君の深い森を映したような美しい瞳に映るのが僕だけだったらいいのに

オトバタケ

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 あっという間に月日は経ち、太郎は竜宮城で三年の時を過ごしていました。
 翡翠は相変わらず太郎に素っ気なかったのですが、肌を合わせ続けていました。愛している、と囁く太郎に顔を赤く染めた翡翠は、アンタなんて好きじゃないけど気持ちいいのは嫌いじゃない、と太郎を受け入れていたのです。
 ですが、遂に太郎が毎夜の誘いを断る理由が翡翠だと、乙姫が気付いてしまったのです。

(どうして美しい自分ではなく、あんな亀に太郎は惹かれたのか。どうして女の自分ではなく、自然の摂理に逆らってまで男の亀を抱くのか)

 乙姫の中から、どす黒い感情が溢れ出してきました。

「太郎様、お母様がお病気になられたと連絡が入りました」

 乙姫は、嘘の情報を太郎に教えます。

「母が?」

 太郎の顔から血の気が一気に引いていきます。

「お母様を竜宮城に連れてきて下されば、私の力で病を治すことが出来ます」
「本当ですか?」

 縋るような眼差しで見つめてくる太郎に心の中でほくそ笑みながら、乙姫は黒い箱を手渡します。

「これは玉手箱です。これを持っていれば再び竜宮城を訪れることができます。でも、決して開けてはなりませんよ」

 玉手箱を受け取った太郎は乙姫に礼を言い、亀に姿を変えた翡翠に乗って地上を目指します。

「苦しむがいいわ」

 クツクツ笑う乙姫の憎しみが籠った呟きが泡となり、太郎達を追いかけるように地上に上がっていきました。

 地上に戻った太郎ですが、浜辺の様子がどうもおかしいことに気付きました。
 感じる違和感に、得も言われぬ不安が沸いてきます。

「翡翠、少し待っていておくれ」

 浜に翡翠を残し、太郎は家へと向かいます。
 道中、擦れ違うのは知らない人ばかりで、いくら探しても自分の家が見つかりません。

「おかしいな。三年しか経っていないはずなのに」

 太郎は近くにいた人に訊ねてみました。

「すいません、浦島太郎の家を知りませんか?」
「浦島太郎? 確か、三百年ほど前にそういう人がいたと聞いたことがあるが」

 太郎は驚きました。竜宮城での三年は、人間の世界では三百年だったのです。
 太郎の母親も、知っている人達も、とっくに亡くなっていたのです。

(知らない間に大切なものを失っていたんだな)

 ははは、と力ない声で笑う太郎ですが、何故かすっきりとした気持ちでした。

(そうだ、竜宮城に向かう時に、母ではなく翡翠を選んだのではないか。地上での生活を捨て、自分が存在していたという事実が消えても、翡翠といたかったのだ)

(竜宮城にいる間も、時折母のことや村の人達のことを思い出していたが、これで胸の突っかかりがなくなり、心置きなく竜宮城での生活を楽しめる)

 太郎は、大切な人の待つ浜辺に急いで戻ります。

 浜辺に辿り着いた太郎は、目の前に広がる光景に固まってしまいます。
 そして、その光景を理解した途端、狂ったように泣き叫びました。

「翡翠! 翡翠! どうして……」

 浜辺には、本来の姿に戻った翡翠が大量の血を吐いて倒れていたのです。
 自尊心を傷つけられて怒り狂った乙姫に、毒を盛られたのでした。

「俺もアンタの……太郎のこと……愛し、てた……」

 太郎に抱き抱えられた翡翠は、最後の力を振り絞ってそう告げると、息を引き取りました。

「翡翠、やっと僕の名を呼んでくれたね。やっと気持ちを言ってくれたね。もう一度呼んでおくれよ。もう一度言っておくれよ。翡翠! 翡翠!」

 太郎の腕の中で幸せそうに眠る翡翠の体が淡い緑色の光に包まれると、すうっと消えてしまいました。

「どうして……」

 一番大切なものを失ってしまった太郎は、その場に突っ伏して辺りが闇に包まれるまで泣き続けました。
 涙が枯れ、ふと横を見ると、月明かりに照らされた玉手箱が目に入りました。

(決して開けてはいけないと言われた玉手箱には、どんな恐ろしいものが入っているのだろうか? 人肉を喰らう怪物でも入っていればいいのに。今すぐ、翡翠の元に連れていって欲しい)

 太郎は玉手箱の蓋を開けてみました。
 期待とは違い、中から出てきたのは白い煙だけでした。
 煙を浴びた太郎の髪はみるみる真っ白になり、皺だらけのお爺さんになりました。
 変わり果てた自分の姿を見た太郎の口許は、何故だか幸せそうに弛んでいました。

「翡翠、すぐに君の元に行けそうだよ」

 そのあと、太郎を見たものは誰もいません。
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