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この時代に来て二週間が経った。
明け方近くまで酒を飲み、昼頃に渋々起き出して活動を始めるような暮らしを長年続けていた俺が、暗くなれば寝て明るくなれば起きるという、至極健康的な生活をしている。
「ん……」
窓から差し込む朝日に頬を擽られて瞼を開く。
三分の一ほど開いた扉の隙間から漂ってくる、食欲をそそる匂いに誘われて体を起こすと、右手首の違和感に気付いた。
毎朝目覚めると、新しい布に巻かれ直されていたそこ。だが、今朝は何も巻かれていない。
右手首を目の高さまで持ち上げて、患部を確認してみる。腫れは完全に引いている。
軽く左右に捻ってみるが、痛みは感じない。グッと拳を握っても、微塵も痛みは走らない。そのまま調子に乗ってシャドウボクシングをしてみるが、なんら問題はない。
「怪我、治ったようだ」
寝室を飛び出し、ダイニングテーブルで朝食を食べようとしているところだったソレに右手首を見せる。一瞬だけ視線を向けたソレだが、昨日収穫していたキュウリを口に入れ、シャリシャリと音を鳴らして食べ始めた。
「いい音だな」
俺も席につき、完治した利き手でキュウリを掴んで齧りつく。瑞々しさと小気味いい歯応えに、ぺろっと食べきってしまう。
「ごちそうさん」
そのあとに続く旨かった、の感想は今日も飲み込んで手を合わせる。いつも通りに俺の言葉は無視し、ソレは黙々と食事を続けている。
ソレが食べ終わったところで、空になった皿を手早く掴んでシンクまで運ぶ。
「怪我は治ったんだから、やれることは手伝わせてくれ。といっても、力仕事くらいしかできないがな」
俺のあとを追いかけてきて、不快そうに眉を寄せているソレに告げる。
皿を洗うくらいはできるが、大雑把な俺のやり方にソレの機嫌が更に急降下する恐れがあるので、用は済んだとばかりにキッチンスペースから退散する。
「手伝うことがあったら呼んでくれ」
ソレに一声掛けて外に出る。
午前中は、室内の掃除などをしている様子のソレ。何をしているのか詳しく知らないのは、ここに来た翌日、室内にいられては邪魔だとばかりにソレに睨まれ、昼食までは畑の脇に立っている古木の根本で寛いでいたからだ。
声を掛けたはいいが、ソレから手伝いを頼まれることなどないだろう。
ぼんやりと小屋を眺め、外敵から身を守るように棘だらけの空気を纏い、黙々と働くソレの姿を思い浮かべる。
ふと、いつものくせで地面にしゃがみ込もうとしていたことに気付き、慌てて腰を上げる。何もするな、と言ったソレに見せつけるようにダラダラと過ごしてきたが、そろそろ動かないと仕事に支障をきたしそうだ。
ジリジリと肌を焦がす真夏の太陽光を遮ってくれる木陰で、鈍った体を鍛え直すトレーニングを始める。
昼食を終えると、夕食の時間までソレは外で過ごす。
畑仕事をしたり、森の中に入って食材を確保してきたりしている。森の中での行動は、例の如く詳しくは分からない。
今日も昼食の片付けを終えると、外に出ていくソレ。
因みに皿の片付けは、昼も俺がやった。ソレの皿が空になった途端に素早く掴み取るのは、ゲームのようで楽しい。
黙々と畑仕事を始めたソレが、徐に空を仰いだ。雲ひとつない抜けるような青空を、一心に見つめている。
すると、小屋の裏に向かって歩き出した。何をするのだろうと、畑の脇の古木の根本に座ったままソレの動きを目で追う。
裏から戻ってきたソレは、ソレの身長の倍近くある梯子を手にしていた。
小屋の壁に梯子を立て掛けて、曲芸師のように一気に上り詰めたソレは、屋根に向かって手を伸ばしている。何かを懸命に取ろうとしているようだ。
目的のものが取れたのか、腕を戻したソレが梯子を下り始めた。
四段ほど下りたところで、ソレの手元から何かが飛び立った。若葉のような淡い緑色のものが、空の彼方に消えていく。
あれは鳥だろうか? ぼんやりと緑の何かが消えた先を眺めていると、視界の隅に不自然に揺れるものを捉えた。
「危ない!」
状況を理解する前に体が動き、咄嗟に腕を伸ばした。梯子ごと俺の腕の中に落ちてきたソレを受け止め、何かの芽が出始めたばかりの畑に倒れ込む。
「大丈夫か?」
胸に埋まっているソレの顔を覗き込もうとすると、猫のように素早く飛び退き、梯子を掴んで小屋の裏に駆けていってしまった。
情けない場面を見られて、羞恥に耐えきれなくなったのだろうか? いたたまれなくなる気持ちは俺にも分かるので、追い掛けはしないでおこう。
そのあとは森に出掛けたのか、ソレは夕飯の時間まで小屋には戻って来なかった。
俺には一切視線を向けないが、夕飯はちゃんと用意されている。畑にはない果物があるので、森で取ってきたのだろうか?
