被害妄想プリンス

オトバタケ

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 あれから金髪頭が目に入ったら、気付かれないようにこっそり隠れたり、逃げたりしている。ちょっとしたスパイ気取りだ。泣きそうになりながらスパイやってる奴なんているかっつーの、ハハハ。
 もちろん社会科資料室には行っていない。もう二度と行くまいと思っていたのに。そう誓ってたった四日しか経っていないのに。俺の足は、その部屋に向かっている。担任に頼まれて、社会科の参考書を返しに行く為に。
 なんか担任、俺にばっかり用事を頼んでねーか? 俺がセクシー女優みたいな名前だからか? セクシー女優になんか恨みでもあるんか?

「……」

 担任への愚痴をブツブツ呟きながら歩いているうちに、社会科資料室の前に着いてしまった。
 別に先輩に会いに来たわけじゃないんだ。仕事で来たんだから、胸を張って入ればいい。
 自分を納得させるように、うんうんと頷く。

 もし、万が一、先輩がいたらどうしよう……。この前のことはなかったような素振りで、さっさと参考書を仕舞って帰ろう。よし、先輩に会ってしまっても平静を保てるように、頭の中でシミュレーションしてみよう。
 で、出来てねぇ……。頭の中には、先輩と目があって動けずにいる俺がいる。
 扉に耳をあてて、中に人がいるのかどうか確認する。物音ひとつしない。よし、誰もいないぞ。さっさと片付けて帰ろう。

「やっと来てくれた」

 ガラガラと扉を開けると、窓際で外を眺めていた金髪頭が振り返り、俺の姿を確認して安心したようにやんわりと笑った。
 嘘……さっき確認したら、人がいる気配はなかったのに。ま、まさか、幻? ごしごし目を擦ってみるけれど、目の前の笑顔は消えることはない。

「君に会って、ちゃんと伝えたいことがあった」

 すがるような、でも真剣で熱い視線に見つめられ、鼓動が一気に早くなる。同じように、恐怖心も大きくなっていく。
 伝えるって、何を? 俺の気持ちに気付いちゃったけど、その気持ちには応えられないってことをか?

「俺、急いでるんで、これ仕舞ったらすぐに帰りたいんで……」

 先輩から目を逸らし、本棚の前に移動する。
 あーもー、どこに仕舞うのか分かんねぇじゃん。どこでもいいから適当に仕舞って、早く逃げなきゃ。

「そこじゃないよ」

 ぎっちり並んだ本の僅かに開いた隙間に参考書をぶち込もうとすると、いつの間にか俺の後ろに立っていた先輩の細い指が参考書を掴み、収まるべき場所に収めていく。

「あ、ありがとうございました。じゃあ……」

 出口に体を向けて一歩を踏み出そうとする俺の腕を、先輩が掴んだ。

「逃げないでくれよ……」

 今にも泣きそうな掠れた声で言う先輩。弱々しい声とは逆に、腕を掴む力は痛みを覚えるくらいに強まっていく。

「蒼井くん……」

 ぐいっと腕を引かれて体勢を崩した俺は、先輩の胸に受け止められる。背中が、熱い。

「逃げないで」

 腰に腕が巻かれ、ぎゅうっと抱き締められる。体が煮えたぎるほどに熱いのに、内臓を全て握り潰されているみたいに痛いのに、幸せで泣きそうになる。

「好きだよ」

 俺の肩に顔を埋めた先輩が、耳元で囁いた。
 胸の奥から、ピンク色の波が押し寄せてくる。それは、一生、心の奥底に仕舞っておこうと決めた感情だ。大好きで、大切だから、表には出してはいけないと隠した感情。その感情が胸を占拠する。

「俺も先輩が……好き、です」

 俺を抱き締めていた先輩の腕が、すとんと落ちる。
 振り返ると、満面の笑みを浮かべた先輩がポロポロと涙を流していた。キラキラ輝く美しい太陽みたいなその顔を見たら、俺の瞳からも想いがどーっと溢れだした。

 ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻した互いの顔を見つめ合う。
 泣いてもイケメンはイケメンなんだな、とたぶん汚ねぇ顔をしてるんだろう自分を想像しながら先輩の濡れた顔を眺めていたら、段々と赤みを増していった顔が背けられた。

