神鳴りの審判

オトバタケ

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 俺は、この時代の千年後の世界から来た。俗にいうタイムトリップというやつだ。
 偶然、時空の狭間に迷い込んだわけではない。意図して時空を越えた。
 政府に無断で時空を越え、時の流れを変えようと企む者――無法トリッパーを始末するのが俺の仕事なのだ。
 この仕事を生業とする者は、審判者と呼ばれている。審判者なんて仰々しい名称だが、やっていることは人殺しだ。
 捨て子だった俺は、生まれた時から専用の機関で育てられ、暗殺のノウハウを教え込まれた。
 審判者の大半は、俺と同じ捨て子だ。社会から選ばれなかった者が審判者になるのだ。

 今回でタイムトリップは三十回目だったが、新開発された腕時計式トリップ装置の不具合か、指定地点から一キロほど離れた場所に落とされた。
 そこは湖だった。事態を把握する前に大量の水を飲み、溺れかけながらもなんとか岸に這い上がった。
 だが、トリップの疲労もあり、上半身を上げたところで意識を失ってしまった。

「ん……」

 軽く頬を叩かれて、沈んでいた意識が浮上してきた。
 ぼんやり瞼を開いた先にいたのは、生気を感じさせない真っ白な肌。色素のない透明な髪。血が固まったような紅い瞳をした、少年期を脱したばかりだと思われる青年だった。

「天使? ここは天国か?」

 初夏の日差しを浴びてキラキラと輝いている青年は、神など信じていない俺でも神々しさを覚え、思わず祈りたくなるほど美しかった。
 救いを求めるように、そっと手を伸ばす。
 だが、その手は見事に払われた。お前は天国に来る資格などない、と突き放すように。

(好きで人殺しになったわけではないのにな)

 一抹の寂しさを覚えながらも、当然の仕打ちに自嘲する。
 地獄の門番に叩き起こされるまで一眠りしよう。そう思って瞼を閉じると、一時の安眠も許さないとばかりにパチパチと頬を連打された。

「分かった、起きるからやめろ」

 渋々目を開けると、感情の読めない紅い瞳と目があった。
 白昼夢のようだった先程の光景は、現実だったというのか?
 青年のシャツが所々濡れているのが目に入り、思い出したように自分の体を確認する。湖に浸かったままだった下半身は陸に上げられ、びしょ濡れだったサバイバルスーツも半分ほど乾いている。
 この青年が、引き上げてくれたのだろうか?

「お前、この近くに住んでるのか?」

 俺の問い掛けに、青年の瞳が僅かに見開かれた。
 感情が伝わってくる動きに、なぜだか胸が弾んだ。

「道に迷っちまったんだ。暫く泊めてくれないか?」

 いきなりプライベート空間に入れてくれと頼まれて困惑したのか、唖然とした様子で俺を見ていた青年だが、不意に立ち上がって歩き出した。
 無言は了承だと捉え、その後をついていく。

 ソレとの出会いは偶然だったが、いずれは出会う運命だった。
 なぜなら、今回のターゲットはソレだったからだ。
 真っ白な肌。透明な髪。紅い瞳――。《穢れ》の特徴だと聞いていた通りの容姿。
 《穢れ》とは、俺の生きる時代の者と、トリップした先の時代の者の間に生まれた子供のことをいう。仕事前に長々と説明された内容は殆ど覚えていないが、長い時を経て変化した遺伝子の影響で、《穢れ》は《穢れ》と分かる容姿で生まれるらしい。

 ターゲットを見つけたら、すぐに始末してきた俺だ。
 前の時代の歯車が少しでも狂えば、後の――俺達の時代に影響が出る。始末が遅れて、ついさっきまでいた者が唐突に跡形もなく消えることは、ままある。
 突然消滅を防ぐ使命に燃えてなんて、ヒーロー気取りでやっているわけではない。さっさと仕事を終えて、報酬で酒を呑みたいからだ。
 だが、ソレはすぐに始末しなかった。
 利き手である右手首を痛めたのが理由だ。湖に落ちた時に、岩か何かに強打したのだろう。
 仕事に与えられた期間は一ヶ月。それだけあれば、怪我も治る。
 わざわざ怪我が治るのを待たなくても、銃を向けて引き金を引くだけなので、左手一本でも仕事はできる。
 それをしなかったのは、出発前に馴染みの飲み屋が、改装で一ヶ月ほど休むと言っていたのを思い出したからだ。
 楽しみがないのに、急いで帰る必要はないからな。

