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第3章
その3 一日目の夜は更けて
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成人の儀に赴くクイブロとカルナックは、ときおり小休止をとりながら、ひたすら山を登り続ける。
しだいに道は急勾配になっていくのだが、一日目は、まだ緩やかな坂である。
「ルナ。ちゃんとローブを頭から被るんだ。涼しいけど、日差しはきついからな」
「わかった」
カルナックは、精霊に与えられたローブを深く被りなおす。
これは強い陽光も冷たい風も防いでくれる。
「クイブロは?」
「おれはいいんだ。慣れてるし、おれの外套だって油抜きしてないリャリャグアの丈夫な毛で織ってあるから、風にも雨にも強いんだよ」
一番上に羽織っている、マントのような一枚布を見せる。
「夜は毛布代わりにもなるし」
と、笑った。
「さあ、急ぐよ。夜は冷え込むから、風よけになる岩の洞で休むんだ」
「今から夜の心配?」
カルナックは首を傾げた。
まだ、青白く若き太陽神アズナワクは中空高く馳せている。空は澄み渡った藍色で、雲一つない。
「山の夜は、早いからな」
「うん、わかった……」
そう言いながらカルナックは、遅れぎみになっていた。
それを察して、クイブロは歩みを止める。
「ほら、乗れよ」
腰を屈めた。
「背中に乗れ。担いでやるよ。コマラパみたいに肩車はできないけどな」
カルナックは少しためらったが、言われた通りに、クイブロの背中に乗り、細い腕を彼の首に回した。
「重くない?」
「あはは。おまえはウサギより軽いから、大丈夫だよ」
クイブロは可愛い嫁であるルナ(カルナック)のためなら、たとえ重くても頑張ったにちがいないが、ずっと精霊と同じ暮らしをして、今も水しか飲んでいないルナは、本当に羽根のように軽い。
むしろ、不安になってしまう。
あまりにも人ではないように美しく儚く、いつか、この手を離れていってしまうのではないかと。
「クイブロ」
背中で、小さな囁きが、胸に響く。
「だいすき」
「うわー! おま、急に何を」
不意打ちである。
クイブロは、もうどうしたらいいんだろうと思いながら、火照った顔を見られなくてよかったと、足を進める。
立ち止まったら、自分は何かヘンなことをしてしまいそうだった。
カルナックを背負ってずんずん登ったおかげで、今夜の宿と決めていた大岩の洞穴には、日が沈む前にたどり着くことができた。
「ここは雪の祭りに向かうとき、いつも宿泊に使っているところだよ。雨風がよけられる洞穴は、村のみんなが泊まれるくらいは、あるんだけどね」
「うわあ、岩に穴がいっぱい並んでる! これどうなってるの?」
カルナックは目を見張った。
大きな岩盤が張り出してひさしのようになった地形で、さらに岩には幾つもの、数人が入れるような、くぼみがあった。
「掘ったんだよ。村のみんなで、少しずつ」
輝く雪の祭りに訪れるたびに、眠れるところを確保しようと村人たちが岩を砕きはじめて、いつしか沢山の穴が並んだ集合住宅みたいになっていた。
「今日は他に誰も居ないから、好きなところを選べるぞ。どこにする?」
「えっとね……」
嬉しそうに、クイブロの背中でカルナックが弾んだ声をあげた。
それを聞いていると、悪いことなんか何も起こるはずはないと、クイブロも信じられそうな気がした。
真ん中あたりの洞に泊まると決めて、準備を始める二人だった。
クイブロの厚い外套を敷き毛布がわりに岩穴の床に敷く。
魔物や、他の獣除けのために夜通し焚き続ける火の燃料、枯れ草やパコの糞を集める。
水は、カルナックが提げている小物入れの肩掛けポシェットに入っている。
昼と同じく、食べるものは少しで済むので、時間はかからない。
食事を終えてしまうと、長い夜が訪れる。
「さ、寒くないか? もっと、こっちに寄れよ」
「うん。クイブロって、温かいね」
精霊のローブに二人でくるまり、身を寄せ合っていれば温かいと、カルナックは笑う。
しだいに夜が更けていくにつれて寒さは厳しくなる。
欠けていく月が、空に昇ってくる。
「寒くないか。もっと…こっちに」
何かを期待するようにクイブロは更に身を寄せた。
が、カルナックは、「そうだ」と顔を輝かせた。
「スアール! ノーチェ! 出てきて」
二頭の獣は、主の呼び声に応えてカルナックの陰から出てくる。
そのまま、身体をすり寄せた。
ぐるぐる、ゴロゴロと甘えるように喉を鳴らしながら。
そのうえ、ウサギのユキまでカバンから出てきて、カルナックの膝に乗る。
「ありがとう、ユキ。スアール、ノーチェ。ねっ。ふかふかもこもこだよ。あったかいねクイブロ」
「あ、ああ。ほんとだな……」
クイブロは、残念そうな顔をした。
しかし二頭の大きな獣と小さいウサギの柔らかな毛皮に包まれるのは、ありがたい。
疲れもあり、すぐに二人は寝落ちした。
※
「ああ~、だめじゃないかクイブロ。おまえが火の番をしろ! 少しくらい寝ない覚悟をして嫁御を守れ!」
「まあ仕方ないだろう。あれは子どもだ。わたしたちが気をつけていれば良い。それにスアールとノーチェもいる。ユキもな。あれは小さいが、温かい」
息巻くカントゥータに対して意外にもコマラパは寛容だった。
「それより、カントゥータ殿も、これを。ラト・ナ・ルアから、ことづかったものだ」
取り出したのは、精霊の森の、白布である。
「女子が身体を冷やしてはいかん。これを纏えば、暑さ寒さを防ぐぞ」
「かたじけない。嫁御の親父殿がそう言われるならば。我らが夜の見張り番をしますか」
カントゥータは、それを受け取り、すばやく身に纏った。
「このあたりの魔物は狩ってあるのでは?」
「そうしてはいますが、どこかの縄張りからはじき出されてくるものが居ないとも限りません。警戒をしてきます」
すぐさまカントゥータは立ち上がり、夜の闇へと身を躍らせた。
「骨の髄まで戦士とは。さすがだな。では、わたしは自分のやれることをしよう」
コマラパは『聖なる言葉』を紡いだ。
魔除けと、魔物がいた場合にそれと知れるように陣を敷いていく。
これも『森の賢者』『深緑のコマラパ』と彼が呼ばれる所以である。祈りを大自然に捧げ、あたりを浄化することで、魔物は寄れなくなる。
「頼んだぞ、クイブロ。必ず生きて銀竜に会い、加護を頂いて戻るのだ。我らも陰ながら助力をしよう。まあ、カルナックのためだがな」
コマラパはこほんと咳払いをした。
冴え冴えと白い月が、彼らを見守るように輝いていた。
魔の月が昇ってくるのは、今夜、遅く。
そうなればコマラパも警戒のために動く心づもりだった。
「それにしてもセラニスは、まだ復活しないと見える。旅の終わりまで、ちょっかいをかけてこなければ良いが……」
一日目の夜が、更けていく。
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