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愛故に
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「いい匂い……」
教職員研修のために訪れた中等部の駐車場の脇で、サラサラと揺れる金木犀。小さな橙の花が、ポロポロと落ちて地面を染めていく。
色っぽいな、って事ある度に龍馬先生が撫でてくれる黒髪を揺らす風は、いつの間にかベタッと絡みつくものから、サラッと優しく通り過ぎるものに変わった。
もう秋だもんな。あっ、もうすぐ龍馬先生の誕生日だ。
先月の俺の誕生日には、近場で悪いけど、と謝ってきた龍馬先生に、近くの温泉に連れていってもらった。
温泉街の中でも一番の老舗旅館をとってくれて、学園から一時間もかからないところだけど、別世界のようだった……。
は、恥ずかしい事を思い出してしまった……。
熱が一気に集まってきた顔をブンブン横に振り、獣のようだった龍馬先生(と俺)を振り払う。
うーん、龍馬先生の誕生日には、何をプレゼントしようかな?
「悠人!」
あっ、龍馬先生だ。
やっぱり直接本人に聞いて、一番喜んでくれるものあげよう。
「りょ……」
「何ですか?」
生徒達からホストのような見た目だと言われているので夜の繁華街で映えるのはもちろん、真っ青に澄んだ高い空も凄く似合う龍馬先生が、俺の名を呼びながら向かってくるのに、何故か斜め前を歩いていた田中先生が返事をした。
「なんでお前が返事するんだよ」
表情を曇らせた龍馬先生が、嫌そうに眉を顰めて田中先生を見下ろす。
「だって、俺のこと呼んだじゃないですか」
「は? お前は田中だろ。俺は悠人を呼んだの」
なぁ、って俺に視線を移す龍馬先生が、優しく微笑みかけてくれる。
「俺もユウトですよ」
「お前は、苗字も名前も田中で十分だよ」
「えっ!?」
目を見開いて、ぽかーんと口を半開きにしたアホ面で、龍馬先生を見上げる田中先生。
「田中田中、いい名前じゃん。いくぞ、悠人」
「あぁ……はい」
四つん這いになり、ガクっと頭を垂れた田中先生の横を通り過ぎ、定位置の俺の右側にやってきた龍馬先生。
うちの学園出身の田中先生は、龍馬先生の担任するクラスの生徒だったそうだ。新任で周りに気を遣って小さくなっている田中先生をからかうことで、田中先生の緊張をといてあげている龍馬先生の優しい行為なのだ。
「さっき、ぼーっと突っ立ってたけど、何考えてたんだ?」
「え、んー……」
どうしよう、やっぱり秘密にしておいて驚かせた方がいいかな?
そうだ、遠回しに何が欲しいか聞いてみよう。
「ほら、またぼーっとしてる。あの、なかなかクリア出来ないって言ってたゲームのこと考えてるのか? ほら、コーヒー」
「ありがとうございます。あれは、もうクリアしましたから」
ふーん、と缶コーヒーを飲む龍馬先生のゴクンゴクンと上下に動く喉仏が、なんだかいやらしい。
はっ、何を考えているんだ……。
「悠人、顔赤いぞ? もしかして熱があるとか?」
「だっ、大丈夫ですから……」
額に手を当ててこようとする龍馬先生を避けて反転して、車の方へと歩き出す。
やばい、怒らせちゃったかな?
怖くて振り返れないけれど、後ろからは俺を追う龍馬先生の足音が聞こえてくる。
「……」
勢い任せで歩いてきたはいいが、今から俺は、龍馬先生の車に乗って学園に帰るのだった。
街の中にある中等部から、山中にある高等部まで戻るのには、車しか手段がない。
車の前でぼーっと突っ立ってると、ピカッとライトが光り、ガチャッと鍵の開く音がした。
「どうした? 乗れよ」
「はい……」
龍馬先生が何も気にしてないような、いつも通りの優しい笑顔と声を向けてくれる。
「本当に大丈夫か? 俺の前では、何も我慢しなくていいんだからな」
車が発進するとすぐ、柔らかな、それでいて少し寂しげな声で話しかけてくれた龍馬先生。
やっぱり、ちゃんと考え事の原因を話して安心させてあげるべきだよな。
「あ、あの、実は……」
「ん?」
車は、学園へと続く大きな交差点で止まる。
眩しい西日に目を細めながら、意を決して口を開く。
「もうすぐ龍馬先生の誕生日じゃないですか。何をプレゼントしようかなって悩んでて……」
うんうんって軽く頷いていた龍馬先生の動きが止まる。
やっぱり、直球でぶつけちゃまずかったかな?
