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9 噂話
しおりを挟む金色の豊かな髪を一つに結び、質素なドレスで街にでる。そんな簡単な変装をして、ルーラとマリーは街を歩いていた。
まだ朝早いが、街はすでに活気に満ちている。朝の市場では新鮮な果物や野菜が並び、人々は朝食をそこで買うのだ。
ただしそこに貴族はあまりいない。仕事に向かう者たちは見つけても、市場に来るような貴族は少ないのだ。ルーラ自身こうして気分転換をしにこなければ、こんなに朝早く街を歩くことすらない。そもそも普段から買い物には出ない。店側が屋敷にやってくる事の方が多い。だからなのか、ルーラは街には馴染まない存在だった。こうして軽くでも変装しなければ目立って仕方ない。
それでもわかる者にはわかってしまうし、何度か街に出ていれば顔も覚えられる。
「あれ、ハードヴァード家のお嬢様? 久しぶりですねぇ」
声をかけてきたのは果物屋の女店主だった。
「ケイトさん、おはようございます」
「ええ、おはようございます。今日はおいしい桃が入ってますよ」
「本当に? それなら少しいただこうかしら」
「ああ、ルーラお嬢様ではないですか。おはようございます」
「パン屋のおじさん。おはようございます」
「ルーラお嬢様、お久しぶりですね。いい茶葉が入ったのでよかったら」
「ありがとう。ミゲルさん」
一度誰かから声が掛かれば、あとは波のようにルーラの存在はひろがって街の人々が声をかけてきた。
ルーラは公爵家の人間で、王族の次に偉いといっても過言ではなく、国民にとっては王族に並ぶ遠い存在だ。だからこそ、そのルーラが気安く街にでてくると、彼女と言葉を交わしたがる民は多い。
なにより、ルーラが時期王妃候補であることは国民の誰もが知っていたことで、それもあって市井にお忍びてくる王女のように皆扱うのだ。
こうなってくると護衛は大変だとマリーは思うのだが、このように民に愛されるルーラが愛おしくて仕方ないので、どうにも顔は緩む。
しかしすぐに、今回のエルマルとの件がなければと思ってしまった。
民の中にもそのような想いがあるのだろう。何人かの人々が、ルーラに近寄っては、エルマルの王女について遠慮がちに尋ねていた。
「王女様はどんな方なのでしょう」
「そうね……感情豊かで、とても明るい方よ。それにとても可愛らしくて、ダンスもお上手だったわ」
それは随分とよく言ったものだと、きっとレティシアを知る者がいたらそう言うだろう。
しかしここにはもちろんレティシアを知る者はいない。こう言われると、結構いい人なんだね。なんて答えが返ってくるのだった。
「とはいっても、私もまだそんなにお話したことがないの。だから仲良くできたら嬉しいと思っているのだけど」
これはルーラとしては本心でもある。仲良くしたくないわけではない。そう、もしレティシアがルーラにとって素晴らしい人であったなら、もう少し潔く身を引ける気がした。
「でもお嬢さん。こないだ衛兵さんが言っていたんだけど、王女様がご自分の侍女さんを、その……叩いたとかって。他にも何人も侍女さんをクビにしているって話だったよ」
「ああ、それは……えっと、何か行き違いがあったのかもしれないわ。エルマル王国と我が国とでは何かと違うこともあるでしょうし……王女殿下も気苦労があるのかも」
「はぁ、それならいいんですけど」
ルーラは冷や汗をかきながらなんとか誤魔化した。その手の話は事実だ。
レティシア王女はこの国にきてから、何かと気に入らないことが多いらしく、つけられた使用人をことごとく追い返している。グレンがなんとか諌めたという話も聞いたことがあるし、エルマルの使節団にいる貴族の誰かが、自国に報告しエルマルの国王から直々に嗜められた。という話もある。
まさかこのように街に広がっているとは思わなかったが、事実なのでなんと答えたらよいかわからないのだ。それでも悪い印象がつかないように努力するのは、国民がこの結婚に反発することで、全てが失敗することを恐れてのことだ。
――さすがにそうなれば、お父様も苦労なさるし。陛下も望まれないわ。
「問題がある王女様は嫌だねぇって、街で話してたんですよ。だってほら、お嬢様が王妃になられるとばかり……」
困ったように話す民に、ルーラも顔色を悪くするしかない。
思った以上に悪い噂は進行している。
ルーラは意識的に笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。王女殿下もきっとこの国をお好きになってくださいます。そうすれば素晴らしい王妃様として、皆さんを支えてくださると私は信じております」
ルーラにはこれが精一杯の慰めだった。
人々は少しだけ納得したように頷いて仕事に戻っていく。いつのまにか小さな人だかりができていたことに気づいて、ルーラはふぅと息を吐き出した。
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