「ごちそうさん」
旨かった、と心の中で続きを呟き、ソレの食事の進み具合など気にしていない振りをして、ソレが食べ終わるのを待つ。
ソレの皿が空になった瞬間、ソレが手を伸ばす前に掴んでシンクに運ぶ。
今日は三連勝だ。密やかな勝負に口許が弛む。
「来い」
皿を洗い終えたソレが俺の脇を通る際、小さく口を開けて呟き、小屋の外に出ていった。
俺がここに来てから、夕食後に外に出たことなどなかったのに突然どうしたのだろう。首を傾げながら、そのあとを追う。
今夜は新月なのか、やけに闇が深い。雲が出ているのか、星の輝きも疎らだ。
闇には慣れているのか、すたすたと森の中を進むソレを見失わないように、足を早める。
昼間の熱気が残り、もわっと纏わりついてきていた空気に冷たさが混ざってきたなと思っていると、森を抜けた。
僅かな星明かりで浮かび上がる風景には見覚えがある。あの湖だ。
「あの光はなんだ?」
湖畔で点滅している小さな明かりを指差して聞く。はじめは星の瞬きが湖面に写り込んでいるのかと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
「蛍だ」
ぼそりと答えるソレ。
そういえば、ソレの声を聞くのは二週間振りだったな。そんなことを考えていると、湖畔で瞬く光の数が一気に増えた。
ホタルというものは俺の時代にはいない。いや、いるのかもしれないが俺は見たことがない。
どんなものなのか分からないが、そんなことはどうでもいい。ただただ、美しいんだ。
星々が地上に落ちたことにも気付かず、瞬いているようだ。いや、慎ましやかなこの光は、天に旅立つ前の魂なのかもしれない。
「綺麗だ……」
語彙の乏しい俺には、この美しさを表現する言葉は持ち合わせていない。直球の感想を漏らし、その瞬きに魅せられていた。
「あんたは、どこから来た?」
呼吸すらしていないのではないかというほど静かだったソレが、ポツリと呟いた。
初めてソレから会話を振られたことに驚いて振り向くと、思いを馳せるように光を見つめていた。
「遠い、遠い世界だ」
「湖の向こうか?」
「へ?」
「この湖の底は、遠い遠い国と繋がっていると聞いたことがある。母さんもそこから来たそうだ」
「母さん、か」
棚の上に置かれていた写真たての中の、金髪の女の姿を脳裏に浮かべる。
女は先の時代から来たトリッパーだとは告げずに、そんなお伽噺をソレに語っていたのか。
「あんた、家族はいるのか?」
「いや。俺は捨て子だ」
俺の返事に、ソレが息を呑んだのが分かった。
「憐れんでいるのか?」
「いや、オレもあんたと同じだ」
「同じ?」
ソレには、ちゃんと家族がいたはずだ。何故、捨て子の俺と同じだなんて言うのだろう?
