[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h

文字の大きさ
10 / 23

10 旅の楽師いわく

しおりを挟む
「おやぁ、そこにいるのは金髪のお嬢さんではないですか?」

 低く、透き通るような声がきこえて、ルーラはハッとして声の主をさがした。

「こっちです、こっち」
「あ……楽師さん!」

 そこにいたのは若い男性だった。青い色の髪は特殊な素材で染めているらしく、瞳はこちらも見たことがない黄金の虹彩を放っている。
 背中になにか大きなものを背負っているが、それが何かの楽器であることをルーラは知っている。遠い国の楽器だそうで、不思議な音色を奏でるものだ。楽師自身もとても美しい声を持っていて、あちこちの国で見聞きしたことを歌にしている。
 楽師の名はしらない。お互い名乗ったこともないからだ。しかし楽師のほうは、ルーラことを知っているのではないかとルーラは思っていた。
 楽師と会うのは、本当に久しぶりだ。

「一年ぶり? それ以上かな? 元気していたかい?」
「ええ、楽師さんも、いつからアスベルトに?」

 楽師は国々を転々としている。会えるのは奇跡にも近いような気がするが、彼がアスベルトに来た際には結構な頻度で会えていた。楽師はルーラにそれらの出会いを運命だなんて歌ってきかせたりもしていた。

「おとといかな。いや、いつ来ても活気のあるいい街だね」
「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえるとなんだかうれしいわ」
「そうかい?」

 不思議な声音で、ルーラもついついうっとりとしてしまう。
 一方の楽師は何やら深刻な顔をしてみせた。珍しい表情に、ルーラはすぐに表情を引き締める。めずらしいと言ってもたまに見かける表情だ。そしてそういう時はきまって良くない国外の噂や情勢を教えてくれる。

「どうかしました?」
「うーん。この国に来てさ、聞いたんだけど、今エルマルの王女様がこの国にきてるんだって?」
「ええ」

 さすが、耳が早い。そしてやはりその話か、とルーラは思った。

「結婚するのかい?」

 一瞬、何を指しているのかわからずに沈黙してしまう。しかしすぐに、王女とグレンのことだと気づいて、ルーラは顔を上げた。

「えっと、まだ確定ではないわ。今使節団が来ていて、うまく話がまとまれば、そういうことになると思うの」

 ルーラの言葉に後ろにいたマリーが顔を顰める。
 マリーは楽師がルーラの正体を全く知らないと思っていた。だからこのようなことを聞かれるのが非常に不愉快に感じられたのだ。
 しかしルーラはといえば、楽師は恋の物語を歌にしやすいと昔いっていたから、それに使うのだろうと考えているので、快活に答える。
 楽師はルーラの言葉をきくと意味深に「ふぅん」と相槌を打った。

「どうか、したの?」

 思わず尋ねる。すると楽師は、身をかがめてルーラに耳を貸すように仕草で訴えてきた。ルーラはそっと耳を傾ける。

「実はひと月くらい前、カルサンドラ王国に行ったんだ」
「カルサンドラ? 東の大国ね。あまりいい噂は聞かないわ」

 カルサンドラは東側諸国の中でもっとも巨大な国だ。もしかしたら、西側のどの国よりも国力があるかもしれない。東諸国が大戦をしていた時は不戦を貫きながらも各国に武器を売るというなんとも不穏な動きをしていた国である。そして大戦はカルサンドラの出兵により混乱した。
 結局カルサンドラが一人勝ちする前に、終戦することで、各国はカルサンドラに統治されるという最悪の状況を免れたそうだ。
 終戦後、東のどの国もこのカルサンドラを強く警戒しており、国同士が同盟を組めば、カルサンドラに落とされると考えて、同盟を組めないでいるという。
 エルマルが西の代表であるアスベルトと対話をおこなった背景には、カルサンドラに万が一でも攻撃されないための後ろ盾を西に求めたということもあった。

「国は落ち着いているよ。さすが大国なだけあって、治安もいい。ただ、ある噂をきいた」
「噂?」
「エルマルの王女レティシアが東諸国でなんて呼ばれてるか知ってる?」

 突然の質問にルーラは首を傾げる。

「ええと、たしか、東の秘宝? だったかしら」

 ルーラも美しいが、レティシアはそれは可愛らしい少女だ。
 東ではその美しさは国外にもとどいているという。それでそのような名称がつけられたと、以前ルーラは聞いたことがあった。

「そう。東の秘宝。それでね。東の国では彼女を妃にしたいって王族がたくさんいる」
「そうなの?」

 それは初耳だ。しかしない話ではない。しかしエルマルとしては他の国と同盟を結んだところで、カルサンドラから目をつけられるだけ。それなら西との国交のために、言い方は悪いがレティシアを使おうとしたのはわかる。
 楽師がルーラの思考を読んだかのように頷いた。

「たしかに、エルマルは東のどの国と同盟を結んでもカルサンドラには勝てないだろう。だが、カルサンドラと同盟を組んだら、どうなる?」
「それはないでしょう? カルサンドラの国王は東諸国を自国の統治下におきたいと考えていると聞いたわ」
「そう。だからどの国も、カルサンドラから同盟を持ちかけられたとしたら断れない。たとえそれが一方的な支配だとわかっていても」

 そこでルーラはハッとした。
 関係のないように思われるレティシアの話。そしてカルサンドラが求めている支配という目的。そんな状況下で行われるこの東西の対話において、レティシア王女の結婚という条件がある理由。

「まさか……」
「どうやら、カルサンドラの国王がレティシア王女に求婚しているらしい」
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

この恋を忘れたとしても

喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。 ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

処理中です...