調布奇伝

左藤 友大

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第四話

死神の代行人(1)

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外はかなりの土砂降りになっている雨と雷が大きな音で鳴っていた。天気予報では、今日はゲリラ豪雨があり雨脚が強く雷も鳴ると言っていた。翼は辰巳の家で一人だけ留守番をしていた。辰巳は、妖怪関係ですごい雨の中、仕事に行ったのだ。そして、翼は窓の外を眺めながら思っていた。二週間前にあった一つ目小僧の恋愛の事で心残りがあった。この二週間、毎日、布多天神社へ足を運び一つ目小僧を捜したが、彼の姿は全く無かった。二週間前、一つ目小僧が思いをひそめながら友達になろうと思っていた陽菜が一つ目小僧の姿が見えなかった理由か一つ目小僧は何も言わずに走り去ってしまった。それ以来、翼は一つ目小僧の姿を見ていない。一体、どこで何をしているのだろうかと思ったり一人でどこかで泣いているのではないだろうかと翼は心配していた。きっと、一つ目小僧は失恋した事で大きなショックを受け去ってしまったのだろう。翼は一つ目小僧の行方が分からず二週間経っても気にしていた。辰巳に陽菜が一つ目小僧の姿が見えなかったと話した時、彼が言った言葉は、「仕方がない。妖怪や幽霊がいる見えない世界が見える普通の人間なんてそんなに多くはない」と言われたのだ。確かに、辰巳の話には一理ある。翼は今頃、一つ目小僧はどこにいるのか気にはなっていたが、どこかでまた、会えるといいなと思った。だって、翼と一つ目小僧は、友達なのだから。それに、陽菜の事も心配だったが、彼女ならきっと、夏休み明けまで何とかなるだろうと思っていた。それに、陽菜が夏休み明けに母親の故郷へ引っ越すという話は、辰巳には話してはいない。翼は窓の外から見えるゲリラ豪雨を見た後、夏休みの宿題の続きを行った。

4時間後、辰巳が帰って来た。
「ただいま~」
辰巳の声が聞こえた翼はソファに座ったまま声をかけた。
「お帰り」
翼はソファに座りながらゲームをしていた。
「夏休みの宿題はどうだ?」
辰巳に訊かれ翼はゲームしながら答えた。
「今日は算数と国語が終わった。社会はもうすぐ終わるし後は、理科と自由研究だけだよ。」
「そうか。そういえば、自由研究の方は決まったかい?」
「ううん。まだ決めてない」
辰巳は思った事を翼に言った。
「歴史とかはどうだい?調布は映画の町だから、昔、この調布で撮影した撮影現場や作品を調べたりとかしてさ」
翼はゲームを中断した。
「それもいいかもしれないけど、今、思いついたんだけどさ」
「何を思いついたんだい?」
翼は自分が何を思いついたのか答えた。
「見えない世界についてはどう?妖怪や幽霊の事を調べたりしてさ」
すると、辰巳は笑った。
「ははは。確かに、いいかも知れないな。でも、見えない世界の話をして通用するとは思えないな。この現代で妖怪や幽霊がいるって言ったって誰も信じてはくれないしバカにされるだけさ。僕だったら、みんなにバカにされるのは嫌だから全く別の自由研究の方を選ぶね。君が夏闇日記を書く時と同じさ。妖怪や幽霊の話はやめてただ、自分が体験した事だけ書くだけでいいのさ」
「そんなものかな?」
「そんなものさ」
妖怪や幽霊の研究や話をしても誰も真に受けなく信じてはくれない。この現代ではありえそうな事だ。バカにされるのも嫌だしとても嫌なのは、学校中に広まる事だ。それを考えた翼は世間が自分をおかしな奴扱いをされるのは、絶対に嫌なので見えない世界をテーマにした自由研究は取り消す事にした。それならば、辰巳が言っていたとおり、調布は映画の町だという事で、撮影現場や作品を調べたりするのはいいかもしれない。でも、翼が通っている学校が二学期になるまで、まだ一ヶ月もある。ゆっくり考える時間も必要なのかもしれない。でも、ゆっくり考えて何も思いつかなかったら、それこそ、自由研究をせずただの忘れた事になる。翼はそう考え結局、辰巳が言っていたアドバイスを受ける事にした。
