精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
12 / 144
第1章

その12 コマラパ大いに怒る。足の裏に触るのは恋人だけ。

しおりを挟む

          12

 なぜ人間を殺してはいけないかを、コマラパはカルナックに説いて聞かせる。
 実の父親に、野望を叶えるため、闇の神への贄(にえ)となって殺され、精霊達に救われて育てられたカルナックに、今さら倫理をどうこう言っても意味は無い。

「人間というものは必ず集団に属している。一人の人間と関わったりもめ事を起こしたりしたら、結果は一人ではすまない。どれくらいの敵を増やすことになるか。リスクをよく考えて行動するのだ」
                                                      
「……わかったよ。これからはよく考える……」
 本当のところ、よくわかっていないカルナックは、目を伏せた。
 怒りにまかせてまずいことをしたらしいことだけは理解している。

「そう気落ちするな。わたしが離れたのもいけなかった。おまえは精霊の森から出てきたばかりだ。まだまだ、一人になどできないな」

 コマラパは助けた少年を荷物のように肩に担いでやってきて、カルナックのいる草むらに下ろした。意識は戻っていない。

 身を屈めると、カルナックは伸びあがり、彼の首にしがみついた。
「あんたが連れ出したんだ。責任取って」

「まるで、わたしが人さらいのようだな」
 コマラパは苦笑した。

「ところで、この少年が先ほどしたことは見かけたが、他には何かしなかったか?」

 過激な言い回しを避けながら、コマラパはカルナックのようすを探る。
 もしカルナックの身に危険が及ぶようなら精霊の森にいったん引き返すことも検討しなければならない。

「えっと。キスしてきたほかに? 大きな鳥の魔物から助けてもらった。それから抱っこされて、この木陰につれてきてもらった。そのときに、足の裏に触られたかな。柔らかい足の裏だっていって」

「なに! 足の裏に触っただと!」
 コマラパは声を荒げた。

「なんで驚くの?」

「そうだな。足の裏はふだん隠れている場所だ。そこに触れるのは、ごく親しい者だけなのだ」

「髪の毛にも触られたし、匂いをかいでたよ」

「うう~む」
 小声で「なんと破廉恥な」と呟く。
 そういうことは恋人同士のやることだ。

「やはり、わたしがいけなかった。人間界の常識を知らず、無防備すぎるおまえを一人で残すなんて」
 ため息をついて、
「あいつは、名乗ったか?」

「クイブロって言ってた」

「おまえの名前は聞かれたか?」

「うん。でも答えなかったよ。ラト姉さんが、初対面の相手に教えるものではないって」

 コマラパは、胸をなで下ろす。
「その通りだよ。異性には名前を答えるものではない。名前を尋ねられても無視していい」

「でも、おれ、異性じゃないよね」

「……」
 きょとんとして首をかしげる、カルナックに。コマラパは言えなかった。
 ほぼ全ての男性は、カルナックを美少女と認識するだろう、とは。

「用心に越したことはないからな。当分の間、名乗るのは、わたしがいいと言う相手だけにするのだ」

                    ※

 コマラパが助けた少年、クイブロは、しばらくして目を開けた。

 彼が飼っている、みっしりと厚い毛に覆われたパコという家畜たちは、少年のまわりにやってきて、耳元で鳴いたり、舐めたりしていた。

「あれ? おれは、まだ生きてるのか」
 まばたきを何度もして、周囲を見回す。

「気がついて何よりだ。これを飲んでおけ」
 コマラパは懐から取り出した小瓶を、少年の鼻先に近づけた。
 くん、と鼻を鳴らして、きつい匂いに顔をしかめながら、クイブロは、瓶の中身を一口飲み、咳き込んだ。

「生命の火酒だ。ほんの一口で足りるし、それ以上は毒となる」

「蒸留酒だ! きっつい!」
 文句を言って、クイブロは、コマラパに瓶を戻した。
「でも生き返った気分だ。ありがとう。あんたが、この子の言ってたコマラパ老師?」

「わたしはコマラパ。大森林のクーナ族の生まれだ。クイブロか。おまえの名前は、『小さい鷹』という意味だな。わたしの故郷でも同じ言い回しをする。してみると、ここは大森林からさほど遠くはないのだな」

