83 / 144
第3章
その20 生命の司、ナ・ロッサ・オロ・ムラト
しおりを挟む20
夜、焚き火を囲み、カントゥータとコマラパは、互いの事情を話し合いはじめた。
コマラパは、カルナックが自分の本当の子であることを。
それにはカントゥータも驚いた。
「なんという不思議な巡り合わせだろうか!」
「世界の大いなる意思の、導きだ」
コマラパは、かつて出会った巨大な大地母神の姿を思い起こす。
「しかしめでたいこと。では嫁御は、一人ではないのだな」
「わたしがいなくとも、クイブロがいるではないか」
「親は、別だ」
彼女にしては、食い下がる。
「子どもにとっては特別な存在だ」
やがてカントゥータは、プーマ家の長兄アトクにまつわることを口にした。
「アトクは生まれつき変わった子だった。母ローサは、銀竜様から加護を得たが、同時に試練も授かった。生まれるであろう子の中に、害を為すものが混じるであるだろうと。それは母が乗り越えるべき障壁だったのだ」
長男アトクは「野生のキツネ」を意味するその名前の通りに、力が強く、皆を率いていくカリスマ性があった。
生来、口はうまく、交渉ごとが得意だった。
ただ、弱者に向ける目は冷淡だった。彼が小動物を殺すのを、末の妹として生まれたカントゥータは、何度か目撃した。
次男リサスは、銀竜の加護の恩恵を受けた。利発で聡明、心優しく、アトクが皆に乱暴な言動をするのを諫めていた。
「アトク兄はいつの間にか自分こそが村長を継ぐのだと思い込んでいた。できのいい次兄のリサスは、嫉妬の対象だったのだろう。リサスがアトクのせいで怪我をさせられたことも少なくない」
そしてアトクが更におかしくなったのは、三男のクイブロが生まれてからだった。
「クイブロは良い子で、リサスに似た優しい子だ。上の三人に比べて年が離れていることから、母も父もクイブロをかわいがった。……それがアトクの逆鱗に触れた。そして、村長を継ぐのが女子であると決まっているために、自分が長になれないと知ったことだ。このわたしが死ぬなど、しないかぎり」
きっかけは三年前の投石戦争だった。
四年に一度、村が二手に分かれて争い合う行事。
戦士としての戦い方を忘れないように続けられてきたものである。
アトクは勝利にこだわった。
まるで、リサスとカントゥータの入っている西軍に勝てば、自分が村長と認められるかのように。
「結果は?」
「リサスとわたしが勝った。リサスは最初から、村長は女が継ぐものと理解していて、戦闘経験の少ないわたしを立ててくれたのだ。それが、アトクには気に入らなかった」
「女性が村長になる慣習なら、アトクという青年には、見込みはなかったのでは」
「そうだ。しかしアトクは、覆せると思っていた。そして、叶わないと知った途端に、荒れた」
特に、同じ家に暮らすクイブロは、気にくわなかったのだろう。
集中して、嫌がらせを受けた。
食事のときにはアトクがまず食べ、残りを兄弟に渡した。
ローサが激しく怒ったのだが耳を貸さなかった。
他にも、クイブロが可愛がっていたプルンコゥイ(ネズミに似たペット)が、殺されていたこと。父母にもらったパコが、崖から落ちたこと。
いずれもアトクが関わらなくても起きた事故だったかもしれない。だが、アトクは、村の少年たちに、自分がやったと誇らしげに言ったのだ。
クイブロの大切なものを殺したのと同様に、カントゥータの連れ歩いていたフクロウも、殺された。
リサスの気に入っていた虎の子も、崖から落ちて死んだ。
大切に飼っていたので、考えられないできごとだった。
やがて、リサスは、アトクのそばにはいられないとカントゥータに告げ、村に出入りの「早便」という通り名の情報屋に頼み、出稼ぎ先をさがして村を出て行った。
「早く村から逃げたほうがいい」と、かわいがっていた妹カントゥータと、末の弟クイブロに忠告して。
アトクは、自分が村に戻るときは村長と次期村長を殺して後釜に座ると宣言して、荒々しい戦場に向かった。
リサスが選んだ、高潔で知られる精霊枝族ガルガンドとは、まるで対象的に、グーリア帝国の荒くれた傭兵軍に加わったのだ。