「じゃあ、今年の自由研究テーマは、映画の町にする。そっちの方が面白そう」
「だろ?もし、撮影された現場へ行きたかったら、僕に行ってね。いつでも、車で連れてってあげるよ」
「うん」
翼は頷き今年の夏休みの自由研究テーマが決まってホッとした。

それから一ヶ月後、8月1日。
翼は辰巳の車に乗っていた。リュックには自由研究ノートと筆箱、辰巳から借りたフィルムカメラが入っている。二人はとある場所へ向かっていた。そこは、深大寺だった。辰巳は車を駐車場に停め二人は車を降りた。外は猛暑でセミが激しく鳴いていた。帽子を被っている翼と辰巳は深大寺の参道に着いた。深大寺の参道は人がたくさん通っていて、中には犬と散歩している人も見かける。
「ここが映画ロケ地なの?」
翼はリュックから借りたフィルムカメラを持って訊いた。
「そうだよ」
「一体、何の映画で使われた場所なの?」
「翼くんは分かるかな?「旅猫リポート」っていう映画を」
「知ってる。確か、野良猫だったナナと飼い主のサトルが一緒に車で旅をする物語だよね?」
翼は思い出しながら答えた。というより、実は翼はこの「旅猫リポート」という作品を四年前の金曜ロードショーという番組で見た事がある。瀕死状態だった元野良猫のナナを助けたサトルは自分の死期を知り、ナナを引き取ってくれる人を探す為、ワゴン車に乗って旅をする物語である。この映画を観て翼はボロボロと鳴いた覚えがあり、原作の小説も買い再び泣いた思い出があった。あれは本当に素晴らしい作品だったと今でも思い出す。翼は何よりも映画 旅猫リポートでナナ役を演じた猫はもちろん、サトル役を演じた俳優が好きでよく、その俳優が出ているドラマや映画があったら観ていた。まさか、ここが映画のロケ地だったという事は、全く知らなかった。翼は辰巳から借りたフィルムカメラを構えて深大寺の参道の写真を撮った。参道にはあるたくさんのお店が連なっていて参道を歩く人もいる。きっと、旅猫リポートを観てここ深大寺の事を知ったに違いない。翼はそう思っていた。辰巳と翼は参道にある甘味処にいた。翼は甘味処にあるテーブルの上で自由研究ノートを開き深大寺の参道で行われた映画のタイトルと場所、撮影で使われた深大寺の参道でどんなシーンを撮っていたのかを記入していた。
深大寺を後にした二人は車で次の場所へ向かった。次の場所は、2018年に公開された映画「億男」で主人公 一男が娘とバトミントン等を楽しむシーンとして使われた多摩川河川敷に来て翼はフィルムカメラのシャッターを押し車の中でノートに記録した。それからも、ドラマで撮影された現場へ行ったりして写真を撮りノートに記録として書いたりの繰り返しを続けてから6時間、夕方になり辰巳と翼は家へ帰る事にした。いろいろとロケ地を見て回ったので翼が書いたノートにはビッシリと映画やドラマの撮影で使った場所やシーンの内容等が書かれている。車に乗っている二人は家に帰る前に外食でもしようと辰巳が言い出したので翼は賛成し外食してから家へ帰る事になった。

外食を終えた二人は車に乗って家へ向かった。外は暗くなり夜になっていた。二人が乗った車は調布の道路を走りもうすぐ、家に着くころだった。すると、辰巳は何か感じたか表情が強張っていた。しかし、翼は何も感じてはいないみたいでイヤフォンを耳に付けながらiPodに入っている音楽を聴いていた。辰巳はハンドルを握ったまま、翼の肩をトントンと叩いた。翼は自分の肩を叩いた辰巳に気付き片方だけイヤフォンを取った。
「なに?」
表情を強張らせる辰巳は翼に言った。
「後部座席の方を見てくれないか?」
「?」
翼は辰巳の言う通りに後部座席の方を見た。すると、後部座席に一人のスーツを着た男が座っていたのだ。全身黒スーツを身に纏い顔立ちの良い男が前席にいる二人を見ている。翼は驚いた声で言った。
「あ、あんた誰ですか⁈」
すると、顔立ちの良い黒スーツの男はペコリと軽くお辞儀をした。
「どうも」
翼は隣の席で運転している辰巳に言った。
「叔父さん。知らない男が車にー」
「ああ。知ってる」
知ってる?
