渋茶片手につれづれと

宮ノ上りよ

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第二章 戦友の絆~繋ぎ合う手

2-2 ただ者じゃなさそうな

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 翌日。
昼休みに廊下を歩いていた有智は、向こうから歩いて来る春久の姿を認めた。
彼もこちらに気がついたようで、目が合うなり軽く手を上げて、笑いかけて来た。
「赤池、あのさ」
ここで行き合ったが幸いと、有智は近づきざまに春久に声を掛けた。
「何?」
「昨日の、ななに」
言いかけて、あ、と思って
「村崎菜々美、な」
普段言い慣れないフルネームで言い直す。
と、春久はああ、と頷いて。
「パープルさんか」
「いやそれなんだけど」
さらっと言うのに苦笑しながら、有智は続けた。
「そう呼ぶの、めてやってくれないか?」
「へ?」
「あいつ凄く嫌がってて。昨日帰りにずっとその事で文句たらたら言ってて」
『ヤな奴』とか『サイッテーッ!』とか散々罵っていたとまでは流石に言えず、当たり障りのない表現を使う、と。

 「何?青山あいつと付き合ってんの?」
「はぁ?」

 どきり、と胸が音を立てた。

 「いや昨日も『なな』とか呼んでて結構仲良さそうだったし、一緒に帰ってるんならそういうことかなって」
冷やかす風でもなく、他意はない様子に
「俺達ウチが隣同士だから」
付き合ってるとかじゃない、と。
否定の言葉を口にするのを、ほんの少し残念に思いながら
「まあとにかく頼む。でないと俺、これから毎日部活帰りにあいつに愚痴られそうだから」
そう言って、有智は軽く頭を下げた。
と、目の前の春久は
「そっか」
少し真面目な顔をして。

 「俺別にからかってるつもりとかじゃなかったんだけどな。紫って好きだし」
「はぁあ?」

 『ムラサキッテスキダシ』

 直球の問題発言に、思わず有智が目を剥くと
「あ!違う違う!色だよ色の方!」
春久が笑いながら手を左右に振った。

 昨日の今日で何言ってるんだこいつ、と一瞬思ってしまった事が、早とちりだったと気づいて。
ほうっ、と、大きな溜息が洩れた。
「ああびっくりした」
すると春久はふ、とちいさく笑って
「……まあ、そういう事ならなるべく気をつけるわ」
あっさりと言った。

 なるべく、というのが微妙に引っかかるものの
「ありがとな赤池」
とりあえず礼を言うと、春久が口の端をにっと上げた。
「ハルでいいよ」
「そっか。じゃ俺もユーチでいいから」
「ユーチ?」
「有効無効、とか所有するの有と、知るの下に日にちの日を書く智、だから」
音読みで名の漢字を説明すると、ああ、と春久が頷いて。
「智恵子抄の智か」
「え」

 一瞬、ぽかん、とした。
「高村光太郎の」
「あ、うん、判るけど」
返しながら。
そんなたとえを出されたのが初めてだったのと、自身もタイトルと著者だけなら聞いた事があるが読んだ事はないその本を春久が喩えに使ったのに、有智は内心感嘆していた。

 そんなのをあっさり思いつくって。
もしかしたらこいつ、結構頭がいいんだろうか。
だったら、もしかしたら。

 「里見八犬伝からつけたって母さんが言ってた」
すると。
じんれいちゅうしんこうていか」
すらすらと、春久が応えた。

 有智の『有』は、亡き父・有希ゆうきの名から。
『智』は、当時テレビで放映していた里見八犬伝の人形劇の八犬士のひとり・犬坂いぬさか毛野けのが持つ玉の字にちなんだと、母から聞かされた。
女性と見紛う美貌を持ち八犬士中随一と言われる智謀を駆使する毛野に入れ込んだ父が、生まれる子が男女どちらでも名に『智』の字をつけたい、と熱望していたのだと。
だが大人はともかく周りの友達に里見八犬伝と言っても『何それ?』と首を傾げられるだけだったので、有智は同世代の人間にその話をする事は殆どなかった。

 もしかしたらこいつなら、と試しに口にした事に、春久は打てば響くような反応を返してきた。
やっぱりただ者じゃないかも、こいつ――と。
心の中で思いながら、それはおくびにも出さずに
「じゃ、また部活でな」
「ああ」
軽く手を振り合って、有智は春久と別れた。

 放課後の部活動では、春久は有智に言った通り、菜々美に対して
「村崎、これ先輩が練習しておけって」
「次は村崎だな」
終始、苗字で呼びかけていた。
菜々美も昨日の激烈な罵詈雑言などけろりと忘れたかのように、普通に春久に対していた。
彼女は元々、遺恨を後々まで引きずるようなタイプではない。相手が非を認めたり態度を改めてくれればさらりと水に流す性格だ。
ただ流石に昨日と今日の春久の態度の違いが気になっていたのか
「何か今日の赤池、不気味だったんだけど」
帰り道でそう言うのに、有智は思わず噴き出してしまった。
「不気味って何だよ!」
「だって昨日はあんなにしつこくパープルって言ってたのに」
「何?もしかしてなな、パープルって呼ばれる方が良かった?」
「んな訳ないでしょ!」
気色ばむ菜々美を笑っていなしながら。
この調子なら三人で何とかやっていけるだろう、と、有智は胸を撫で下ろしていた。