これまで「欠けた月」の一族がグーリア帝国やサウダージの軍に荷担したことはない。それ故に父母が引き留めるのも聞き入れ無かった。出世のしやすい軍だといって。
「だからクイブロは恐れている。アトクが嫁を奪うのではないかと」
「アトクという青年が帰ってくると、情報屋が言ってきたそうだな」
カントゥータの話を聞きながらコマラパが思ったことは。
アトクは、サイコパスではないかということだ。
反社会的精神病質の一種。
善意を持たず、良心や罪悪感を持たない。
平然と嘘をつく。他者に冷淡で共感しない。
弁舌爽やかで人の心を操るにたけている。
自己中心的。
それらの性質をカントゥータに告げたところ、「かなり思い当たる」と言った。
「ならば、彼が改心するなどとは思わないがいい。村に寄せ付けず、追い払うべきだ」
「コマラパ殿も手伝ってくれるか?」
「わしの可愛い子どものためには、アトク兄というものは、いないがいいと思われるからな。僭越ながら、手伝おう」
「それは願っても無いこと」
「しかし、精霊たちが告げた「悪霊」とは、アトクのことだったのだろうか?」
「さてねぇ……」
いろいろと話し合っているうちに、夜半も過ぎた。
夜明けの近い空は、しんと澄み渡っている。
「おお寒い! 精霊の衣を貸してもらわなかったら、凍えているかもしれない」
カントゥータが、手元の焚き火をかきたてた、そのときだった。
空高く、銀色の閃光が長く尾を引いて輝いた。
不思議な光景だった。
流星でも隕石でもない。
銀色の輝きが軌跡をのばして、縦横に飛び回っている。
実は、これは銀竜の飛行だったのだが。
多くの土地で、不可思議な神の奇跡と呼ばれた現象になったのだった。
「ううむ。なんとなくだが、カルナックが関わっている気がしてしかたない……」
コマラパはひとりごちた。
「ええ、そして間違いなく、わたしの妹、ラト・ナ・ルアもね」
そのとき、コマラパとカントゥータの背後で、声が響いた。
「精霊様!?」
すばやくカントゥータが反応する。
レフィス・トールが立っていた。
しかしそこにいたのは、レフィス・トールだけではなかった。
レフィスとラトよりも年上に見える、二十代半ばと見える、ひとりの、やはり精霊族の女性が佇んでいた。
髪の色も目の色も、精霊族そのもの。
神の手になる至高の美を体現したかのような姿も。
「これはこれは。貴き精霊様。お目にかかれて光栄です。わたしは大森林の出、コマラパと申します。失礼ですが、あなた様は?」
コマラパは礼をとる。
「年若き者たちが世話をかけました。わたくしは、ナ・ロッサ・オロ・ムラトと申します」
彼女もまた、人間達に頭を垂れて、礼をあらわした。
「彼女は《生命の司》。原初の存在。我々兄妹の指導をしてくれています」
レフィス・トールは、これまでになく畏まっていた。
「若き者? と、おっしゃられた?」
コマラパが尋ねる。
「ラト・ナ・ルアと、レフィス・トール。彼らの年齢は、あなた方の数え方で半世紀にも満たない。もともと、現在カルナックと名乗っている人の子を守護するために『世界の大いなる意思』が造り出した子らです。これまでは、精霊族は、若き者たちにだけ、人間と接触することを任せていましたが、我々、年長者も、あなた方と触れ合うべきというのが、『世界の大いなる意思』の意向なのです」
ナ・ロッサは、どこか憂いに満ちた微笑を浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~
日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ―
異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。
強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。
ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる!
―作品について―
完結しました。
全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる