The Japanese tradition color~ショートストーリー~

小西 輝

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第八話 朱鷺色奇跡~鴇色~

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「……お腹空いた……」
「ウルサい。」
長閑のどかな風景が広がる田園地帯。俺は三脚と望遠レンズを付けたカメラを田んぼに向けながら、岬の言うことを聞き流していた。
「ねぇ、一体いつまでこうしている訳?もう今日で一週間よ?」
岬は座った足をジタバタさせて、呟いた。
「ウルサいって言ってるだろ。嫌なら帰れ。」
「つめた~い!それが恋人に言う言葉!?」
さも冷たい人間を見るかのような目で岬が俺を見る。
「あぁそうだ。俺の邪魔をしないって言うから連れてきたんだぞ。静かにしてろ。」
俺は岬の方を見向きもせずに言った。
「全く……一日や二日ならまだしも、六日も経つと飽きてくるわよ。折角有給使って2人で旅行出来ると思って来たのになぁ……耐えに耐えて一週間。長かったなぁ……。」
……やっぱり、連れてくるんじゃなかったな……。
俺の職業は一応カメラマンで、いろんなものを撮って生活しているが、まだまだ駆け出しだ。岬とのことにしても、先立つものさえ作れず、何も言えないまま付き合いだけが長く続いていた。そんな時だった。
「飛田さん。実は面白い話があるんですよ。」
出版社の編集者が突然俺に言い出した。
「ナンですか?」
俺は訝しげにその人を見た。
「や、実はね、野生の朱鷺ときが居るって噂なんですよね。」
「朱鷺って、あの天然記念物の?」
「そうそう、学名ニッポニアニッポン。1981年に野生種は絶滅したって言われている、あの朱鷺です。
「まさか……。」
俺はその言葉を半分嘘だと聞き流そうとした。しかし編集者は、そっと俺の方に身を乗り出すと、小声で俺に呟いた。
「私もそう思うんですけどね。ナンでも能登半島の方で見たって話で……。どうです。一枚押さえてみませんか。」
俺はその突拍子もない言葉に耳を疑った。
「え?どういうことですか?」
「もちろん、旅費などの経費は全部こっちで持ちます。一週間差し上げますので、実物を一枚。」
俺はその申し出に、とにかくびっくりした。
「そんな破格の申し出……そりゃそんな美味しい話、またとないですよ。」
「でしょう?」
編集者はいたずらっ子のように笑った。
「でも、どうして朱鷺にこだわるんです?」
俺は、最初からの疑問をぶつけてみた。
「そうですねぇ……なんと言いますか、ロマン、ですね。」
「ロマン?」
編集者は少し気恥ずかしそうな顔をして、頬をかいた。
「絶滅したと思われている鳥を見つける……子供心の冒険心とかを刺激するような、そんな感じです。あ、もちろん捕獲されないように、撮影場所とかは全て秘密ってことにしますよ?」
編集者の言葉に、俺は懐かしい何かを探すような、そんな気分で承諾した。
そうして目撃情報のあった能登半島の田園に来て、カメラを構えて一週間。今日には結論をつけてクライアントに報告しなければならない。
「ねぇ、お昼にしない?」
岬がたまりかねて言った。
俺はため息をつきながら、カメラから目を岬に向けた。
「わかったよ。」
「そんなに根詰めたって、来る時にしかこないのよ、動物なんて。はい。お茶。」
岬は、さも当たり前のようなことを言いながらお茶を差し出した。
「サンキュ。……わかってはいるんだけどな……。」
「それに、腹が減っては戦は出来ません!」
俺はその言葉に軽く吹き出した。
「わかった、わかったよ。……しっかし、長閑だよなぁ。」
「本当ねぇ、老後はこんな所でのんびり暮らしたいなぁ。」
「老後って、気が早いなぁ。」
俺は岬の言葉を聞きながら、おにぎりを頬張った。
「あら、そう?」
岬は卵焼きをつまむと、さも楽しそうな顔をした。
「でも、いいと思わない?2人で縁側でお茶飲みながら、好きなことして過ごすの。」
「そうだなぁ、それなら、俺、今の仕事考え直さないと無理だぞ。」
「そうかなぁ……?ん?ねぇ、あれ、何?」
カメラの先端の方を向いていた岬が、指を指す。
俺にはよく見えなくて、俺はカメラをそちらに向けて覗いた。
「ん~~?ちょっと待て……朱鷺……!?」
「え!?」
「朱鷺だ、間違いない、正しく朱鷺だ!」
「本当に居たのね……!!」
俺は露出を合わせたりするのももどかしく、続けざまにシャッターを押した。たった一羽、田園でのんびりと餌を探している姿は、正しく俺たちが探し求めていた朱鷺だった。
その姿は優雅であり、気品さえ感じさせるものだった。
「あ、飛ぶわ!」
岬の声と同時ぐらいに、朱鷺は一通り餌を探し終えて満足したのか、数回羽を動かすと、ふわり、と空へ舞い上がった。ちょうど俺たちの上を通るように。
「ねぇ……あれ、野生の最後の一羽なのよね。」
「ああ、きっと。」
岬は朱鷺から目を離さずに呟く。
「寂しく……ないのかしら。」
「え?」
「たった一羽で。子孫を残すわけでもなく、ずっと……なんだか、寂しげよね。」
俺はなんと答えたら良いか、わからなかった。しかし、捕獲して仲間のところへ送るというのも、残酷なような気がした。
朱鷺が俺たちの頭の上で旋回する。
「ねぇ!あの風切り羽根!」
「あれが”鴇色”ときいろだよ。キューピッドピンクっていってな。外国じゃキューピッドの肌の色だって言われているらしい。」
「キューピッドかぁ……ねぇ、戻ったらさぁ、結婚しようか!」
岬の突然の言葉に、俺は朱鷺から岬へと目を移した。
「お前、突然何言い出すんだよ!」
岬はそんな俺を見向きもせず、朱鷺を見つめながら言葉を続けた。
「だって、私たちとてつもない幸運に出会ったのよ?絶滅した朱鷺に出会えたんだもの!こんな幸運またとないわ。それに、あの羽根の鴇色、キューピッドなんでしょう?これって、そういう機会だって意味なんだよ!」
「いや、でも……。」
俺が言葉を濁すと、岬は俺の腕を取ると自分の方に引き寄せた。
「岬さんを信じなさい!いざとなったら私が食べさせてあげるから!」
俺はその言葉に吹き出すと、改めて飛び去る朱鷺の方を見た。
「そうだな!主夫になるのも悪くないか!」
俺はこの偶然に深く感謝した。自分の求めていたものを、同時に二つとも得ることができた幸運と、あの鳥の雄大さに。そして、いつまでもこの鳥が自由であることを祈った。
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