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第4章
その21 《欠けた月》の守護者
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セレナンの世界神が、おれをうながす。
たった一つ、願いを叶えてくれるというのだ。
なぜならば。
神は、言った。
『アトク。おまえは預かり知らぬことだが、そろそろ教えてやってもよいだろう。おまえは我が代理人として、この世界に呼び込んだ。我が意思に従って、おまえは殺さざるを得なかった。そういう運命だったのだ』
それについて、おれは。
あまりの衝撃で何も考えられなかった。
文字通り凍って(フリーズ)しまった。
おれが?
神の代理人?
おれの殺しは、そのため?
そんな。
「そんなバカな!」
『思い返してみるのだな。おまえはただ殺した。そうせざるを得ない状況で。それによる快楽は得られなかっただろう? だいたいおまえは、それ以外に犯罪をしたか?』
「いや、したよ。スリとか窃盗とか……」
……した、はずだが。
なぜか確信が持てなくなっていた。
あまりにも多くの転生の記憶が押し寄せてきて。
自分の存在とは、いったい?
『気にするな。全て些細なことだ』
神は、笑った。
『それにおまえの願いなど、聞くまでもない』
「ああ、そうだろうさ」
何しろ相手は《世界》なんだ。おれの考えなんてお見通しだろう。
『おまえのささやかな望みを叶えてやろう。果て無き輪廻から外れ、死者と咎人と幼子の護り手なるイル・リリヤの使徒《銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)》と同様に、《欠けた月の村》の守護者となるがよい。それが罪の償いともなるであろう』
「ああ、それが、おれのたった一つの願いだ」
『その手にある剣は、持っていくがよい。能力も《銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)》にひけは取らぬようにし、いつでも《世界》にアクセスできる権利も与えよう』
「そっちのほうは、微妙だな」
正直な感想を言ってしまったが、世界神は気を悪くしたようすはなかった。
『では村の新しき守護者アトクよ。おまえを運命の分岐点に送り出してやろうぞ。みごと悪い運命に打ち勝ち、村を守り通すところを我に見せてくれぬか?』
「見せてやるよ。この剣でな!」
世界神は、面白がっているように笑った。
あとのことは、よく覚えていない。
身体が《神の使徒》へと組み替えられていく。
どれほどの時間を要したのか不明だが、もとより、この空間に来たからには時の流れなど意味をなさない。
そしておれは、目を開けた。
銀色の光に包まれていると感じたが、やがて銀色は薄れていき、見慣れた地上に、両足をつけて立っていた。
生まれ故郷の村に近い、山腹だ。
眩しくて瞬きをした、おれは。このときになってようやく、両目が見えていることに気づいた。
グーリア帝国軍に所属していたときの戦闘で失ったはずの。
生まれ変わったような気分だ。
身体が軽い。
なんの障害もない、どこまでも動けそうな気がする、十代の頃のような身軽さと、鍛え抜いた二十歳の頃のような身体能力を感じる。
さて。
世界神の言葉を思い出した。
おれは、運命の分岐する瞬間に行き会うはずだ。
※
グーリア帝国の開発した人工神経組織が、おれの死後、妹カントゥータを次の宿主に選び乗り移ろうとしている、まさにその現場。
「ふざけんな」
思わず口をついて出た叫び。
冗談じゃない! 終わりなき輪廻の果てに得た大切なものを。失ってたまるか!
すばやく剣を抜いておれは怪物に斬りかかった。
反りの入った刀身をふりかぶる。
黒光りのする、木目にも似た文様が表面に浮き上がっている鋼の剣で、グーリア帝国の駆竜の腹からのびた、人工神経組織を断ち切った。
忌々しくも、そいつはおれの妹、カントゥータを次の獲物に狙っているのだ!
アトクとしての記憶が鮮明によみがえる。
小さい頃から、じゃけんにしても懲りず諦めず、「大兄」と慕って、いつもあとを追ってきた妹カントゥータ。
もっとも妹という感じはしなかった。
カントゥータという名は、高原に咲く赤い花の名前をとったというのに、荒っぽくて、村の男の子たちとケンカをよくして。まるで弟のようにしか思えなかった。
すぐ下の弟リサスは気性が穏やかで、賢く、村長の役目が忙しい母の分まで、手の掛かるカントゥータの面倒をよくみていてくれた。
村の子どもたちは、リサスのほうが姉のようではないかと、からかったものだ。
男の子にまじって岩に向かって投石紐をふるったり、リャリャグア山羊の毛を刈って自分でスリアゴを作ろうとして母ちゃんに怒られたりしていた。
だけれども、やっぱり、本音を言えば、おれは妹が可愛いのだった。素直な気持ちを表現するすべを知らなかったけれど。だから妹に近づく男は、わからないように追い払った。妹の飼っていた獣を殺して、隙を作り、つけいろうとしたヤツまでいたからな。
可愛いと褒めたこともなければ、頭がいいとおだてたこともないカントゥータに戦闘の経験を積ませてみれば、大人顔負けのはたらきをする。
もう少し、ゆっくりと、カントゥータの剣づかいを見てやることができたら。動きの無駄なくせを取り去ってやれたら。
立派な剣士になれただろうに。
※
「おれの妹に手を出すな!」
気がついたらそう叫んでいた。
生体接続端子を断ち切ったとき、俺の周囲に、ぽうっを青白い光の球体が集まってきた。
「そんな……!? そんな、まさか、アトク兄!? なんで、昔のまま……」
カントゥータは、言葉を失った。
大きな目を瞬いて、おれを、見あげる。
その傍らにいる黒髪の少女に、目を引きつけられた。
おれと同じように、おびただしい精霊火が、周囲にまとわりついていた。精霊に愛されているか、精霊に近しい存在である証だ。
滝が流れおちるような長い黒髪を三つ編みにし、漆黒の瞳と、透き通るような白い肌をした、十二歳くらいの少女。
女には興味を持ったことのないおれでも、めったにいないほどの美少女だなと感じてしまった。
カントゥータの言うことには、この黒髪の少女の名は、カルナック。
この子が、我がプーマ家の末弟クイブロの嫁か!
可愛い嫁のために、クイブロは懸命に、頑張っていたっけな。
などと感慨にふけるおれは、後々、カルナックの行動に、とんでもなく驚かされることになるとは、まだこの時点では想像もしていなかったのだ。
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