「八年前、父さんと母さんに捨てられたんだ」
そう辛そうに呟いたソレが、両親が始末された直後のことを、途切れ途切れに語り始めた。
人里離れたあの小屋で、家族三人で暮らしていたソレ。
両親は数年に一度、山では手に入らない品を買いに町に行っていたようだ。
八年前も町に行った両親だが、帰ると言っていた日時を過ぎても戻ってこなかった。
何かあったのだろうかと心配になったソレは、両親を探しに初めて町に向かった。
三日三晩歩き続け、ソレはやっと町に辿り着いた。
両親の行方を聞こうと通行人に声を掛けたソレだが、ソレの容姿を見た者達は怯えた顔をし、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
人っ子一人いなくなった繁華街で、ソレは茫然と立ち尽くしていた。
すると、揃いの制服を着た屈強な男達が現れて、ソレの身を拘束した。
牢獄に投げ込まれたソレは、男達に容赦のない暴行を受けた。
『白髪に赤目、死体のように白い肌は、町に災いをもたらすと言い伝えられている悪魔の姿と瓜二つ。なんとおぞましく醜い姿なんだ! 化け物め!』
男達が口走る罵りで、ソレは自分の容姿が見るに耐えないほど醜いのだと知った。
両親も、醜い自分に嫌気がさして、遠い世界に逃げてしまったのではないだろうか、とソレは考えるようになった。
肉体的にも精神的にもボロボロになってしまったソレだが、なんとか警備の目を盗んで逃げ出し、小屋に戻ったのだという。
「そんなに酷い仕打ちを受けたのに、なぜ俺を助けたんだ?」
人間不信に陥っても仕方がない、いや、実際に他人との接触を避けているソレが、見ず知らずの俺を助けたのを疑問に思って訊いてみる。
「……金髪、だから……」
ソレは暫く口を開かなかったので、答えたくないのだろうと理解してホタルの光に見入っていると、殆ど吐息の掠れた声が返ってきた。
母親が来たという、遠い遠い国と繋がっているという湖で倒れていた、母親と同じ金髪の男。
ソレにとっては、助けるには充分な理由だったのだろう。
もしかしたらソレは、同じ髪色の俺に母親を重ねているのかもしれない。
まだ親の愛を求める少年期に、なんの前触れもなく捨てられた(と思っている)ソレは、未だに両親が帰ってくるのを待っているのかもしれない。
切れ味もよく頑丈だが、一定の方向からの攻撃で簡単に折れてしまう剣のようなソレに目を遣る。
淡く光る湖畔を見つめるソレは、人々を凶行に走らせるような醜さはどこにもない。
醜いどころか、神聖さすら覚える、人間離れした美しさを持っている。
脅威を感じる美しさに、人々は狂ってしまったのだろうか?
「綺麗だ……」
目の前のホタルの瞬きも、隣でそれを見つめるソレも。
まるで異世界に迷い込んだような幻想的な光景を、夜が更けるまで堪能した。
明け方近くまで酒を飲み、昼頃に渋々起き出して活動を始めるような暮らしを長年続けていた俺が、暗くなれば寝て明るくなれば起きるという、至極健康的な生活をしている。
「ん……」
窓から差し込む朝日に頬を擽られて瞼を開く。
三分の一ほど開いた扉の隙間から漂ってくる、食欲をそそる匂いに誘われて体を起こすと、右手首の違和感に気付いた。
毎朝目覚めると、新しい布に巻かれ直されていたそこ。だが、今朝は何も巻かれていない。
右手首を目の高さまで持ち上げて、患部を確認してみる。腫れは完全に引いている。
軽く左右に捻ってみるが、痛みは感じない。グッと拳を握っても、微塵も痛みは走らない。そのまま調子に乗ってシャドウボクシングをしてみるが、なんら問題はない。
「怪我、治ったようだ」
寝室を飛び出し、ダイニングテーブルで朝食を食べようとしているところだったソレに右手首を見せる。一瞬だけ視線を向けたソレだが、昨日収穫していたキュウリを口に入れ、シャリシャリと音を鳴らして食べ始めた。
「いい音だな」
俺も席につき、完治した利き手でキュウリを掴んで齧りつく。瑞々しさと小気味いい歯応えに、ぺろっと食べきってしまう。
「ごちそうさん」
そのあとに続く旨かった、の感想は今日も飲み込んで手を合わせる。いつも通りに俺の言葉は無視し、ソレは黙々と食事を続けている。
ソレが食べ終わったところで、空になった皿を手早く掴んでシンクまで運ぶ。
「怪我は治ったんだから、やれることは手伝わせてくれ。といっても、力仕事くらいしかできないがな」