「どうしたんですか?」
「いや……そんな顔で見つめないでくれ」
「そ、そんな顔を背けたくなるくらい汚かったっすか?」

 想いが通じて合っていると分かった後なだけに、好きだと言ってくれる人でさえも目を逸らす泣き顔をしていたなんて、軽く死ねるくらいにショックだ。

「そんなに色っぽい顔をされたら、理性が持たない……」

 え……今、なんとおっしゃいました? 俺は、先輩への気持ちに気付いて、すぐに気持ちを押し殺そうとしたから、先輩相手に桃色な妄想はしたことなかった。だけど、好きなら色々妄想するのが正常な青年男子だ。
 つーか、男同士って、どうやんの? 穴はあるけど出す専門だから、簡単には入れれないよな? まさか、先輩も俺のこと想っててくれてるなんて思わなかったから、心も体も知識も全部準備不足だよ。

「蒼井くんは、俺とはしたくないかな?」
「何を?」
「セ……」
「ちょっと待ったぁー!」

 先輩は色気はあるけど、思春期の野郎のガツガツした感じは全然なかったのに、いきなり飛ばしすぎじゃないっすか!

「好きだから、体も繋がりたいなって思うのは自然なことですけど、俺、まだ心も体も準備不足と言うか……」
「蒼井くんが、して、と言うまで待つからいいよ」

 優しい笑顔と口調の先輩にひと安心。
 あれ、でも今、蒼井くんが、して、と言うまでって……。それって……

「お、俺が抱かれるんっすか?」
「俺は、君を抱きたいと思っているが?」

 漫画みたいに大袈裟な驚き方をする俺に、なに当然のことを聞いてくるんだよって口調で答える先輩。
 まぁ、先輩の方が背が高いが、身長が高い方が抱くなんて決まりはないはずだ。先輩のが綺麗で、肌も女の子みたいに白くてスベスベで。脳内でシミュレーションしてみたって……。
 なんで、俺が抱かれてんだよ……。先輩が、抱きたい抱きたいって言うから? まぁ、いいや。先輩となら、どっちでもいいや。俺、投げ槍になりすぎ?
 もう筆はおろしちゃってるから、後ろのバージンを先輩に捧げられるならいいか。って、なに恋する乙女みたいなこと考えてんの? 初恋が実っちゃうと、変な花が頭に咲くのか? 幸せならどーでもいーじゃんって、脳みそ達がイケイケなんっすけど……。浮かれすぎるなって、俺の脳みそよ。

「先輩、怖くないっすか?」
「セ……」
「ちがーうっ! 男同士だと、その……変な目で見られちゃったりするし……」

 子孫を残すのが人の生きる正しい道だとするならば、何も残すことが出来ない関係は、淘汰されるべき存在だ。

「構わないよ。蒼井くんは怖いかい?」
「どんな目で見られても、笑い飛ばせるように強くなります」

 脳裏に浮かんだ佐伯さんの冷酷な顔を、振り払うように言う。

「無理しなくてもいいよ。別に公にしなくても、二人が愛し合っている事実は変わらないんだから」

 あ、愛し合っているって……。は、恥ずかしすぎるけど、嬉しすぎる響きだ。

「言わなきゃ、先輩に告白してくる娘がいるけど……」
「今まで通り断るだけ。いや、付き合っている大切な人がいると断わらなきゃな」
「先輩……」

 なんだろう、この満たされていく感覚は……。体中にピンクの可愛らしい花が咲いていくような感じだ。

「それなら安心できるかな? その心配は、やきもちだと考えていいのかな?」
「やき……もち?」

 顔に熱が集まってくる。今までも、俺以外に目を向ける先輩に嫉妬してたけど、それを改めて『やきもち』とか言われると……。なんか、俺、本当にピンクの溜め息をついている恋する乙女みたいじゃん。

「可愛いな、君は」

 そう言って、柔らかに笑う先輩。

「蒼井くん、キスしてもいいかい?」
「え……」

 柔和な表情から一転、恐ろしいくらい艶やかな表情に変わった顔が目の前に迫ってくる。
 熱っぽい視線に、濡れた唇。凄い色気を放っているんだけど、女性的なものじゃなくて、獣の匂いがする色気だ。
 心の準備が出来てないとか言ってた癖に、体は疼いて欲しくて堪らなくなっている。いや、キスが欲しいだけだよ? 挿れて欲しいわけじゃないからな!
 それにさ、甘い雰囲気が漂っちゃってるし、こんな状況で拒否したら、また先輩が被害妄想しちゃうじゃん? だーもー、自分に言い訳なんてしてんなよ、俺。したいんだから、さっさと目を閉じちゃえよ。
 ゆっくり目を閉じると、それを合図に唇が重ねられた。好きな人とのキスって、こんな蕩けるように甘いんだ……。
 って、え……ちょっ……なに? 触れるだけで終わると思っていた先輩とのファーストキスは、先輩の舌が俺の口内に入ってきて掻き回されるという、予想外の展開をみせる。息苦しさと、ねっとりとした艶かしいキス……というより接吻って言った方がピッタリの口付けに、頭がクラクラする。