「この山を越えて海のほうへ下れば大森林っていうところだって姉ちゃんが言ってた。このへんは、ものすごい田舎だけどね。ありがとう、助けてくれたんだよね」

「死なれては寝覚めが悪いからな」
 どことなくコマラパの態度は冷ややかだ。
 だがクイブロは気にもとめない。

「コマラパ老師。おりいって相談だ。おれはつがいのパコと、子どものパコチャを持っている。パコチャを一頭やるから。その子を置いて行かないか?」

「なんだと?」

「嫁にもらいたい。今はおれもまだ十三歳だから、持っている家畜も多くない。婚約と言うことで整えたい」

 ぴきっと、コマラパのこめかみに、筋が浮いた。
 抱いていたカルナックを、木陰に置く。

「ちょっと待て小僧。歯を食いしばれ」

「へっ?」

「この子に、いろいろとやらかしてくれた礼をしていない」

 言い置いて、コマラパは少年の腹に一発、打ち込んだ。
 大人げない所業だった。
 たまらず少年の身体が吹っ飛ぶ。

「ぐっ」

「クイブロ!」
 カルナックが手を伸ばそうとするのを、コマラパは押しとどめる。
「行くな。同情することはない。こういうことは覚悟を持って申し出るものだからな」

「あ~、効いた。まあ、殴られるくらい予想してたよ」
 少年は、にやっと笑った。

 コマラパは静かに、しかし烈火の如く怒っていた。
「わたしはこの子を精霊の養父たちから預かった。本当の親たちは死んでしまったのでな。世界に愛され、精霊の森の奥で大切に育てられていた特別な子だ。精霊達の愛し子。誰にも、渡すわけにはいかん。わたしにとっても、大事な娘だ!」


 ここでコマラパは間違った。
 うっかりミスだ。
 自分でも『娘』と言ってしまったのだ。たぶん前世の娘と混同したのかもしれない。
 カルナックだけは、それに気づいた。


 きっぱり断られてもクイブロは諦めない。
「その子が特別だってことはわかる。精霊火(スーリーファ)を集めてたのを見たから。けど、おれも、すっごい大事にするよ。嫁に来てほしい」

「だが断る!」コマラパは強い口調で断定する。
「小僧、おまえもだが、この子もまだ子どもだ。世界のことを知り、学び、育つ時間が必要なのだ」

「じゃあ、名前を教えてくれよ。おれはクイブロ」

「……教えてやってもいいと、この子が思うなら」

 コマラパは、黒髪の子どもを振り返って見やる。

「カルナック」
 自ら名乗ってしまったのを聞いて、コマラパは困ったように眉根を寄せたが、本人の意思では仕方ない。

 コマラパに抱き上げられていたカルナックは、白ウサギの「ユキ」が肩の上や頭の上を好き勝手に動いているのを、優しく撫でてやり、クイブロに手をのばした。
「ごめん、おれはそういうの、応えられないけど。魔獣から助けてくれてありがとう」

 クイブロは、コマラパに支えられて起き上がり、カルナックの手を取った。
 そして手の甲に、うやうやしく唇を押しつける。
 
「うわっ!」
 あわててカルナックは手を引っ込めた。

「おれは諦めてないからな。まだ嫁取りには早いし。もう何年かしたら、おまえのほうから、嫁にしてくれと言ってくるような男になってるから!」

「おまえどうかしてる! おれは、おれは」

「だめだろ。そういうときは「わたし」って言うもんだろう」

「知るかバカ!」

 カルナックは手の甲が濡れたのがイヤだったらしく、コマラパの外套で何度も手を拭いている。
「コマラパもコマラパだ。さっき、あんたも『娘』って言った」

「そうだったか?」
「そうだったら!」

 カルナックは大いに憤慨した。たとえ人間たちの標準では色白で華奢な身体だとしても、精神の強さでは、だれにもひけはとらないつもりでいるのだ。

 やがて、空の紺色が深みを増していく。
 午後も半ばを過ぎて、太陽が傾いている。
 クイブロのパコチャたちが不安げな鳴き声をあげた。

「日が傾いてきたな。ここらは日が短い。もう帰ったほうがいいみたいだ」
 クイブロは三頭のパコ達を呼び集め、背中を叩いて落ち着かせる。
 そして、指笛を吹いた。
 高く、低く。山々にこだまする。

「コマラパ。それに未来の嫁。今夜は、おれの村に来て泊まれよ。夜に野原で過ごすなんて無茶はしないだろ?」

「嫁じゃない」
 カルナックは憮然として訂正する。そこは流されるつもりはなかった。
 
 山の奥の方で、同じように指笛が響いた。



「あっちに、おれの村がある。アティカ。『欠けた月』の一族の、隠れ里だよ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

処理中です...