「ピンクのリボン買ってきて……」
信号が青に変わる。
動き出した車のエンジン音に重なり聞こえた呟き。
「で、悠人に巻いて頂戴。あっ、勿論全裸で」
「え?」
エロおやじ発言に、ピキッて筋が鳴る位の勢いで運転席の方を向くと、とても明るく健全な事を言っているんじゃないかって程の爽やかな笑顔があった。
「あっ、裸にエプロンで飯作ってくれるのもいいかなー」
「……」
「わりぃ、怒った?」
何の反応も示さなかった俺に、焦りでなのか少しうわずった声で謝ってくる龍馬先生。
別に怒ってないよ。ちょっとその姿を想像しちゃって……。
まぁ、龍馬先生が喜んでくれるならそれも悪くないか。って、やばい。すっかり龍馬先生ワールドに染まっちゃってるよ。
愛故に、だよっ!
「何が食べたいんですか? 誕生日までに練習しときますんで」
「え、やってくれるのか? そうだな、一番食べたいのは悠人だけどメインディッシュにとっといて、その前に腹ごしらえしとかなきゃいけないから……焼き肉で!」
計画と言うのか、ピンク色の脳内で繰り広げられている妄想をポロポロ喋っちゃっている龍馬先生だけど、それを聞いた俺が嫌だって言ったらどうするつもりなんだろうか。
まぁ、嫌がんないんだけどさ。
愛故に、だからね。
「焼き肉って、焼くだけだから料理って言わないんじゃないですか?」
「まぁそーだけど、悠人もその方が楽だろ? 無駄な体力使ったら、メインディッシュを思う存分食べられないしさ」
ハハハって楽しそうに笑いながらハンドルを切る龍馬先生。車は、学園の駐車場へと入っていく。
「悠人……」
ハンドブレーキを引いた龍馬先生の掌が、俺の掌に重なる。
まぁこれは、そーゆー事しようねって合図。
何回やっても照れてしまう俺は、まっすぐ前を向いたまま龍馬先生の顔を見ずにコクンと小さく頷く。
今日も、陸上部のコーチをしている俺でも敵わない、底無しのスタミナを見せつけられるんだろうな。
最後まで応えられるように、日々の筋トレを欠かさない俺。
愛故に、だからさ!
教職員研修のために訪れた中等部の駐車場の脇で、サラサラと揺れる金木犀。小さな橙の花が、ポロポロと落ちて地面を染めていく。
色っぽいな、って事ある度に龍馬先生が撫でてくれる黒髪を揺らす風は、いつの間にかベタッと絡みつくものから、サラッと優しく通り過ぎるものに変わった。
もう秋だもんな。あっ、もうすぐ龍馬先生の誕生日だ。
先月の俺の誕生日には、近場で悪いけど、と謝ってきた龍馬先生に、近くの温泉に連れていってもらった。
温泉街の中でも一番の老舗旅館をとってくれて、学園から一時間もかからないところだけど、別世界のようだった……。
は、恥ずかしい事を思い出してしまった……。
熱が一気に集まってきた顔をブンブン横に振り、獣のようだった龍馬先生(と俺)を振り払う。
うーん、龍馬先生の誕生日には、何をプレゼントしようかな?
「悠人!」
あっ、龍馬先生だ。
やっぱり直接本人に聞いて、一番喜んでくれるものあげよう。
「りょ……」
「何ですか?」
生徒達からホストのような見た目だと言われているので夜の繁華街で映えるのはもちろん、真っ青に澄んだ高い空も凄く似合う龍馬先生が、俺の名を呼びながら向かってくるのに、何故か斜め前を歩いていた田中先生が返事をした。
「なんでお前が返事するんだよ」
表情を曇らせた龍馬先生が、嫌そうに眉を顰めて田中先生を見下ろす。
「だって、俺のこと呼んだじゃないですか」
「は? お前は田中だろ。俺は悠人を呼んだの」
なぁ、って俺に視線を移す龍馬先生が、優しく微笑みかけてくれる。
「俺もユウトですよ」
「お前は、苗字も名前も田中で十分だよ」
「えっ!?」
目を見開いて、ぽかーんと口を半開きにしたアホ面で、龍馬先生を見上げる田中先生。
「田中田中、いい名前じゃん。いくぞ、悠人」
「あぁ……はい」
四つん這いになり、ガクっと頭を垂れた田中先生の横を通り過ぎ、定位置の俺の右側にやってきた龍馬先生。
うちの学園出身の田中先生は、龍馬先生の担任するクラスの生徒だったそうだ。新任で周りに気を遣って小さくなっている田中先生をからかうことで、田中先生の緊張をといてあげている龍馬先生の優しい行為なのだ。
「さっき、ぼーっと突っ立ってたけど、何考えてたんだ?」
「え、んー……」
どうしよう、やっぱり秘密にしておいて驚かせた方がいいかな?