「知ってるって、この人、叔父さんの知り合い?」
「とにかく、家に着くまで待っていてくれ。」
そう言いながら辰巳は運転をし続けていた。翼は再び後ろにいる黒スーツの男を見た。この男は一体、何者なのか翼は気になっていた。辰巳とは知り合いのようだが、辰巳と彼とはどんな関係を持っているのだろうか。今すぐにでも辰巳に訊きたいが、表情が強張っているので家に着いてから訊くことにした。
「まさか、俺の姿が見える人間の子供がいたとはね」
黒スーツの男は翼を見て言った。正直、翼は後部座席に黒スーツが車に乗っていた事は、全く分からなかったし気配を感じなかった。子供が俺の姿が見えるとはという事は、翼以外の子供はあの黒スーツの男の姿が見えなかったのかもしれない。黒スーツの男が何者なのか気になる所だが、家に着いたら全て分かるに違いない。

車は辰巳の家に着いた。しかし、降りはしなかった。辰巳はしかめ面で後頭部座席に座っている黒スーツの男を見ていた。
「また、いきなり現れやがって。下手したら事故を起こすところでしたよ⁈」
黒スーツの男は軽々しく喋っていた。
「いや~、すみません。あまりにも忙しかったもので」
翼は黒スーツの男を疑いながら辰巳に訊いた。
「叔父さん。誰なのこの人?いきなり、車の後ろ席から現れて・・・」
辰巳は溜息をした後、黒スーツの男の正体を教えた。
「この人は死神だよ」
翼は首を傾げた。
「死神って、あの、死神?」
「そう。あの死神」
辰巳は頷いた。翼は死神という名を持つ男の顔を見た。どこから見ても普通の人間にしか見えない。死神は普通、黒いマントを着て顔は骸骨で手には大きな鎌を持っているイメージだが、この黒スーツの男から死神というオーラを感じない。あだ名なのかなと思ったが、こんな顔立ちが良い男性が死神というあだ名を持つのは相応しくない。翼は首を傾げながら疑うと死神は笑った。
「まぁ、こんな姿じゃ死神とは思えませんよね」
すると、死神は自分の顔を普通に取り外した。なんと、人間の顔から骸骨の顔が現れたのだ。それを見た翼は驚いた顔をした。死神は翼の驚いた顔を見て満足したか人間の顔を付けて元に戻った。
「死んだ亡者の皆さんが怖がらないよう、人間の姿として仕事をしているんです。それにしても、君みたいな子供が俺の姿が見えるなんて驚きですよ。普通は霊感を持っている人間でも俺達、死神の姿は見えないんですよ。子供はもちろん、人間の大人も。それにしても、辰巳さんに子供がいたとは。いや~、知らなかったなぁ」
辰巳は勘違いしている死神に言った。
「違う。この子は、僕の甥っ子です」
「あっ、甥っ子さんなんですか!なるほどなるほど」
かなりチャラそうな死神だ。翼はこんなチャラい死神なんているのかと思いちょっと小バカにした。でも、あまり怖そうな死神ではないので、何だか安心もしていた。
「その、死神さんは、叔父さんとは一体どんな関係で?」
翼は訊いた。
「辰巳さんは、我々、死神の助っ人なんですよ」
「助っ人ってもんじゃない。ただ協力しているだけですよ」
「またまた、強がっちゃって。」
死神は笑いながら辰巳を辛かった。しかし、辰巳は笑ってはいない。やはり、誰もが思っている怖いイメージを持つ死神とは全く違う妙に明るい所があり本当にこの人は死神なのか少々疑ってしまい所もある。それに、死神といえば、死んだ人間をあの世へ送るといわれているが、この明るい死神も同じく死人の魂をあの世へ送る役目を持っているに違いない。辰巳は腕を組みながら用件を訊いた。
