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第4章
その22 守護者アトクの再出発
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常々、自分自身『価値など無い者』『死ねばそれで終わり』と思っていたのに、こんなクソったれのおれが『世界の意思』の代行者であるという。
思っても見なかった。
それが、おれの運命。存在意義だったとは。
言われてみれば、おれは記憶をいじられていたのかもしれない。
村を出て三年の間に、すぐに軍に入って大量虐殺を経験したのは確かだが、それは軍の命令だったし、実際にどれほどの人間の命を奪ったのか?
おれが思うほどに多くはないと、『世界の意思』は、笑った。
ひとの人生を、まるで楽しい演目であるかのように。
しかし世界は、最後に、おれに情けをかけた。
長年の働きに報い、たった一つ願いを叶えてくれるというのだ。
そして、おれは輪廻の輪から外れて、『欠けた月』の村の守護者になった。
※
三年前に別れた妹カントゥータは、なんだか男っぷりが上がって女たらしの素質に目覚めたようだった。
確かに……思えば片鱗はあったな。
何しろ、祭りのために女の子たちは晴れ着を喜んで身につけるのに、カントゥータはポリエラ(スカート)をはくのを嫌がって、いつものように男の子と同じものばかり選んだ。せっかく母ちゃんが張り切って仕立てた晴れ着だったのに。
それきり二度と女の子らしい晴れ着をあつらえることもなかったわけだが。
次に、クイブロの嫁だという美少女カルナック。
まだ十三歳のひよっこ、おれたちの末っ子クイブロが、同い年くらいの綺麗な嫁を貰っていたということも驚きだった。
死にかけていたおれが最後に目にしたものは、村へ向かって突進する駆竜と、その前に立ちはだかる妹カントゥータだった。
筋肉バカだバカだと思っていたが本当にバカだな。
人間に、駆竜を止められるわけがない。
カントゥータも死んでしまうのか。せめて生きのびてくれと願った。
そのとき、おれは。信じがたいものを見た。
疾走する駆竜めがけて『リウイ』が飛んできて、駆竜の後足を絡め取ったのだ。
リウイというのは、おれの故郷の村で用いられている、家畜の足を止めるための道具で、三つの錘を腕の長さほどの紐で結び合わせたものだ。
駆竜は後足で立ち上がって二足歩行している。後足を錘付きの丈夫な紐で絡め取られて、勢い余って前のめりに、すごい勢いで倒れ込んでいった。
リウイを投げたのは誰だ?
見れば、長い黒髪を三つ編みにした幼い少女が、立っていた。
「おねえさま!」
そう呼んだ。
カントゥータのもとへと少女が駆け寄っていく。
それが、人生最後に見たものだった。
もっとも、おれの身体はとうに死んでいたのをグーリア帝国につけられた『生体接続ユニット』とかいうものによって操られていたものだから、そのときにはすでに急速に崩れ始めていたので、本当の『目』で見たのかどうかは、わからないのだが。
※
村の『守護者』として帰還したおれは、改めて、黒髪の少女へと視線を移した。
きっちりと三つ編みにした、つややかな長い髪。
真っ黒な、愛らしい瞳。
その瞳にはときおり、精霊と同じ水精石色の光が宿り、きらきらと輝く。
細っこい身体だな。
もう少し肉を食わせたほうがいいな。
女はこう、柔らかくて、ぽっちゃりしてるくらいが…いや、そうではなくて。
羽織っているのは、母ちゃんの手製の肩掛けだ。織り込んである模様でわかる。それに、丈の短い上着、ひだの多いポリエラ(スカート)。
おや、これは昔カントゥータが作ってもらった晴れ着じゃないか。
クイブロの嫁、つまり我がプーマ家の嫁かぁ。なるほどな。
それにしてもだ。
(なんてぇこった!)