 ソレの住居は、人里離れた山中にひっそりと建っていた。
 丸太を組んで作られた小屋は、この時代の資料として渡された画像の家と比べて質素なものだった。
 周辺にはソレ以外の匂いが全くなく、ソレからも他人の匂いがしない。
 小屋の前には畑があるし、山には自然が溢れている。完全自給自足の生活で、他人とは一切接触していないのだろうか?
 そんな予想は、小屋に入って確信に変わった。

「座らせてもらうぞ」

 ソレは何も言わないので、勝手にダイニングテーブルの椅子に座り、室内を眺める。
 すると、ギチギチに本が詰め込まれた棚の上に置いてある写真たてに目が留まった。中には、黒髪の男と金髪の女が、親しげに肩を寄せあっている写真が収まっていた。
 金髪の女には見覚えがある。渡された資料に載っていたのと同じ女だ。
 女は、政府の仕事で正式にトリップした正規トリッパーだった。だが、トリップ先の時代の者と接触してはならないという掟を破り、写真の男と関係を持って《穢れ》を生んだ。

 ソレの両親である彼らは、八年前に始末されている。何故だかソレの存在は知られずに、始末を免れたようだ。
 ソレの存在に気付けなかった無能な審判者に感謝したい気分だ。《穢れ》を始末するチャンスは、なかなか巡ってこないからだ。
 《穢れ》は、手応えが違うという話だ。仕事後の高揚感が格別らしい。

(こんな下劣な野郎、地獄でさえも受け入れを拒まれるかもな)

 乾いた笑いが漏れそうになる唇を噛み締めていると、コトンとテーブルに皿が置かれた。
 俺の前と正面の椅子に座ったソレの前に置かれた皿に盛られているのは、野菜がたっぷり入ったトマトベースのスープで、もくもくと湯気が上がっている。
 ソレは俺には目もくれず、スープを口に運び始めた。
 頑なに目を合わせないのは、意識している証拠だろうか。そんなことを考えながら、負傷していない左手でスプーンを握ってスープを啜る。

「お前が作ったのか?」

 シンプルだが、深い旨みがあるスープに目を瞠る。
 俺の生きる時代でも、食事はこの時代のものと大差はない。だが、野菜は全て工場での水耕栽培だ。
 一つ一つの野菜の味が濃くて深みを感じるのは、太陽光を浴びて土の中で育ったからなのだろうか。小屋の前にあった畑を思い浮かべて、そう考える。
 皿を掴み、中身を飲み干していく俺をチラリとだけ見て、黙々と食事を続けるソレ。

「旨かった。ごちそうさん」

 食には拘りのない俺だが、ソレの作る料理をもっと食べてみたいと思った。期限のギリギリに始末すれば、一ヶ月はこの料理を堪能できる。
 仕事後は即座に戻るというのが審判者のきまりだが、その時代の者と深く関わらなければ、多少の観光は許される。そんなものには全く興味がなく、トリップ先の時代に半日も滞在したことのなかった俺だが、たまにはバカンスを楽しんだってバチは当たらないだろう。

 空になった皿を持ち、シンクに向かうソレ。ささっと皿を洗い終えると、両親の写真が置いてある棚の脇にある扉の先、恐らく寝室なんだろう部屋に入っていった。
 俺も眠ろうと、灯りを消して部屋の隅の床に横になる。すると寝室の扉が開き、漏れてきた光が顔を照らした。

「ここで寝ては迷惑だったか?」

 寝室の入口に立ち、俺を見つめているソレに問い掛ける。何か言いたげに口許をもごもご動かしているも口は開かないソレは、背中を向けて寝室に戻っていった。
 扉は開けられたままで、俺に向かって真っ直ぐ伸びる光は、手招きをしているようだ。導かれるように立ち上がり寝室に入ると、ダブルベッドがあった。
 ソレは、壁際に寄って横になっている。背後には、どうぞといわんばかりに一人分が空いている。

「ここで寝てもいいのか?」

 返事はない。まぁ期待はしていなかったがな、と苦笑しながらベッドに入り、遠慮なく瞼を閉じる。
 床の何倍も心地いいそこに、すぐに眠りに落ちた。

 翌朝目覚めると、ベッドにソレの姿はなかった。だが、三分の一ほど開いた扉の向こうから、食欲をそそる匂いが漂ってきて、ソレの居場所を教えてくれた。
 起き出そうと身を持ち上げて、あることに気付く。何かに強打して腫れ上がっていた右手首に、布が巻かれているのだ。鼻を近づけると、ハッカのような匂いがした。

「これ、お前が巻いてくれたのか?」

 寝室を飛び出して、ダイニングテーブルに完成した朝食を並べていたソレに訊ねる。ソレは患部をチラリと見遣るも、何も言わずに椅子に座り、ふかしたジャガイモを食べ始めた。

「旨そうな朝飯だな」

 ソレの向かいには、俺の分の朝食も用意してある。
 昨日のスープとジャガイモとブルーベリー。どの食材も存分に浴びた太陽光を身に宿しているのか、キラキラしていているように見える。

「野菜もお前が作ってるんだろ? こんな旨い野菜は初めて食べた」

 ふかしただけのジャガイモの旨さに感動して、興奮気味に告げる。だが、ソレは眉を寄せ、食べかけの皿を持ってガタンと席を立った。おべんちゃらだと思い、気分を悪くしたのだろうか。
 審判者はその仕事の内容から、一般人とは親密にならない。場合によっては互いを始末しあうため、審判者同士でさえ深い付き合いはしない。
 そのため、人付き合いに不馴れだ。特に俺は建て前というものを使わないので、冷酷非道と言われることが多い。本音を隠して、心にもないお世辞を言う方が、俺には汚い人間だと思うのだが。
 ソレの口に出さない言葉は、ベラベラと喋る偽物の言葉よりも理解できた。だが、人の心を読めない俺には、全てを理解するのは無理なようだ。
 シンクで残りの料理を掻き込み、仏頂面で皿を洗っているソレを盗み見て、小さく溜め息をつく。

「ごちそうさん」

 旨かった、と続けたかった言葉は飲み込み、食事が済んだことだけを告げる。不機嫌なソレには本音の言葉も、気に障るお世辞にしか聞こえないだろうと考えたからだ。
 俺の言葉など聞きとる耳はないとでもいうように、キッチンスペースで何やら作業をしているソレ。
 これだから人付き合いは面倒臭い。漏れそうになる吐息を飲み込み、立ち上がって食器を片付けようと掴む。

「っ……」

 苛々していたせいか、負傷していることを忘れて利き手で皿を持ってしまった。グワンと脳髄まで痺れるような痛みが走り、持ち上げた皿を落としてしまう。
 カランカランと派手な音が鳴ったが、幸いテーブルの上に落としたので、割れることは免れた。皿の形を保っているそれを確認して、ほっと息をついていると、キッチンスペースにいたソレが駆け寄ってきた。
 皿は割れていない、と口を開こうとする俺の右腕を掴んだソレは、苦痛に耐えるように眉を寄せ、布の巻かれた患部を睨み付けている。

「皿は割れていないが、すまなかった」

 壊しはしなかったが、皿をぞんざいに扱ったのが気に入らないのだろう。無理矢理家に上がり込んだ奴に好意で飯を食わせてやったのに、恩を仇で返すようなことをされたら頭にきて当然だ。
 ソレの怒りを甘んじて受けようと、それ以上は口を開かずにソレからの罵倒を待つ。

「怪我……」

 グッと一文字に結んでいた唇を僅かに開いたソレが、蚊の鳴くような声を漏らした。少し掠れているが、低くも高くもなく耳障りのいい声だ。

「治るまで、何もするな」

 初めてソレの声が聞けて、一仕事終えて血液がアルコールになるまで飲んだくれたあとの充実感に似た感覚を覚えていると、ソレは早口でそう告げて、奪うように皿を掴んでシンクに戻っていった。
 何もしなければ居てもいいということか?
 邪魔ならば追い出せばいいのに。つくづく人の心は読めない。
 だが、追い出されては仕事がやり難くなるし、食事の楽しみもなくなる。素直にソレの言い付けに従うことにしよう。

 右手の痛みが引くまで、本当に何もせずに過ごした。
 日がな一日、木陰で雲が流れゆく様を眺めていたり、昼寝をしている振りをして畑仕事をするソレを観察していたり、自然の中にただ存在していた。
 あれ以降、喋る機能など存在していないかのように、ソレは口を開かない。何がソレの気に触れるか分からないので、俺の口数も減った。
 俺と頑なに目を合わせようとしないソレだが、食事は三食用意されるし、ベッドには俺の眠るスペースが空けてある。
 どうやら、俺の存在を認めてくれてはいるようだ。
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