 どのくらい繋がっていたのか分かんねぇが、お互い酸欠寸前みたいだったみたいで、あんな色っぽいキスをしたのに、短距離走をした後みたいにゼェゼェ息を整える色気もひったくれもない姿を見合って笑い合う。こういうのも、なんかいいな。

「先輩は、その……経験あるの?」
「セ……」
「ちがーうっ! って、まぁ、それもだけど、今はキスの話してんの!」

 あれだけ翻弄するキスをするってことは、それなりに場数を踏んでそうじゃん? 先輩はモテるし、経験があっても仕方ないかなとは思うけど。

「添い遂げようと思う人が現れるまで、契りは交わさないものだろ?」
「それ、初めてってこと?」
「そうだが?」
「なんでそんなに上手いんっすか?」
「予習をしてきたのでね」

 フフッと授業の予習をしてきたみたいに爽やかに言うけど、一体どんなのを見て予習してきたのぉー?

「この先の予習もしてきたんだが……」

 俺の首に両腕を絡め、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた先輩を見て、心臓が壊れるんじゃないかってほどに騒ぎだす。
 先輩の唇が、再び俺の唇を塞ぐ。無意識に、先輩が入ってこられるように唇に隙間を作ってしまう。だけど、先輩の舌はそこには入らず、俺の首筋に行ってしまった。

「んっ……」

 ぞぞぞっと伝わってくる、少し擽ったくて体の芯が震える感覚に腰が砕けそうだ。

「気持ちいいんだろ? 素直に啼けよ」

 せ、先輩!? 何ですか、その口調は? マジで、どんなのを見て予習したの?

「すまない、こういう言い方は嫌だったかな?」

 俺が何の反応もしなかった……というか、吃驚しすぎて反応出来なかったのに不安になったのか、いつもの先輩が聞いてくる。

「いや、先輩がエロ格好いいんで吃驚してた……って……あっ……」

 俺が嫌がっているわけじゃないと分かると、予習してきたクールで格好よくて強引で、もぉーとにかくエロい先輩が俺の体が熱くなることをしてくる。
 先輩が性の対象として俺を見ていてくれて、先輩が俺に触れたいって思っていてくれて。あーもー、気分が昂ってきて、なんも考えられなくなってきた。
 って、ここ学校だったよね?

「せん、ぱぁい……これ以上は……だぁめぇ……」
「駄目? こんな張り裂けそうになってんのに止められるのか? 俺が飲んでやるから、さっさと出しちまえよ」

 弄んでいた俺自身を咥え、俺の理性をぶっ飛ばしていく先輩。
 禁欲的な外見からは想像もできない、獰猛で艶かしい舌の動きで、感じる場所を的確に刺激してきて、ダラダラと先走りが漏れてしまう。わざとなのか、派手な音を立てて啜られ、聴覚も犯されていく。
 一度だけ彼女にやられたフェラは、歯がガチガチ当たって痛くて気持ちよくはなかった。言うほど気持ちよくない、と認識されていたフェラが、腰が抜けそうなほど気持ちいいもの、に上塗りされる。

「あっ……やっ……」

 顔をあげた先輩の、嫌じゃねぇんだろ? と言いたげなエロい眼差しを見て、我慢は限界に達した。
 先輩の口内に、熱い迸りをぶちまけてしまう。
 全て出しつくしたら体中の力が抜け、スルスルと床に崩れ落ちていってしまった。
 本当に飲んじゃったみたいで、ジュルっと舌舐めずりをしたエロい先輩が、俺の姿を見ていつもの先輩に戻っていく。

「すまない、調子に乗りすぎた」

 本当に申し訳なさそうな顔をして、俺の頬に触れてくる。

「先輩は、出さなくていいの?」

 嫌でも目に入る、そこ。そうなっちまったら、どうしないと熱が収まんねぇかは、同じ男だから分かる。

「俺を満足させられられるのか?」

 先輩のエロスイッチが入ったみたいで、挑発的な目で俺を誘ってくる。
 さっき想いが通じあったばかりなのに、こんなに淫らでいいの? やりたい盛りの野郎同士だもん仕方ないよな、ハハハ。それに、エロい先輩に応えてやんねぇと、また被害妄想しちゃうじゃん?
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