精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
36 / 144
第1章

その36 魔獣たちの名付けと事件の収束

しおりを挟む
                 36

「カオリはもう当分出てこないと言った。おれに場所を譲るって。でも、どういうことか、よくわからないよ」

 地面にぺたんと座りこんだままで、カルナックが涙をこぼしていると、膝に、柔らかく温かいものが乗ってきた。
 白ウサギのユキだ。
 普通のウサギ(ビスカチャ)はあまり人に懐かないものなのに、ユキは間違ってクイブロに狩られた後、カルナックに生き返らせてもらった。それが関係しているのかどうか、ものすごく、カルナックに寄ってくるのだ。

「ユキ。ユキ。……ありがとう」
 カルナックはユキを抱いて、白い毛並みに顔を埋めた。

 すると、それまで控えめに伏せていた大牙(タイガ)と夜王(ビッチェ)も、ゆるりと立ち上がって、近づいて来る。カルナックの傍らに寄ると、それぞれ右と左から、大きな頭をくっつけてきて、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 彼ら二頭を従えたのは『闇の魔女カオリ』だった。
 カオリが消え、カルナックが残ったところへやってきて、恭順の意をあらわす。

 少しくらい姿こそ違えど、匂いは、同じ。
 主人に変わりは無いと、二頭は認めたのだ。

「名を付けてやって。カルナック。彼らはそれを求めているわ。そうすれば、この子達もずっとそばにいて、あなたを助けてくれる」
 ラト・ナ・ルアがやってきて、カルナックに着せていた、カオリが身に纏うことで黒く変色していた衣を取り去り、新しい純白の布を被せた。
 精霊の与えた布は、見る間に形を変え、幼いカルナックにぴったり合う長さの。白い衣になった。

「名付け? おれが?」
 カルナックは戸惑い、頭を軽く振った。
 それにつれて、後ろで一つに結んで三つ編みにしたお下げ髪が、揺れる。

 カオリのときは、三つ編みは緩く、今にも解けそうになっていた。
 それが、幼いカルナックの姿になった途端、ローサが整えてくれたときと同じに、きっちりと編まれたお下げに戻っている。

「そうだよ、カルナック。名付けてやりなさい」
 レフィス・トールも促す。
 コマラパ、ローサ、カントゥータは、黙って見守っていた。

 しばらくの間、ものすごく真剣に考え込んでから、カルナックは顔をあげた。

「スアール(牙)。おまえは、それ」
 大牙に向かって、そう言った。

 それから次は、真っ黒な『夜王』を見据えて。呟く。
「ノーチェ(夜)。おまえは、これだ」

 二頭は頷いた。
 その名前を受け入れ、喜んでいるように、頭をぐいぐい押しつけてくる。

「うわあ。温かい……けど、なんかしめってる! それに臭い!」
 カルナックは辟易した。

「コマラパ! 姉さん、兄さん」
 困惑しきった様子で救いを求めて呼べば。

 彼らは動かず、かわりに飛びついてきたのは、クイブロだった。
 カルナックを抱きしめて、髪の匂いを嗅いで、囁いた。
「ルナ。おれの、ルナ」

「なんだよ、それ?」
 首をかしげてカルナックは聞き返す。

「おれがつけた。おまえの呼び名。おれだけの。カルナックの、ルナ」
 嬉しそうに言うクイブロの顔を見ていると、妙にむかっ腹が立ってきて、カルナックは彼の腹に肘打ちを食らわせた。
「なんでそんな、恥ずかしいことを……」

「あいたたたたた! 少しは加減しろよ」
 と言いながらもクイブロは懲りたふうもなく起き上がった。

「カオリが、最後に、おれに言い残した。おまえに名前を、呼び名をつけてやってくれって。そしたら、おれのほんとの嫁になるからって」

「なんだよそれ!」
 顔を真っ赤にしてカルナックは怒った。

「カオリも人が悪すぎるだろ! バカあ!」


「ルナ、ルナ。おれのルナ」
 クイブロは夢中で呼び名を囁き。
 カルナックの髪を結んでいた紐を、取り去った。
 髪に指を差し込んで、三つ編みを下から解いていく。やわやわにほぐれて波打つ黒髪が、広がる。

「なんてことするの!?」

「おまえが、確かにおれの嫁だって、村のみんなに報せたいんだ」

「おれは望んでないよ!」

 気が動転しているカルナックを、抱え上げた。
「連れてってやる。おまえがこんなに可愛いって、父ちゃんにも見せたい」

「ま、ま、待ってったら、クイブロ!」

 カルナックが止めてもいっこうに気にしないクイブロは、部屋に戻らず、外から回り込むつもりである。
 しかし、それは、コマラパに、そしてローサとカントゥータに阻まれた。

「わたしの娘に恥をかかせるつもりか!」
 魔神のような形相でコマラパは立ちはだかった。

「このバカ息子! その子をどうするんだい」
 ローサが呆れたように叫ぶ。

「髪を解いて、下着姿の嫁を連れて出るつもりか。父さんも叔父さんたちも、おまえが、ええと、その、な。やらかしたと、勘違いするぞ」
 カントゥータは、彼女にしては、歯切れが悪い。

「誤解させてもかまわない。でないと、出稼ぎに行ってる大兄や中兄たちが帰ってきたら、おれの嫁なのに、寄越せって言うかもしれないだろ!」
 クイブロは、必死だ。

「そんなことは、わたしがさせない。精霊様との契約だ。大兄にも口は出させないから、安心しろ」
 カントゥータは、胸を叩いて請け合った。

「そうだよクイブロ。部屋に戻って、この子に、晴れ着をちゃんと身につけさせてやらないと。母ちゃんに任せな!」と言ったのはローサ。

「……わかったよ。だけど、おれは絶対、誰にも嫁を渡さないからな!」

 コマラパに怒られ、ローサとカントゥータに諫められて、ようやくクイブロも、思い直したのだった。

                            ※

 部屋に戻ったカルナックは、ローサに世話を焼かれて、再び、晴れ着に身を包み、髪をきちんと編み直してもらった。
 この姿で、もう一度、大広間に戻り、クイブロと並んで座って、村人たちからの祝いの言葉を受ける予定だ。

「大兄アトクは横暴だけど、中兄リサスならきっと味方してくれるさ。村の皆に認めさせるのは、これからのクイブロの働き次第だろうね。それには、この子を巻き込んではいけないよ。まあ、頑張りな!」

 カントゥータは、クイブロの頭を、ぐしゃぐしゃと、たぶん撫でたつもりで、かき乱して、大きな口をあけて笑った。

「クイブロ。カルナックをよろしくお願いね」
「もし泣かせたら、覚悟はしているのだろうね?」

 極めつけに、カルナックの精霊の兄妹たちに『脅されて』責められたクイブロは、さすがに身を縮こめた。

「おれはずっと側に居ると、誓う。それから、この子に手は出しません!」

「……ふん! 男の約束など。なきに等しいわい!」
 コマラパは一人、憤慨していた。

「それにしても危うかった。クイブロがもう少し年上だったら、香織の誘惑を退けられたとは思えぬからな……」
 盛大なため息を、もらしたのだった。

   


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...