俺のあとを追いかけてきて、不快そうに眉を寄せているソレに告げる。
皿を洗うくらいはできるが、大雑把な俺のやり方にソレの機嫌が更に急降下する恐れがあるので、用は済んだとばかりにキッチンスペースから退散する。
「手伝うことがあったら呼んでくれ」
ソレに一声掛けて外に出る。
午前中は、室内の掃除などをしている様子のソレ。何をしているのか詳しく知らないのは、ここに来た翌日、室内にいられては邪魔だとばかりにソレに睨まれ、昼食までは畑の脇に立っている古木の根本で寛いでいたからだ。
声を掛けたはいいが、ソレから手伝いを頼まれることなどないだろう。
ぼんやりと小屋を眺め、外敵から身を守るように棘だらけの空気を纏い、黙々と働くソレの姿を思い浮かべる。
ふと、いつものくせで地面にしゃがみ込もうとしていたことに気付き、慌てて腰を上げる。何もするな、と言ったソレに見せつけるようにダラダラと過ごしてきたが、そろそろ動かないと仕事に支障をきたしそうだ。
ジリジリと肌を焦がす真夏の太陽光を遮ってくれる木陰で、鈍った体を鍛え直すトレーニングを始める。
昼食を終えると、夕食の時間までソレは外で過ごす。
畑仕事をしたり、森の中に入って食材を確保してきたりしている。森の中での行動は、例の如く詳しくは分からない。
今日も昼食の片付けを終えると、外に出ていくソレ。
因みに皿の片付けは、昼も俺がやった。ソレの皿が空になった途端に素早く掴み取るのは、ゲームのようで楽しい。
黙々と畑仕事を始めたソレが、徐に空を仰いだ。雲ひとつない抜けるような青空を、一心に見つめている。
すると、小屋の裏に向かって歩き出した。何をするのだろうと、畑の脇の古木の根本に座ったままソレの動きを目で追う。
裏から戻ってきたソレは、ソレの身長の倍近くある梯子を手にしていた。
小屋の壁に梯子を立て掛けて、曲芸師のように一気に上り詰めたソレは、屋根に向かって手を伸ばしている。何かを懸命に取ろうとしているようだ。
目的のものが取れたのか、腕を戻したソレが梯子を下り始めた。
四段ほど下りたところで、ソレの手元から何かが飛び立った。若葉のような淡い緑色のものが、空の彼方に消えていく。
あれは鳥だろうか? ぼんやりと緑の何かが消えた先を眺めていると、視界の隅に不自然に揺れるものを捉えた。
「危ない!」
状況を理解する前に体が動き、咄嗟に腕を伸ばした。梯子ごと俺の腕の中に落ちてきたソレを受け止め、何かの芽が出始めたばかりの畑に倒れ込む。
「大丈夫か?」
胸に埋まっているソレの顔を覗き込もうとすると、猫のように素早く飛び退き、梯子を掴んで小屋の裏に駆けていってしまった。
情けない場面を見られて、羞恥に耐えきれなくなったのだろうか? いたたまれなくなる気持ちは俺にも分かるので、追い掛けはしないでおこう。
そのあとは森に出掛けたのか、ソレは夕飯の時間まで小屋には戻って来なかった。
俺には一切視線を向けないが、夕飯はちゃんと用意されている。畑にはない果物があるので、森で取ってきたのだろうか?
「ごちそうさん」
旨かった、と心の中で続きを呟き、ソレの食事の進み具合など気にしていない振りをして、ソレが食べ終わるのを待つ。
ソレの皿が空になった瞬間、ソレが手を伸ばす前に掴んでシンクに運ぶ。
今日は三連勝だ。密やかな勝負に口許が弛む。
「来い」
皿を洗い終えたソレが俺の脇を通る際、小さく口を開けて呟き、小屋の外に出ていった。
俺がここに来てから、夕食後に外に出たことなどなかったのに突然どうしたのだろう。首を傾げながら、そのあとを追う。
今夜は新月なのか、やけに闇が深い。雲が出ているのか、星の輝きも疎らだ。
闇には慣れているのか、すたすたと森の中を進むソレを見失わないように、足を早める。
昼間の熱気が残り、もわっと纏わりついてきていた空気に冷たさが混ざってきたなと思っていると、森を抜けた。
僅かな星明かりで浮かび上がる風景には見覚えがある。あの湖だ。
「あの光はなんだ?」
湖畔で点滅している小さな明かりを指差して聞く。はじめは星の瞬きが湖面に写り込んでいるのかと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
「蛍だ」
ぼそりと答えるソレ。
そういえば、ソレの声を聞くのは二週間振りだったな。そんなことを考えていると、湖畔で瞬く光の数が一気に増えた。