「死神102号さんが現世に来たってことは、死んだ人の魂を迎えに来たんだろ?それとも、僕に何か用件があって来たのか?」
すると、死神102号は笑うのをやめた。
「さすがは、辰巳さん。鋭いですね」
「五、六回ぐらいやれば、予想はつきますよ」
「確かに」
死神102号はスーツの内ポケットに手を入れ何かを取り出した。取り出したのは、一枚の写真だ。
「今回の用件はこちらです」
辰巳は写真を受け取った。写真には一人の男性の姿が写っていた。
「この人は?」
死神102号は写真に写っている男性は誰なのか教えた。
「そちらの写真に写っている男性は、佐々木 祐三(ささき ゆうぞう)さん。享年31歳にして1913年から1944年まで生きていた死者です」
「1944年という事は、77年前に亡くなった人なんですね?」
「はい」
「それで、この佐々木さんという人がどうしたんですか?」
「じ、実は・・・・」
死神102号は言いにくそうに困った顔をして訳を話した。
「佐々木祐三さん。まだ、あの世に来ていないのですよ」
それを聞いた辰巳は驚いた。
「何だって⁈77年間、まだあの世に行ってないんですか⁈」
死神102号は頷いた。
「はい。戦死したとはいえ、まだこの世にやらなければならない事があると言っていたそうで、そのまま現世でやり残した事が果たすまで残したのですが・・・・」
「確か、現世滞在期間は、一週間ぐらいのはずですよね?」
死神102号は頷いた。
「はい。でも、まだ未練は果たしていないみたいらしく、チャンスとして三日設けたのですが、そしたら、やり残した事が終わるまであの世へは行かないと言っていたらしく・・・・」
辰巳は驚きが隠せなかった。
「でも、このままだったら、悪霊化してしまいますよね?」
「は、はい。でも、不思議な事に佐々木祐三が悪霊化するような様子が全く見えないと我が局が言っていまして・・・・」
「悪霊化にならない?おかしいですね・・・。」
「そうなんです・・・・」
死神102号は腕を組んで頷いた。
「あの~」
二人が考えている最中、翼は小さく手を挙げた。
「102号ってなんですか?」
それを訊かれると辰巳は考えるのを中断して翼の質問に答えた。
「ああ。102号っていうのは、この死神の名前さ。」
「名前?」
すると、死神102号が言った。
「あの世には俺みたいな死神がたくさんいますからね。番号を名前にして呼んでいるんですよ」
「へぇ~。」
102号なんておかしな名前だと思ってはいたが、翼はただ、適当に付けているのではなく、ちゃんとした理由で番号を名前にして付けているのを知り納得した。
「そこでですが、辰巳さん。折り入ってお願いがー」
「僕があなたの代わり、つまり、代行人として佐々木さんをあの世へ行くよう説得して欲しいという事ですね」
辰巳は分かり切った言葉で死神102号に訊いた。
「さすがは、辰巳さん。全くその通りです」
辰巳は頷いた。
「分かりました。タイムリミットは?」
「明日から佐々木祐三さんを捜して欲しいので三日後です」
すると、死神102号は指を鳴らした。指を鳴らした共に一冊のファイルが現れたのだ。死神102号は、現れたファイルを手にし辰巳に渡した。
「こちらが、佐々木祐三さんの情報が載っているファイルです」
辰巳はファイルを受け取った。
「それにしても、なぜ、あなたが佐々木さんを77年間、現世に放置したのですか?」
「俺ではありません。当時、佐々木祐三さんの担当をしていた253号が滞在期間が過ぎても彼にチャンスを与えたおかげでこうなったんです」
