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第3章
その22 銀竜様が着地したら
しおりを挟む22
「あああ~、やっぱり! 《生命の司》が来てる……」
銀竜の背中に乗っていたラト・ナ・ルアは、突然叫んで、立ち上がった。
「どうしたの姉さん」
しかし、ラト・ナ・ルアは、はたと我に返り、銀竜の背中で手を繋ぎ合っているクイブロとカルナックに、無用な心配をかけまいと、笑顔を向けた。
「ああ、いいの。今のは気にしないで」
銀竜はまっしぐらにルミナレス山麓に向かって降りていく。
近づけば、そこに数人の人影が認められた。
「あれっ!? コマラパ?」
「カントゥータ姉ちゃん!?」
カルナックとクイブロが、それぞれに声をあげる。
と、銀竜も、地上の人影に目をやって、ぼそりとつぶやいた。
といっても銀竜の巨体にしては、というレベルなので、つぶやいたつもりで、ごく普通の会話になっているのではあったが。
『それに年長の精霊族も、おるようだの。ほっほお。懐かしい、いまいましい、食えない女が……あやつも未だ、人間達に干渉しておったか』
「アルちゃん、精霊族に、知り合いがいるの?」
不思議そうに尋ねるカルナック。
銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)は答える。
『儂も、いいかげん、竜生が長いからの。ラトなどは、わしからすれば孫娘のようなもの。可愛い子だわい。おまえたちと同じように』
するとラト・ナ・ルアは、気分を害したように、ぷいっと横を向く。
「ふんっ。あたしだって経験をつめば、山に籠もってるドラコーふぜいにお子様扱いされないような、もっと大人の『やり手』みたいになるんだから!」
それを聞いた銀竜、アルちゃんは、慌てた。
『いや、儂は決して悪い意味で言ったのではないぞ。むしろ、ラトのような年若い精霊には、下手な人間と接して欲しくはない。生命に穢れを内包する人間は少なくないのだ。だから、儂ら竜(ドラコー)は、人里には近づかんことにしとる。そんなものは、な』
「なによぅ」
『そんなものは、古株に任せておけばよい。あのナ・ロッサのような』
※
ルミナレス山の中腹にいるコマラパとカントゥータ、そして精霊族のレフィス・トールとナ・ロッサ・オロ・ムラトは、空を縦横無尽に飛び回る銀色の閃光を目撃し、それが近づいて来るのを、じっと待った。
閃光は、しだいに動きを緩め、形がはっきりと判別できるほどに距離を縮めてきた。
雄大な翼を広げて滑空している、銀色の竜の姿だ。
銀竜は、ゆっくりと山腹に降り立った。
着地の瞬間、ぶわっと風が巻き起こり、やがて静まった。
銀竜は翼を畳み、膝を折った。
背中に乗っている子供たちへの配慮だった。
竜の身体には、つかまりやすいようになのか、首と足の付け根に帯が渡されていた。それを握りつつ、最初にクイブロが地面に降り立った。
途端によろけたが、足を踏ん張り、振り返って、手を差し出す。
「だいじょうぶだ。ルナ、おいで」
「う。うん、なんか踏みはずしそうだなあ」
クイブロの呼びかけに応え、カルナックが多少ふらつきながら降りてきて、クイブロのひろげた腕に飛び込んだ。
「ラト! きみで最後だ。降りておいで」
地面で待ち構えているレフィス・トールに呼ばれ、ラト・ナ・ルアは、しぶしぶながらといった風情ながら、足取りは軽やかに銀竜の背中を離れた。
「ただいま! ぱぱ」
カルナックはクイブロの手をすりぬけて、一目散にコマラパに駆け寄った。
「村で待ってると思ってた。どうしてここに?」
「心配だったんだよ。無事でよかった」
「もちろんぶじだよ。クイブロが一緒だもん」
「だからこそ案じていたのだ。……また、少し育っているだろう? キスしたのか」
「あっ…えっと、それは、その」
「いい。後でゆっくり、クイブロを問い詰めるからな」
いったんは愛しい嫁を抱き止めたのに、空になってしまった腕を、じっと見つめるクイブロ。
「残念だったな、愚弟よ」
カントゥータは、笑いを懸命にこらえていた。
クイブロは、気まずいのを誤魔化したくて、咳払いをする。
「姉ちゃんどうしたんだよ。おれの成人の儀だろ。カルナックとコマラパは、いいとしてさ。姉ちゃんが来てるのは、おかしくね?」
「わたしはコマラパ老師の護衛として付き添ってきただけだ。最初は、おまえたちが村に帰りつくまで影ながら見守るだけのつもりでいたんだが」
「それでは間に合わないと言ったのは、わたしだ」
レフィス・トールが、進み出た。
『すなわち、そなたら精霊の主、世界の大いなる意思か』
そう断じた銀竜の足下へ近づいていったのは、精霊族の、一人の女。
「お久しぶりね、アルゲントゥム・ドラコー。いつぶりかしら」
堂々として立つ、銀髪の女。
若々しい容貌にもかかわらず、威厳を漂わせている。
『そうだのう。ナ・ロッサ・オロ・ムラト。そなたが《世界》の御遣い、人間との交渉役として初めて現れたときのことを、儂は、いや、儂を構成する存在のどれかは、まだ覚えておるがの……』
銀竜は目を細めた。
『それはそれとしてだな、ラト・ナ・ルアを怒らないでやってくれぬか。精霊族としては、あってはならぬ行動をしたのだろうが』
その言葉に、ラトはびくっとして、神妙にうつむき、ナ・ロッサの目は険しくなった。レフィス・トールは、常に心配そうにラト・ナ・ルアを見ている。
銀竜は、言葉を続けた。
『この子は、ひたすらカルナックの身を案じて、ただ、それだけのために、単身、ルミナレスの頂上まで赴いてきたのだから。この子らに多くの加護を与えてくれと願い、儂に頭を垂れるまでして、精霊たちよ、そなたらが命を救い、守り育ててきた愛し子を守ろうとしたのだ』
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