ホタルというものは俺の時代にはいない。いや、いるのかもしれないが俺は見たことがない。
どんなものなのか分からないが、そんなことはどうでもいい。ただただ、美しいんだ。
星々が地上に落ちたことにも気付かず、瞬いているようだ。いや、慎ましやかなこの光は、天に旅立つ前の魂なのかもしれない。
「綺麗だ……」
語彙の乏しい俺には、この美しさを表現する言葉は持ち合わせていない。直球の感想を漏らし、その瞬きに魅せられていた。
「あんたは、どこから来た?」
呼吸すらしていないのではないかというほど静かだったソレが、ポツリと呟いた。
初めてソレから会話を振られたことに驚いて振り向くと、思いを馳せるように光を見つめていた。
「遠い、遠い世界だ」
「湖の向こうか?」
「へ?」
「この湖の底は、遠い遠い国と繋がっていると聞いたことがある。母さんもそこから来たそうだ」
「母さん、か」
棚の上に置かれていた写真たての中の、金髪の女の姿を脳裏に浮かべる。
女は先の時代から来たトリッパーだとは告げずに、そんなお伽噺をソレに語っていたのか。
「あんた、家族はいるのか?」
「いや。俺は捨て子だ」
俺の返事に、ソレが息を呑んだのが分かった。
「憐れんでいるのか?」
「いや、オレもあんたと同じだ」
「同じ?」
ソレには、ちゃんと家族がいたはずだ。何故、捨て子の俺と同じだなんて言うのだろう?
「八年前、父さんと母さんに捨てられたんだ」
そう辛そうに呟いたソレが、両親が始末された直後のことを、途切れ途切れに語り始めた。
人里離れたあの小屋で、家族三人で暮らしていたソレ。
両親は数年に一度、山では手に入らない品を買いに町に行っていたようだ。
八年前も町に行った両親だが、帰ると言っていた日時を過ぎても戻ってこなかった。
何かあったのだろうかと心配になったソレは、両親を探しに初めて町に向かった。
三日三晩歩き続け、ソレはやっと町に辿り着いた。
両親の行方を聞こうと通行人に声を掛けたソレだが、ソレの容姿を見た者達は怯えた顔をし、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
人っ子一人いなくなった繁華街で、ソレは茫然と立ち尽くしていた。
すると、揃いの制服を着た屈強な男達が現れて、ソレの身を拘束した。
牢獄に投げ込まれたソレは、男達に容赦のない暴行を受けた。
『白髪に赤目、死体のように白い肌は、町に災いをもたらすと言い伝えられている悪魔の姿と瓜二つ。なんとおぞましく醜い姿なんだ! 化け物め!』
男達が口走る罵りで、ソレは自分の容姿が見るに耐えないほど醜いのだと知った。
両親も、醜い自分に嫌気がさして、遠い世界に逃げてしまったのではないだろうか、とソレは考えるようになった。
肉体的にも精神的にもボロボロになってしまったソレだが、なんとか警備の目を盗んで逃げ出し、小屋に戻ったのだという。
「そんなに酷い仕打ちを受けたのに、なぜ俺を助けたんだ?」
人間不信に陥っても仕方がない、いや、実際に他人との接触を避けているソレが、見ず知らずの俺を助けたのを疑問に思って訊いてみる。
「……金髪、だから……」
ソレは暫く口を開かなかったので、答えたくないのだろうと理解してホタルの光に見入っていると、殆ど吐息の掠れた声が返ってきた。
母親が来たという、遠い遠い国と繋がっているという湖で倒れていた、母親と同じ金髪の男。
ソレにとっては、助けるには充分な理由だったのだろう。
もしかしたらソレは、同じ髪色の俺に母親を重ねているのかもしれない。
まだ親の愛を求める少年期に、なんの前触れもなく捨てられた(と思っている)ソレは、未だに両親が帰ってくるのを待っているのかもしれない。
切れ味もよく頑丈だが、一定の方向からの攻撃で簡単に折れてしまう剣のようなソレに目を遣る。
淡く光る湖畔を見つめるソレは、人々を凶行に走らせるような醜さはどこにもない。
醜いどころか、神聖さすら覚える、人間離れした美しさを持っている。
脅威を感じる美しさに、人々は狂ってしまったのだろうか?
「綺麗だ……」
目の前のホタルの瞬きも、隣でそれを見つめるソレも。
まるで異世界に迷い込んだような幻想的な光景を、夜が更けるまで堪能した。
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