BLUE DREAMS

オトバタケ

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アキとハル

初恋 sideA

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「おはよう」
「……おはよ」

 勇気を出して交わしたその挨拶から、二人の距離は少しずつ近づいていった。


「ルルル~」

 コンビニの袋を揺らし、少し音程の外れた鼻唄をうたいながら夜道を歩く。
 見上げた空には、まんまるな月。優しいその光の中に、あいつの顔が浮かぶ。

 俺を見つめる瞳、俺の名を象る唇、俺だけに向けられる照れ臭そうな微笑み。
 一日にほんの数分だけど、あいつを独占出来るようになった。
 その短い時間に、あいつの全てを感じ取ろうと全神経を集中させる。
 そして、あいつに俺を感じてもらえるように格好良く演じようとする心を抑え、飾らない裸のままの自分をぶつける。

 足音だけが響く静かな道。遠くから犬の遠吠えが聞こえる。
 軽快なリズムを刻んでいた足音が消える。何かに引き寄せられるように足を止めたのは、あの街灯の下だ。
 ゆっくりその上に、視線を上げていく。

「あっ」

 小さな声が漏れる。
 自分と重ね合わせ、何とも言えない愛着を持ったあの星が、この前よりも月に近付いている。
 気のせいじゃない、確実に二つの距離は短くなっている。

「お前も頑張ってるんだな」

 言葉を投げかけると、星が輝いたような気がした。


「なぁハル、今日飯食いに行かねぇ?」

 同士の頑張る姿に感化され、練習場以外の場所でもっと二人の距離を縮めたいと思い、顔の輪郭に沿って流れ落ちる汗を拭いながら、同じように顔を拭いているハルに声をかける。

「え……別にいいけど」

 驚いた表情を浮かべたハルは、数秒後にはにかみながらそう答えて、はっとしたように目を見開いて俯いてしまった。
 俺もなんか恥ずかしくなってきちゃって、一緒に俯く。
 でも、地面を見つめる顔は、にやけっぱなしだ。

 向かったのは、商店街を一本奥に入ったところにある、小さな飲食店の立ち並ぶ細い通りだ。
 チープな電飾看板が、灰色がかった夜空の下で、屋号を懸命に照らしている。
 四方を黄色の丸電球で囲まれ、白地に赤で『焼肉』とダイナミックに書かれた看板が誘う店に入る。
 年季の入った手動のドアを開けると、熱気を帯びた煙と食欲を誘う香りが鼻腔に広がってきた。
 既に七割がた席は埋まっており、入口近くの二人用の席に通される。
 向かいに腰を下ろしたハルは、物珍しそうに店内を眺めている。

「よく来るのか?」
「いや、この前キャプテンに連れてきてもらって、安くて旨いから、これから通おうかなって思ってたとこ」
「そうか……」

 俺の言葉を聞いてメニューを手に取ったハルは、「本当だな」って嬉しそうに文字を追っている。

「何食う?」
「何が旨いんだ?」
「んー、全部旨いんだけど、タン塩、カルビ、ロース……あと、豚トロも旨いかな」
「じゃあ、アキのお勧めのやつ食わせてくれよ」
「いいの? ビールも飲むよな?」
「あぁ」

 注文する俺を、頬杖をついて眺めているハル。
 真っ直ぐな光を放つその漆黒の瞳に、隠している恋慕を暴かれてしまいそうで直視出来ない俺は、メニューと注文を聞きにきたおばちゃんとを交互に見てばかり。
 すぐに運ばれてきた料理で、テーブルは一杯になる。

「凄い来たな」
「大丈夫。これ位なら軽く食えちゃうって」
「マジで?」
「秒殺だって」

 おかしそうに笑うハルに、笑い返す。

「カンパーイ」

 気持ちの良い高い音を響かせ、泡の揺れる琥珀色の液体を喉に通す。
 幸せそうに喉を鳴らすハルを見て、まだ半分も空けてないのに酔い始めた感覚だ。
 まぁ、酒を飲む前から、ずーっと酔っていたけどな。

 備長炭の煙が上がる網の上一杯に、肉を広げる。
 ジュージューと焼ける肉は、聴覚、視覚、嗅覚を刺激してきて、我慢出来ない味覚は唾液を出し続け、その時を待つ。
 ビールで焼けるまでの間を繋いでいると、箸を空中で構え、じーっと網の上を真剣な眼差しで見つめているハルが目に入った。
 その姿がおかしいのと、男以外の何者でもないハルの事を可愛いくて堪らないと思ってしまっている自分がおかしくて、笑い声が漏れてしまう。

「なに笑ってんだよ」
「いや、その格好おかしいなって思って」
「は? あのな、肉の食い時は一瞬だぞ。それを見極めて最高の状態で食わなきゃ肉に失礼だろ」
「肉に失礼って……」
「肉を侮辱する奴なんかに、この肉は食わせねぇぞ」

 くくく、と笑いを噛み締めている俺に眉を顰めたハルは、ハルの言うところの食い時になった肉をバクバクと胃に収めていく。

「食通のキャプテンが薦めるだけあって、スゲー旨いな」

 幸せそうに肉を頬張るハル。
 さっきから動悸が早いのは、酒のせいだけじゃないよな。
 確かに旨い肉なんだけど、これがそこそこの味だったとしても、ハルの幸せそうな笑顔を見ながら食ったら、めちゃくちゃ旨く感じるんだろうな。

「おい、何にやけてんだ?」
「ん? 楽しいなって思って」
「オレ……もだ……」

 酒のせいかほんのり頬を染めて微笑むその顔を見て、ここに連れてきて本当に良かったと思った。

「ふー、腹一杯」

 満足そうに、背伸びをするハル。
 テーブル一杯に並んでいた皿は全て空になり、隅に重ねて置いてある。

「デザートとか食べる?」
「食う!」
「え? 腹一杯じゃなかったの?」
「甘いものは別腹だろ」
「またまたー、女の子みたいなこと言って」
「そんな男女差別発言、いつの時代の発言だよ……」

 顰めっ面をして、メニューとにらめっこを始めるハル。
 バニラアイスにしようか、チョコアイスにしようか、どちらにしようか……と指を交互に文字の上で動かして迷っている。
 なんか今日は、今まで見た事がなかったハルの表情をたくさん見ている気がする。
 等身大のハルの姿。様々に変わるその表情に、愛しさは増していく。

「今日は、サンキュな」
「いいよ。また一緒に来てくれる?」
「……あぁ」

 散々迷った挙げ句に決めたバニラアイスを、幸せそうに口に運ぶハルが頷く。
 初めて練習場以外で二人で過ごすこの時間は非日常的な気がして、普段じゃ思っても飲み込んでしまう言葉を素直に口に出せて、思い返してみると結構大胆な事を言っちゃったかなって考えていると、

「なぁアキ、初めて会った時のことって覚えてるか?」
「あぁ、U―17の合宿ん時だろ?」

 ハルの動きが止まる。
 え、何? どうした?
 まだ半分アイスの残る器にスプーンを戻して、俯いてしまうハル。その肩が、少し震えているような。
 さっきまで流れていた楽しげな空気が、消える。

「わりぃ、用事を思い出したから帰るわ」

 固い声で早口で言いながら五千円をテーブルに置くと、顔を上げる事なく店を出ていってしまったハル。
 全く状況が理解出来ない俺は、溶けていくバニラアイスをただただ見つめていた。
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