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第二話 狸のイタズラ
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「ここが、例の“動く狸”のいる工房ですか?」
重たい木戸を押し開けた途端、神崎とアイリは、ひんやりとした空気に包まれた。
信楽の町はずれ――草むらに半ば埋もれるようにして建っている古びた窯元。
天井には煤がこびりつき、太い梁の間を、ひゅうと風が抜ける。
人気のない作業場には、どこか不気味なまでの静けさが支配していた。
にも、かかわらず――。
そこかしこに並べられた狸の焼き物たちは、皆、どこか愛嬌たっぷりな笑顔を浮かべている。
丸々としたお腹、つぶらな瞳、にこやかな口元。
不気味な沈黙の中、ひとつひとつの狸たちが、こちらを無邪気に見つめ返してくるのだった。
「最初は、ただの見間違いかと思ったんです」
奥から現れたのは、窯元の主人だった。
日焼けした顔に刻まれた皺は、長年の仕事の証だろう。
彼は乾いた手で頭をかきながら、困ったように笑った。
「でも……毎晩のように、狸たちの位置が変わるんですよ。誰も動かしていないはずなのに」
主人が指差す先では、棚の上にちょこんと座った狸が、にんまりと笑っていた。
まるで「知らないよ」とでも言っているように。
「最近は……ちょっと“悪戯”が過ぎてきましてね」
アイリが一歩前へ出る。
その表情は冷静だったが、瞳にはわずかな興味の光が宿っている。
「誰かが夜に忍び込んでいる可能性は?」
「戸締まりはしっかりしていますし、防犯カメラにも何も映っていません。
というか……起きていることが、あまりにも子どもじみていて……」
「子どもじみている?」
神崎が肩をすくめた。
「たとえば、道具の取っ手に粘土で“にこにこ顔”が貼りつけられていたり、絵付け用の筆がきれいに並べられて“花の形”になっていたり……。
作業台の下では、釉薬の瓶がまるで積み木のように重ねられていたこともあります」
神崎は思わず吹き出しそうになる。
「いや、それ……正直、ちょっと微笑ましいですね」
「笑い事じゃないですよ」
主人は呆れたように言いつつも、狸たちのほうにちらりと視線を送る。
そこでは、狸たちが相変わらず無垢な笑顔を湛えていた。
「うちの職人たちは、もう夜に一人で残ろうとはしません。
……あんな無邪気な顔をしていても、正体の見えないものはやっぱり、気味が悪いんです」
「でも、動かしている“誰か”を見た人はいないんですよね?」
アイリが静かに確認する。
「ええ。気配だけは感じる、でも姿は見えない。
狸たちが、まるで、自分で歩き回っているみたいだ……と、皆、口を揃えて言います」
「……なるほど」
神崎とアイリは、無言で目を見交わした。
彼らの間に、探偵としての緊張感が走る。
「では、今夜、私たちがここに残ります」
アイリは淡々と告げた。
「調べる価値はありそうですね」
神崎も頷く。
工房に広がる妙な静寂と、どこか無邪気すぎる狸たちの笑み――。
この不可解な違和感の中へ、二人は静かに足を踏み入れていった。
重たい木戸を押し開けた途端、神崎とアイリは、ひんやりとした空気に包まれた。
信楽の町はずれ――草むらに半ば埋もれるようにして建っている古びた窯元。
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人気のない作業場には、どこか不気味なまでの静けさが支配していた。
にも、かかわらず――。
そこかしこに並べられた狸の焼き物たちは、皆、どこか愛嬌たっぷりな笑顔を浮かべている。
丸々としたお腹、つぶらな瞳、にこやかな口元。
不気味な沈黙の中、ひとつひとつの狸たちが、こちらを無邪気に見つめ返してくるのだった。
「最初は、ただの見間違いかと思ったんです」
奥から現れたのは、窯元の主人だった。
日焼けした顔に刻まれた皺は、長年の仕事の証だろう。
彼は乾いた手で頭をかきながら、困ったように笑った。
「でも……毎晩のように、狸たちの位置が変わるんですよ。誰も動かしていないはずなのに」
主人が指差す先では、棚の上にちょこんと座った狸が、にんまりと笑っていた。
まるで「知らないよ」とでも言っているように。
「最近は……ちょっと“悪戯”が過ぎてきましてね」
アイリが一歩前へ出る。
その表情は冷静だったが、瞳にはわずかな興味の光が宿っている。
「誰かが夜に忍び込んでいる可能性は?」
「戸締まりはしっかりしていますし、防犯カメラにも何も映っていません。
というか……起きていることが、あまりにも子どもじみていて……」
「子どもじみている?」
神崎が肩をすくめた。
「たとえば、道具の取っ手に粘土で“にこにこ顔”が貼りつけられていたり、絵付け用の筆がきれいに並べられて“花の形”になっていたり……。
作業台の下では、釉薬の瓶がまるで積み木のように重ねられていたこともあります」
神崎は思わず吹き出しそうになる。
「いや、それ……正直、ちょっと微笑ましいですね」
「笑い事じゃないですよ」
主人は呆れたように言いつつも、狸たちのほうにちらりと視線を送る。
そこでは、狸たちが相変わらず無垢な笑顔を湛えていた。
「うちの職人たちは、もう夜に一人で残ろうとはしません。
……あんな無邪気な顔をしていても、正体の見えないものはやっぱり、気味が悪いんです」
「でも、動かしている“誰か”を見た人はいないんですよね?」
アイリが静かに確認する。
「ええ。気配だけは感じる、でも姿は見えない。
狸たちが、まるで、自分で歩き回っているみたいだ……と、皆、口を揃えて言います」
「……なるほど」
神崎とアイリは、無言で目を見交わした。
彼らの間に、探偵としての緊張感が走る。
「では、今夜、私たちがここに残ります」
アイリは淡々と告げた。
「調べる価値はありそうですね」
神崎も頷く。
工房に広がる妙な静寂と、どこか無邪気すぎる狸たちの笑み――。
この不可解な違和感の中へ、二人は静かに足を踏み入れていった。
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