精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第1章

その22 父と娘

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               22

「何が起こった!」
 悲鳴を聞きつけたコマラパが駆け込んできた。
 続いてカントゥータ、ラトとレフィス、それにローサ。

 部屋の入り口には布を垂らして仕切ってあるだけで扉はついていない。


『おや、誰かと思えば。深緑しんりょくのコマラパ老師。お師匠様じゃないですか』
 およそ緊張感のない声をあげたのは、セラニス・アレム・ダル。

「おまえに師匠と呼ばれる筋合いはない。わたしを欺していたな!」

 コマラパの憤りなど、どこ吹く風。
 楽しそうにセラにスは歌い上げる。

『レギオン王国を一緒に巡ったのは楽しかったな。懐かしいな。だってコマラパ師、あきらかに『聖堂』に目を付けられてたし。あと少しで、助けた病人に密告されて異端審問に掛けられるところだったのになあ。これって恩を徒で返すってやつ? 裏切りって、すごい人間らしい行為だよね』

「まさか、おまえは。何もかも知っていたのか? 密告のことも」

『もっちろん! お師匠は何もわかってなくてかわいそうだった』
 セラニス・アレム・ダルは、コマラパの驚いた顔を眺めやり、楽しかった思い出話をするかのように、ご機嫌だ。

『ほんと残念だよ』
 くすくすと嗤う、笑う。

『そうすればエルレーンの大公は黙っていない。コマラパは大公が若い頃の教師であり、相談役を勤めていた。それを異端審問だとか火あぶりだとか。正義の人、エルレーン大公は黙ってはいなかっただろう。レギオン王国とエルレーン公国の友好関係も崩れ、戦争になっただろうね。沢山の人間が死ぬ。どれだけの血が流れるだろうね! ねえ、わくわくしてこない?』

「なんだ、この胸くそ悪い奴は」
 カントゥータが飛び出した。
 セラニスが、今しも首を絞めようとしているのはクイブロなのだ。

 飛びかかりざまに愛用の飛び道具、紐の先端に金属の錘(おもり)を結んだスリアゴを奮い、標的に打ち込む。

「なにっ! すり抜けた!?」
 危険な飛び道具スリアゴは、赤い髪の青年には当たらなかった。
 手応えもなく、何もない空間を通り抜けたかのようだった。

「あれは幻影だ。実体は地上にはない。ただ、あれは人の心を操るすべに長けている」
 レフィス・トールが言う。

「セラニスが触れているように見えるけど、実際に首を絞めているのは、クイブロ自身なの。このままだと、自分で死んでしまう!」

 ラト・ナ・ルアの叫びにカントゥータは次の行動に移る。

 投じたスリアゴを手元に帰す勢いにまかせ、今度はクイブロの身体に、先端の錘を絡ませ細綱をぐるぐると巻き付けた上で、引く。
 クイブロは勢いよく倒れ、床の上を転がってきた。

「姉ちゃん」

「しっかりしろ。起き上がれるか」

「動けないんだ。神経をどうかしたって……あいつが言ってた」

「大丈夫よ」
 クイブロの顔に、さらりと黒髪が落ちた。
 カルナックが、身を屈めてクイブロの頬を、いとおしそうに撫でたのだった。

「地上にいないセラニスには、人間に対して物理的に干渉する力はないから。だからこそ、降臨(インストール)できる器が欲しいんだわ」

「え。……え!? お、おまえ」
 クイブロは驚いて目を何度もしばたかせた。

「おまえ、だれだ?」

 彼の顔を覗き込んでいたのは、幼い子どものカルナックではなかった。

 年頃は十六、七歳。
 少女から若い娘へと成長する過程にある、大輪の花が開きかけたような、あでやかな美少女だった。

 あきらかに少女であると誰もがわかるのは、何も身につけていないからだった。

「私がわからないの? クイブロ。婚姻の杯を交わした、伴侶なのに」
 くすっ、と、美少女が笑った。

「カルナック!? うそだろ!」

「えええ!?」

「ど、どういうことさね!」

 クイブロもカントゥータも、ローサも仰天したが。
 一番驚いていたのは、コマラパだったろう。

「か、香織? 香織かおりなのか!?」

 それはコマラパ、並河泰三が前世で死別した娘、並河香織なみかわかおりの姿、そのものだった。

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