 翌日の、水曜日。
トランペットパートの二年生の先輩のうちひとりが病欠、ひとりが生徒会役員改選の選挙委員の仕事で遅刻するとの事で、残るひとり・梓川あずさがわ拓海たくみが一年生三人の練習指導をする事になった。
どこのパートも、仮入部の現段階では基本的に三年生は一年生の指導にノータッチだ。その代わり一年生の練習メニューを作成し二年生に対して指示を与えている。それをもとに二年生が一年生の面倒を見る。
三年生はそうすることで間接的に一年生の指導をしつつ、二年生を一年生の『先輩』として鍛えているのだと、仮入部初日の一昨日に顧問の先生から説明があった。
上手く考えたものだな、と、有智はこのやり方に感心していた。
一年生の自分達からすると三年生は心身ともにひどく大人びて見えて、話しかけるのも恐れ多い気がするのだが、二年生ならば同じ先輩でも年が近い分何かと話がしやすい。
特に拓海は春久の小学校時代の鼓笛部の先輩だった事もあって、春久が何かと親し気に話すのに便乗する形で有智も、そして菜々美も自然にやり取りを交わしていた。
和気あいあいとした雰囲気の中、教則本の短いフレーズを一年生三人がひとりずつ吹くのを拓海がそれぞれチェックして問題点を指摘していると。

 「へぇ、たっくん凄い!まるで先輩みたい!」

 突然背後から、高い声が上がった。
有智と春久と菜々美が一斉に後ろを振り返るのと同時に
「先輩だよ俺は!ってかたっくんは止めろよ浅見あさみ!」
拓海がむっとして声の主を睨めつけた。
「なぁに偉そうに?昔はヒナちゃんに叩かれた~とかめそめそ泣いてたくせに?」
「何時の話だよ!大体叩いたんじゃなくて脛蹴ったんだろが!あれすっげぇ痛かったんだぞ!」

 ふふん、という表情で背後に立っているのは、確かオーボエの、二年生の。
有智があやふやな記憶を浚えている間に
「えっと、浅見、先輩?」
春久が彼女に話しかけていた。
「済みません、名前もパートもまだちゃんと覚えていなくて」
正直に謝罪するのに
「ああ私ね、オーボエの浅見雛子ひなこ。たっくんとは幼稚園からの腐れ縁でね」
「だからたっくんじゃねぇ!」
気を悪くした風でもなくさらりと名乗るのと、拓海のツッコミが重なる。

 「え?じゃあ小学校、笹並東ですか?」
「うん」
「うわぁ知らなかった!俺もです!」

 笑顔で叫ぶ春久を、有智は呆気に取られて見ていた。
初対面の先輩と出身小学校が同じだからって、ここまで大袈裟に喜ぶか?と。

 だが彼のオーバーリアクションは、何故か、どこか、懐かしい気がして。

 喜色満面の春久に、雛子はふふっ、と笑いながら
「赤池君って、三年の赤池先輩の弟、だよね?英語部の」
と言った。
春久が目を丸くして
「あ、はい」
頷くのに、有智は思わず隣の菜々美と顔を見合わせた。

 有智も菜々美も、先週それぞれのクラスで今年度前期のクラス委員に選ばれた。
今日は初めての委員会活動があり、ふたりとも全クラス委員の集まりにあたる代表委員会の初顔合わせに出席したのだが、その席で委員長に選出されたのが三年生の赤池秋穂あきほだった。
入学時から学年トップの座を他に譲らず、昨年度は前期で生徒会副会長、後期で会長を務め、現在は英語部の部長、校内でも有名な才媛だと周りの話で知って。
『赤池先輩ってまさか、ハルのお姉さん、とか?』
『いや流石にそれはないでしょ?あの赤池とじゃイメージ全然違うし先輩に失礼じゃない?』
同じ苗字でも、万事にアバウトそうな春久とは雲泥の差ゆえに無関係だろうと、有智は菜々美とついさっき話していたばかりだった。

 やっぱり姉弟だったのか、と。
意外な事実に内心驚いていた有智だったが
「去年の小学校の運動会、赤池君ドラメやってたでしょ?」
雛子の言葉に、更に度肝を抜かれた。

 ――ドラメ?

 「一緒に行った友達が赤池先輩の弟だって教えてくれたんだ。物凄くカッコ良かったよね!」
中学でも噂になっていたんだよ、と雛子が言うのに
「あれなぁ、俺も観てびっくりしたよ?何でおまえがドラメやってるんだって」
拓海が苦笑しながら、言葉を継ぐ。
「何?たっくんもいたんだあの時」
「だからたっくんは止めろって」
「はいはいわかりましたよ~だ梓川セ・ン・パ・イ」
「うぇ!余計にキモい!」

 そのまま話は明後日の方向に逸れてしまったが。
有智は半ば口を開けたまま、春久に視線を向けていた。
春久は軽口を叩き合う先輩ふたりを、黙ったまま楽しそうに見ている。
「ねえ」
横合いからつんつん、と腕をつついて来た菜々美が
「赤池って、マジで赤池先輩の弟だったんだね……」
呆然とした口調でひそひそと囁くのに、だな、と頷きを返しながら。
有智は、心の中で全く別の事を考えていた。

 春久の出身校・笹並東小学校の鼓笛部はマーチングにかなり力を入れていると、近隣でも評判が高い。有智も以前から噂を耳にしていて、一度観てみたいものだと思っていた。
そして昨年の秋、初めて笹並東小学校の運動会を観に行き、鼓笛部のドリルの想像以上の華やかさと迫力に目を釘付けにされた。
グラウンド一杯に所狭しと展開して整然と動きながら、音を乱す事なく統制の取れたダイナミックな演奏を辺りに響かせて。
有智の小学校の鼓笛部は、運動会では入場行進の先頭を皆で演奏しながら歩くだけだったから、同じ小学生とは思えないレベルの差にただただ圧倒された。
その中心で、一番派手やかな装いでバトンを振りホイッスルを吹いて指揮を執っていたドラムメジャー、通称ドラメが、これまた目を惹いたのだが。

 もしかして……あれが?
まさか――。
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