでそういう事をすると目立つ。立ってくれ」

 ゼフィールは男の肩に軽く手をあてると、何事も無いかのように歩き続けた。男は慌てて立ち上がると、ゼフィールの横に並んで歩く。

「お前達は昨日城に向かったと聞いたが、今、城はどうなっている?」
「城内は制圧済みです。宰相始め、数人は牢に捕えてあります」
「そうか。手間を掛けたな。――よく、ネビスから生きて帰ってくれた。ありがとう」

 男に微笑むと、ゼフィールは再び前を向き城門をくぐる。立ち止まった男が感極まった顔で敬礼するのがチラリと見えた。



 城内では人々が慌ただしく走り回っていた。気にせず、ゼフィールが人ごみの中へ足を踏み入れると、彼に気付いた者から膝を折り、頭を垂れて行く。
 そんな者達の間を縫いゼフィールの前まで来た大臣も、杖を置き平伏した。

「人質をとられていたとはいえ、我々は貴方様を見捨てました。一同、いかなる罰も受ける所存です」
「お前達も俺がゼフィールだと分かっていたのか?」
「はい」

 大臣から短い答えが返ってくる。
 ゼフィールが他の者達にも視線を向けてみると、何人かは目を合わすのを避けるように下を向いた。肯定、と、とっていいのだろう。
 こうしてみると、ゼフィールが産まれる以前から城に仕えていた古参の者達には、ほぼ正体がバレていた事が分かる。
 そんな事すら気付かなかったとは、なんとも間抜けだ。

 ゼフィールは国を出てから、自らのイメージを変える為に髪を伸ばし、喋り方も変えた。しかし、上辺だけ取り繕っても、彼らの目は誤魔化せなかったということだ。
 有能な者達であってくれて喜ばしいが、こういう時には性質が悪い。

 ただ、とっくに正体がバレていたのだとするなら、気になる事があった。

「大臣。礼拝堂で会った時、お前は俺を逃がそうとしてくれていたのか?」
「どうでございましょう。年寄りは物忘れが激しいもので」

 頭は下げたまま大臣が言う。
 とぼけてはいるが、きっと、そうだったのだろう。彼らは彼らの出来る範囲で、ゼフィールを助けようとしてくれていたのだ。
 ならば、その手を掴まなかったのはゼフィールの責任だ。

「俺はお前達のとった行動が背信だとは思わない。罰を受けるのは諦めろ」
「ですが、それでは示しが」
「お前達は積極的に民に悪政を敷いたのか? むしろ、ここに残っているのは、母も俺もいない中、なんとか国を支えてくれていた忠臣達だと思っている」

 大臣が顔を上げた。信じられないものを見るかのように、ゼフィールをマジマジと見つめてくる。
 そんな彼を真っ直ぐ見返しながら、ゼフィールは言葉を続けた。

「今回の件で《シレジア》は多くの臣民を失った。だというのに、そんな些事で人手を更に減らす愚行はできんな。罰して欲しいというのなら、今まで以上に民の為に尽くせ。それが何よりの罪滅ぼしとなるだろう」

 顔の皺を更に深くした大臣が、額を床に押し付けながら頭を下げた。周囲の者達もそれに倣う。

「王子のご厚情に感謝いたします! 我ら一同、今まで以上の忠誠を持って貴方様にお仕えしましょう」
「その気持ちはありがたく受け取ろう。これからも国の為尽力して欲しい。さぁ、立ちなさい。やるべき仕事は山ほどあるだろう? 俺には政治はよく分からない。だから、頼む」

 ゼフィールは大臣の前でしゃがむと、老人の手をとり立たせた。周囲の者達にも立つように手で合図する。そして、それぞれの仕事に戻らせた。
 人々が散って行くのを見ながら、近くにいた侍女に声を掛ける。

「彼は《ドレスデン》の王子だ。失礼の無いよう面倒を見てやって欲しい。後ほど《ライプツィヒ》の王女達も合流するだろうから、彼女達も頼む」
「は、はい。かしこまりました!」
「マルク、ゾフィ達を呼んでのんびりしておいてくれ」
「リョーカイ。アタシってば出番無かったわね。で、アナタはどうするの?」
「俺は少しヤボ用を済ませてくる。誰か、アイヴァンのもとへ案内してくれ」

 声を掛けると、すぐに一人の騎士がやって来た。マルクと別れ、彼の後に続き地下牢への道を辿る。

(終わりにしようか、アイヴァン)
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