「できる死神とできない死神もいるんですね。」
翼がそう言うと辰巳が「こら!」と注意された。しかし、死神102号は、怒らず笑い出したのだ。
「ははははは。人間の子供に言われるとは、これは痛いですね。でも、甥っ子さんの言う通り、死神も人間と同じく失敗もあります。完璧な死神なんてそう簡単にはいませんからね」
この死神102号は、かなりのポジティブな人だ。いや、お化けと言った方が正しいか?とにかく、怖そうな死神じゃなくて良かったのは確かだ。
「とにかく、佐々木祐三の方はお任せしましたよ」
「分かりました。三日後以内には成仏させてみせます」
死神102号は頷いた。
「では、辰巳さん。よろしくお願いします」
そう言うと突然、死神102号の姿が消えた。きっと、あの世へ戻ったか別の仕事へ行ったかもしれない。辰巳は写真とファイルを持って翼と共に車を降り家の中へ入って行った。

辰巳はテーブルの椅子に座り佐々木祐三に関しての情報が記載されているファイルの中身を見ていた。風呂から上がりパジャマに着替えた翼は台所へ行って冷蔵庫を開けジュースの紙パックを手に取りコップに注いだ。
「そのファイル、何なの?」
翼の質問に辰巳は気付き死神102号が手渡されたファイルは何なのか教えた。
「これは、代人ファイルと言って、死神の代行人、つまり、死神の代わりにミッションを受ける人間が持つ機密情報専用ファイルなんだ」
翼はそれを聞き、テーブルの椅子に座ってジュースが入ったコップを飲みながら話した。
「しにがみのだいこうにんって?」
「あの世にいる死神はとても忙しいんだ。忙しくてなかなか、成仏できないまま現世にいる魂がけっこういるんだ。そんな死神達の代わりに現世にまだ彷徨っている魂をあの世へ送らせる人間を死神の代行人というんだ。代行人は、あの世にある本部が決められた期間までに死者の魂をあの世へ送らなければならない」
「じゃあ、叔父さんは、そのしにがみのだいこうにんなの?」
「そんなトコかな?でも、別に彼らの助っ人としてやっている訳ではない。あくまで協力しているだけだ。それに、あちら側から僕に頼んで来たんだ。決して、僕から頼んだわけではない」
「ふ~ん」
翼は写真を手に取った。写真は白黒で軍服を着た凛々しい男性の姿が写っていた。
「この写真に写っている男の人が、これから叔父さんが捜す佐々木さん?」
「そうだ」
辰巳はファイルに書いてある佐々木祐三の情報を読んだ。
「佐々木祐三さんは、1913年の東京都 日野市出身で2月6日の水瓶座生まれB型」
「1913年って?」
「大正時代の頃だね。この人は、大正2年の生まれなんだ」
「大正2年だから・・・えっと・・・」
「今は2021年だから108年前だね」
翼は驚いた。
「ひゃ・・108年前⁈そんな昔なの⁉」
辰巳は頷き続きを読んだ。
「で、佐々木祐三さんが亡くなった年は、1944年。昭和19年、7月7日、戦死によって帰らぬ人となったんだ」
「戦死?なんで?」
「昭和19年の6月15日に起こった、サイパンの戦いで亡くなったんだ。サイパンの戦いは知っているよな?」
翼は首を振った。翼はまだサイパンの戦いは何なのか通っている学校の授業で習っていないのであった。
「サイパンの戦いは、第二次世界大戦で起こった太平洋戦争中、1944年6月15日から7月9日までアメリカ軍と日本軍における戦いだったんだ。佐々木祐三さんは、このサイパンの戦いに出て死んだんだ」
サイパンの戦いは何なのか、話を聞き終えた翼は訊いた。