そうだ、遠回しに何が欲しいか聞いてみよう。
「ほら、またぼーっとしてる。あの、なかなかクリア出来ないって言ってたゲームのこと考えてるのか? ほら、コーヒー」
「ありがとうございます。あれは、もうクリアしましたから」
ふーん、と缶コーヒーを飲む龍馬先生のゴクンゴクンと上下に動く喉仏が、なんだかいやらしい。
はっ、何を考えているんだ……。
「悠人、顔赤いぞ? もしかして熱があるとか?」
「だっ、大丈夫ですから……」
額に手を当ててこようとする龍馬先生を避けて反転して、車の方へと歩き出す。
やばい、怒らせちゃったかな?
怖くて振り返れないけれど、後ろからは俺を追う龍馬先生の足音が聞こえてくる。
「……」
勢い任せで歩いてきたはいいが、今から俺は、龍馬先生の車に乗って学園に帰るのだった。
街の中にある中等部から、山中にある高等部まで戻るのには、車しか手段がない。
車の前でぼーっと突っ立ってると、ピカッとライトが光り、ガチャッと鍵の開く音がした。
「どうした? 乗れよ」
「はい……」
龍馬先生が何も気にしてないような、いつも通りの優しい笑顔と声を向けてくれる。
「本当に大丈夫か? 俺の前では、何も我慢しなくていいんだからな」
車が発進するとすぐ、柔らかな、それでいて少し寂しげな声で話しかけてくれた龍馬先生。
やっぱり、ちゃんと考え事の原因を話して安心させてあげるべきだよな。
「あ、あの、実は……」
「ん?」
車は、学園へと続く大きな交差点で止まる。
眩しい西日に目を細めながら、意を決して口を開く。
「もうすぐ龍馬先生の誕生日じゃないですか。何をプレゼントしようかなって悩んでて……」
うんうんって軽く頷いていた龍馬先生の動きが止まる。
やっぱり、直球でぶつけちゃまずかったかな?
「ピンクのリボン買ってきて……」
信号が青に変わる。
動き出した車のエンジン音に重なり聞こえた呟き。
「で、悠人に巻いて頂戴。あっ、勿論全裸で」
「え?」
エロおやじ発言に、ピキッて筋が鳴る位の勢いで運転席の方を向くと、とても明るく健全な事を言っているんじゃないかって程の爽やかな笑顔があった。
「あっ、裸にエプロンで飯作ってくれるのもいいかなー」
「……」
「わりぃ、怒った?」
何の反応も示さなかった俺に、焦りでなのか少しうわずった声で謝ってくる龍馬先生。
別に怒ってないよ。ちょっとその姿を想像しちゃって……。
まぁ、龍馬先生が喜んでくれるならそれも悪くないか。って、やばい。すっかり龍馬先生ワールドに染まっちゃってるよ。
愛故に、だよっ!
「何が食べたいんですか? 誕生日までに練習しときますんで」
「え、やってくれるのか? そうだな、一番食べたいのは悠人だけどメインディッシュにとっといて、その前に腹ごしらえしとかなきゃいけないから……焼き肉で!」
計画と言うのか、ピンク色の脳内で繰り広げられている妄想をポロポロ喋っちゃっている龍馬先生だけど、それを聞いた俺が嫌だって言ったらどうするつもりなんだろうか。
まぁ、嫌がんないんだけどさ。
愛故に、だからね。
「焼き肉って、焼くだけだから料理って言わないんじゃないですか?」
「まぁそーだけど、悠人もその方が楽だろ? 無駄な体力使ったら、メインディッシュを思う存分食べられないしさ」
ハハハって楽しそうに笑いながらハンドルを切る龍馬先生。車は、学園の駐車場へと入っていく。
「悠人……」
ハンドブレーキを引いた龍馬先生の掌が、俺の掌に重なる。
まぁこれは、そーゆー事しようねって合図。
何回やっても照れてしまう俺は、まっすぐ前を向いたまま龍馬先生の顔を見ずにコクンと小さく頷く。
今日も、陸上部のコーチをしている俺でも敵わない、底無しのスタミナを見せつけられるんだろうな。
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