末の弟クイブロの嫁だというカルナックは、ただ者ではない。
周囲におびただしい数の精霊火(スーリーファ)が集まっている。
『世界の意思』とリンクして『守護者という名の紐付き』になった、おれには、わかる。なんて非常識で規格外な。
これは……この子は、『世界(セレナン)』と同じだ。
まるで、精霊そのものじゃないか。
この美少女はカントゥータの傷を治した。
動脈にまで達していたのだが駆竜の襲撃という非常時だったために、きつく縛るしか処置をしていなかった傷。
これを放置しておけば手が不自由になる可能性があったのだが、適切な処置を施す時間はなかったのだ。
しかし、カルナックが傷口にキスしたかと見るや、精霊火が集まってきて、あとかたもなく完璧に治すという無茶ぶり。
この黒髪の美少女は、おれを見透かすように見て、言った。
「あんたが、アトクっていう人? クイブロのお兄さん? あんたも、世界に、おねがいしたの?」
(やれやれ。まいったな)
「そうだ。おれの願いは世界に届いたのさ」
こう答えたおれは、振り返ってカントゥータを見やる。
「きれいな子じゃねえか。妹よ、この子がクイブロの嫁かぁ。こりゃあ、我らが愚弟は、めいっぱい頑張んなきゃいけねえやな」
なんの憂いもなく、心から笑ったのは、何年ぶりだろう。ガキの頃以来かもしれない。カントゥータは妙な顔をしていたから、おれの笑顔なんて初めて見たのかもな。
行動開始だ!
おれは駆竜の頭を叩き落とし、腹に大きな穴を開けた。
「任せて!」
カルナックは懐から小さな袋を出して、中身を駆竜に投じる。
盛大な爆発が起こった。
以前にクイブロにもらっていたという火薬弾をぶつけたのだ。
とんでもない嫁だな。
駆竜と共に、取り付いて操っていた『生体接続端子』である白い石塊も砕け散り、その活動を止めた。
「おお! やったな嫁御!」
カントゥータは喜び、カルナックを軽々と抱き上げて、喜びをあらわにした。
仲が良いようで、何よりだ。
「さあ行こうぜ、妹よ。そして精霊の愛し子にして我が愚弟の嫁よ。駆竜たちの人形部隊から、村を救う。おれは、死んで生まれ変わったのさ」
そして付け加える。
「ま、これ以上は二度と生まれ変わることはないがな」
「どういうことなの兄さん!」
カントゥータは、ショックを受けたような顔をして尋ねた。
相変わらず脳筋のカントゥータには、理解し難いだろうな。
「おれは死んで、世界の意思というやつに会った。そして選んだ。生まれ変わるのをやめて、おまえたちの、この村の守護になる」
「え?」
やはり理解が追いつかないカントゥータ。
「銀竜さま、みたいに?」
尋ねたのは、カルナック。
してみるとこの子は、銀竜に出会っているのか。
銀竜の加護持ちか?
だからカントゥータの傷を完治させることができたのか。
「そうだ。おれは確かに死んだが、世界の意思を代行する者となって、おまえが手向けにくれたこの刀と、力を与えられてこの世に戻ってきたんだ。この世がある限り、欠けた月の村の守護者となってとどまり続ける。これ以上は死なないが、生まれ変わりもしない。それが、おれの、たった一つの望みだ」
カントゥータとカルナックを引き連れ、村へと急ぐ。
村の周囲には、おびただしい数の精霊火が集まってきていた。
駆竜の咆哮が聞こえる。
やつらが暴れているのか。
石を積んで作られた家々の壁が、崩れたり、家畜の石囲いが壊れている。
しかし囲いの中に家畜はいないし、人間の姿は見えない。
「村の人間は?」
カントゥータは答えた。
「全員、山へ逃がした。危険だからな。母ちゃんは村長だから残ると。クイブロもだ」
「まさか駆竜と戦うってんじゃ、ねえだろうな……そいつは無茶だぜ」
「母さんのことだから、無茶でも、やる」
「だな」
さて。父ちゃんや、クイブロと母ちゃんは、どこだ?
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