「それで、そのサイパンの戦いで亡くなった佐々木祐三さんが、まだ現世に?」
辰巳はファイルを閉じてテーブルの上に置いた。
「そうみたいだ。それにしても、悪霊化していないなんて不思議だ・・。」
「悪霊?」
「悪い霊の事さ。亡くなってから数日間、長く現世に留まり続けていたら、次第に意識が朦朧(もうろう)とし悪霊化するんだ。だから、死神局は、決められた期間まで現世に留まらせあの世へ送らなければならないんだ。悪霊になれば、人間に危害を及ぼす事だってある」
「悪霊になったら?」
「消滅。つまり、もう二度と生まれ変われないよう霊能力者の手によって霊を消すんだ」
「そんな・・・・」
「だからこそ、消滅だけは避けるよう代行人が霊をあの世へ送る義務があるんだ。それなのに、佐々木祐三さんは77年も現世に留まっているのに悪霊化していないなんて聞いた事もない」
「でも、どうして人間が霊をあの世へ送らなくちゃいけないの?」
「死神はいろいろと忙しいからね。猫の手が借りたいぐらいの忙しさがあるから、死神の代役として「代行人」という人間に与える指名ができたからな」
「そうなんだ」
翼は死神の代行人の事について、佐々木祐三がサイパンの戦いで亡くなった事を知り納得した。でも、人間が死神の代わりに霊をあの世へ送らせるなんて、聞いた事もない。きっと、これも見えない世界が見える者だけしかできない事だろう。それに、翼は佐々木祐三捜しに興味を抱いていた。
「叔父さん。ぼくも一緒に佐々木祐三さん捜し手伝ってもいい?」
きっと、辰巳ならOKを出してくれるはず。
翼はそう信じていた。
「ダメだ。代行人とはいえども危険な仕事でもあるんだ。子供である君に手伝いするのはまだ早すぎる」
辰巳にダメ出しをされた翼は言った。
「お願い!ぼくも一緒に連れてって!」
しかし、辰巳は翼のお願いを断った。
「ダメだ。君は僕が帰ってくるまで大人しく夏休みの宿題の続きをするとかしなさい。今回は僕だけでやる」
翼は辰巳にまたダメ出しを言われ頬を膨らませた。
「翼くん、分かってくれ。僕は君に危険な目を遭わせたくないんだ。もし、君の身に何かあったら、僕は姉ちゃんに、君のお母さんに会わせる顔が無い。だから、頼む。僕の言う事を聞いてくれ」
辰巳のお願いに翼は鼻息を洩らした。このまま、辰巳を困らせるのは良くないので翼は決心した。
「分かった。留守番してる。でも、悪霊に襲われて死なないでね!」
「ああ。もちろんだ」
辰巳は自分の言葉に理解してくれた翼に頷き生きて帰る事を誓った。
次の日、辰巳は翼を留守番させて一人で車に乗っていた。場所は佐々木祐三の故郷でもある自然が溢れる町 日野市に来ていた。代人ファイルでは、出身地、生年月日、生前情報、現在地が書かれていた。佐々木祐三がいる現在地は、日野市のどこかしか書かれてはいなかった。でも、佐々木祐三は日野市の日野本町で生まれ育ったと出身地名の枠に書かれていたので辰巳は日野本町へ向かっていた。目的地は佐々木祐三の遺骨が墓の下にある宝泉寺だ。辰巳の考えではもしかすると、佐々木祐三は、宝泉寺で自分の遺骨が埋まっている墓にいるかもしれないと思ったからだ。日野市にも町名があるので日野市全体探していたら埒(らち)が明かなくあっという間に決められた締め切り期間が来てしまうので、イチかバチか佐々木祐三が宝泉寺にいると信じるしかなかった。
締め切り期間まで残り後、三日。
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