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消えた宝物4

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「こんな真夜中に何をしているの?」

 不意に、頭上から声が落ちてきた。
 困惑しているが、本心から心配してくれていると分かる優しい声。俺を心配してくれる母の声色と同じだ。

(母さんが、迎えに来てくれたのか?)

 そっと顔を上げる。だが、そこにいたのは、白と黒の二色ではなく、純白の耳の最上位種だった。

「ユーリ? どうしてここにいる?」

 いつの間にか雨は上がっていたようで、空には月が浮かんでいる。その柔らかな光を背負ったユーリは、まるで救世主のように神々しい。

「マンションに入ろうとしたら声が聞こえたんだ。助けを求めて、泣き叫ぶ声がね」
「そんな馬鹿な……」
「本当に聞こえたんだ。とても哀しい声が心に訴えかけてきたんだ」
「嘘だ。俺は誰にも助けを求めていないっ!」
「ほら、やっぱり困り事があるんでしょ? 何があったのか教えて。ダイくんの力になりたいんだ」

 そんな話、信じられるものか。だが、俺の悲痛な叫びに気づいてくれたユーリに縋りたくなってしまう。声なき声が聞こえたユーリならば、見えないものも見え、消えた宝物を見つけ出してくれるのかもしれない。しかし……

「ユーリには関係ないことだ。明日も早いんだろ? 早く帰って眠れ」
「ダイくんが心配で眠れないよ。ダイくんが気掛かりで仕事にも影響が出かねないから、何があったのか教えて」

 体が資本のユーリを思って拒絶したのに、気遣った当人は諦めようとしない。
 ユーリならば、本当に救世主になってくれるかもしれない。縋ってもいいのだろうか、と問うように仰いだ月が、僅かに輝いた気がした。

「探し物をしているんだ。ロケットペンダントだ。色は銀色で、楕円のロケットの中には母と六歳の俺の写真が入っている」
「大切なものなの?」
「あぁ、母の形見なんだ。母の写真はこれしか残っていないんだ」
「そうなんだ。絶対見つけようね」

 ふわりと笑ったユーリが、所々に水溜まりがある地面に顔を近づけて捜索を開始する。落ちている可能性がある場所をユーリに教えて、俺も捜索を再開する。
 雨で汚れが流されてようで、さっきよりも視界が鮮明になったような気がする。これなら、消えた宝物が見つかりそうだ。

「ダイくん、これかな?」

 這いつくばってベンチの下を探していたら、駆け寄ってきたユーリが弾んだ声で聞いてきた。
 ふたりで捜索を開始して、それほど時間は経っていないはずだ。あんなに探しても見つからなかったものを、そんなに短時間で見つけられるのだろうか?
 最上位種で、抱かれたい男一位の人気モデルという、神に選ばれたような存在のユーリならば、それも可能かもしれない。だが、過度な期待はしてはいけないと、浮かれそうになる心に釘を刺しながら起き上がる。
 ユーリの掌にある何かが、外灯の光を受けてキラリと光っている。どうか母のロケットペンダントであってくれ、と願いながら確認する。

「これは……」
「違ったかな?」

 不安そうに訊ねてくるユーリに、首を左右に振る。ユーリの掌にのっていたのは、探し求めていたロケットペンダントだった。
 ユーリの掌から、ロケットペンダントを受け取る。触り心地も、重さも、何度も手にしてきた感触と同じだ。
 ロケットの中も確認してみる。母と俺の姿が、変わらずにそこにある。
 戻ってきた宝物を、胸に抱く。安堵と歓喜、郷愁など、様々な感情が渦巻いて声が詰まり、ユーリにお礼も言えない。そんな無礼な俺を、ユーリは静かに見守ってくれていた。

「ありがとう、ユーリ。本当に、本当にありがとう」

 やっと声が出せる程度まで落ち着き、感謝の言葉を告げる。

「ダイくんには助けられているから、役に立てられてよかったよ」
「俺は何も……」

 家政夫として、雇い主のユーリが快適に暮らせるように仕事をしているだけだ。
 はっと、雇い主の睡眠時間を削ってしまったことに気づき、罪悪感に苛まれる。

「明日も早いのに、手伝わせてしまって悪かった。詫びをさせてくれ」

 空は白々と明け始め、朝の訪れが近いことを知らせてくる。明日、いや、今日もユーリは六時前には家を出なくてはならなかったはずだ。

「問題ないよ。でも、そうだな……。今夜はいつも通りに帰ってこられるはずだから、ダイくんの好物を食べさせてよ」
「そんなことでいいのか?」

 深々と頭を下げる俺に対し、ユーリが要求したのはそんなことだった。穏やかに微笑んで、こくんと頷くユーリに、俺の好物――母がよく作ってくれたパンケーキを作ってお礼をしよう。
 新しく始まる一日の準備をするため、ユーリと共にマンションに戻った。
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