The Japanese tradition color~ショートストーリー~

小西 輝

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第四話 麦藁~浅黄~

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その日は暖かかった。まだ夏には早いけれど、新緑が眩しく輝いていた。
「うわっぷ!」
突然目の前が真っ暗になった。何が起きたか分からず、俺は思いっきり慌てて、目の前を真っ暗にした物体に触れた。
「……麦わら帽子!?」
まだまだ活躍する時期じゃない。
突然の季節外れな帽子に、俺はしばしあっけに取られてしまった。
「ごめんなさい!!大丈夫でしたか!?」
気がつくと、目の前に小さな頭を何度も下げている女性がいた。年の頃は20前後か。
「すみません、ちょっと干しておこうと思ったら、風に飛ばされちゃって。」
俺は、帽子を返しながら、昔そういうフレーズの小説があったな、なんて思い出していた。
母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ……
「あの、ご迷惑ついでなんですが……」
「何?」
「ここ、どこでしょう?」
「はぁ!?」
少女は萌子と名乗った。一昨日この街へ引っ越してきたばかりだという。
俺たちは並んで歩きながら、そんな会話を交わした。
「じゃぁ、浅木さんはこの町を写真に?」
「あぁ、まだ趣味だけどね。この町の風景や色んなものが気に入ってさ。時々来るんだ。」
俺は手元のカメラを撫でながら言った。
「へぇ~いいなぁ!私、あまり外へ行ったことがなくて……。」
「どうして?」
俺は言いながら、彼女の全身にはじめて目を向けた。
……なんてことだ。あまりに自然であまりに普通だったから全く気がつかなかった。
彼女は義足だった。
「……やっと、普通に歩けるようになったんです。前は家から出ることさえ嫌で……。」
詩人でも作家でもない俺に、良い言葉が浮かぶわけも無く、俺はなんて声をかけてよいのかわからなかった。
「あ、気にしないでください!私、この町で変わろうと思ってるんですから!」
彼女の屈託のない無邪気な笑顔に、俺は何も言う必要がないことを悟った。
「ねぇ、あの花、なんですか?」
彼女がふいに指差した。
そこは綺麗に整えられた花々が道路にまで溢れている家だった。
「これは、クレマチスだな。こっちは紫蘭しらん……」
「え、知らないんですか?」
「あははは、違う違う。紫の蘭って書いて紫蘭っていう花だよ。」
彼女は真っ赤になって手を振った。
「え、あ、ごめんなさい!ハズカシイなぁ~!」
俺はそんな彼女をかわいらしく思った。
「良いって良いって!よくあることだからさ!それから……へぇ、珍しい。」
「え?何が?」
「ほら、この黄色い花。麦藁菊むぎわらぎくって言うんだ。麦わら帽子に感じが似ているからそう言うんだ。」
「へぇ……確かにこの帽子となんだか似てるかも……。」
彼女は帽子と麦藁菊を交互に見つめていた。
「そういえばさ、その帽子の色は、俺の色なんだ。」
突然の言葉に彼女は視線を上げると、俺を見つめた。
「俺の色?麦藁色が?」
「日本には伝統の色の名前っていうのがあってね。その帽子みたいな色のことを浅黄色あさぎいろっていうんだよ。」
俺は麦わら帽子を指差しながら言った。
「浅黄色……俺の色……浅木さん、だから?」
俺は照れると、顔を上げて空を見上げた。
「子どもっぽいだろ。でも、初めてその色の名前を知った時から、あぁ俺の色なんだな、って思ってね。」
すると彼女は一生懸命になって言ってくれた。
「そんな、子どもっぽいなんてことないです!いいなぁ、私にも自分だけの何かが欲しいなぁ……。」
彼女の少し寂しそうな言葉に、俺は彼女に向き直った。
「これから探せば良い。まだまだこれからだろ?自分の何かをすぐに決めつける必要はないんじゃないかな?」
俺の言葉に、目を見開くと萌子は、にっこりと笑った。
「……うん、そうですよね!これからですよね!」
うなずいて俺を見上げた彼女の瞳に、俺は一瞬自分の心を見透かされたような気がした。
俺も自分を決めかねている……。
「あ、そうだ、写真撮ってあげるよ!好きな所立って!」
俺はカメラを準備すると、彼女に言った。
「え。でも……。」
「いいからいいから。引っ越してきた記念と今日の偶然に、ね!」
その言葉に萌子はくすりと笑った。
「なんかカッコイイ!じゃあぁ、ここで!」
彼女は数ある花の中から、麦藁菊の前を選んだ。
上手にしゃがむと、花の横に顔を添える。
「いいかい、撮るよ!」
俺はなんだか優しい気持ちでシャッターを押した。
「現像できたらまたポストにでも入れておくよ。」
俺が視線を逸らした時、萌子は言った。
「あの!また……会えますか?」
「え?」
「あの、その、いいんです!!ありがとうございました!写真楽しみにしています!あと自分の何か探し、頑張ります!!」
彼女は一気に言うと、さよならもいわずに自分の家に入ってしまった。自分の何か探し……。
俺は……。
「よし!俺は写真を続けるぞ!中途半端で辞めてたまるか!」
俺は彼女の写真をコンテストに応募した。そして……。
「どうしたの?また昔の写真、見てるの?」
後ろから声を掛けられて、俺は顔をあげた。
「あぁ、この写真のおかげで今の俺がいるんだからな。」
そこには、あの日から随分時が経ち、成長した萌子がいた。
「またもう……あ、そうだ。コレを見て。」
萌子は後ろ手に持っていたものを前に差し出した。
「懐かしいなぁ!あの麦わら帽子まだ持ってたんだ!」
「そうよ。あなたと私の出会いの帽子。自分だけの何かを教えてくれたもの。」
二人で帽子を懐かしく見つめた。
「ねぇ、あの時の菊の花、覚えてる?」
「麦藁菊?」
「あの花の花言葉ってね、永遠、なんですって。」
「永遠、かぁ……。」
俺は手にしていた写真に目をやった。
きっとこの写真は一瞬を切り取った永遠なんだろうな……。
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