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第5章
その5 カントゥータの挑戦
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カントゥータ・ロント・プーマと名乗った美女を、ミハイルは見返す。
向こうも、彼とシャンティとを値踏みしているのがわかる。
(悪くない)
ミハイルは認めざるを得なかった。
日焼けした肌色、野性的な顔立ちをした長身の美女。
まとめて三つ編みにしてある赤みを帯びた長い金髪は、ほんの少しだけ手入れをすれば艶めいて華やかに美貌を彩るだろう。
大地を思わせる褐色の瞳は、このうえなく挑戦的に輝いて、まるで獲物を狙う肉食獣か、猛禽類だ。
端的に言えばミハイルの好みのど真ん中だった。
彼もまた、生まれ付いての戦士だったからだ。
もともと女嫌いというわけではなかったミハイルだが、何代にもわたり護衛を務めてきた家に生まれたせいか、どちらかといえば女性達には『何を考えているかわからない』とか『戦うことばかり考えていらっしゃいますよね』などと敬遠されがちだった。
そして、シャンティの護衛となり、共にアステル王家を離れてからは、女に目を向けるような状況ではなかった。
ミハイルは杯を一息に干した。ひどく喉の渇きを感じたからだが、強い蒸留酒は、水代わりとまでは、いかなかった。
「ほう。いける口か、お客人。それはピスコ。普通は果汁で割って飲む蒸留酒だ」
カントゥータが、にやりと笑う。
二人の間に見えない緊張の糸が張っているのをよそに、シャンティは、味わうようにゆっくりと杯を傾け、堪能していた。
「そういえばまだ正式に紹介していなかった。お客人。こちらは次期村長、プーマ家の跡取り娘カントゥータ・ロント・プーマ。我が娘の伴侶は、彼女の末弟でな」
深緑のコマラパが、間を取り持った。
「そういうことだ。で、お客人は?」
カントゥータが、あごで促す。
「嫁入り前の娘が、はしたない」
コマラパは顔をしかめ、窘めた。
「だが今宵はわたしの見合いの席でもあるのだ。遠慮している場合ではない」
カントゥータは二人の青年を見やった。
「こちらこそ、ご無礼を。わたくしはシャンティ・アイーダ・アイリと申します。エルレーン公国『聖堂教会』本部に所属する司祭(プリースト)。このたびは正式な外交官としての任を帯びて各地を視察しております」
シャンティは深く上半身を折って頭を垂れ、最大限の敬意を示した。
「そしてこちらはミハイル・エスト・レヴァン。司祭補です。わたくしの親族で、武術の心得があり、非力なわたくしの護衛をしてもらっています」
「ミハイルだ」
紹介されたミハイルも同じく、深い礼を持って敬意を表す。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。わたしはクーナ族の、深緑のコマラパ。家名はない。我が娘はカルナック・プーマという。プーマ家と婚姻の契約を交わしているからな」
「しかしコマラパ様はエルレーン大公より直々に家名を賜ったと聞き及んでおりますが」
シャンティは口を滑らせた。酒が入っていたせいもある。
「ほほう。それを言うなら、お二方とも高貴な家の出とお見受けするが。アステル王家の第八王子シャンティ殿下? それに王国の盾、レヴァン家の六男ミハイル。聞くところによると戦う大天使の名だそうな」
「驚きました。それをどこで」
「教えてくれる情報通の知人がいるのだ。アルという永遠の青年でな。とはいえローサ村長が連れてこられた客人が、探していた相手だとは、しかも正式な外交官であったとは、こちらも意外であったよ」
「我々『本店』は……いえ、エルレーンの『聖堂教会本部』は危惧しています。レギオン王国で国教となった『聖堂』は、何事にも過激で性急すぎる。我々、本流の考えからすれば、彼らの教えこそ異端なのです」
「なるほど」
頷くコマラパ。
「ふーん。面倒だな。まあこのさい、どうでもいい」
カントゥータは、気ぜわしい様子だ。
「ともかく、わたしと手合わせをしようではないか! お客人」
ぴしっとミハイルを指した。
わくわくした様子に、キラキラと輝く目。
「はぁ!?」
呆れるシャンティ。
「おう。望むところだ」
なぜか血が騒ぐミハイルは答えた。
「ふふふ。武器を携行していないということは格闘家か? 面白い!」
カントゥータの戦士魂に火が付いた。
「ねえ、ぱぱ。コマラパ」
クイブロと手を繋いでカルナックがやってきた。
「きゅうこんしゃのひとたち、みんなカントゥータ姉さまに負けちゃったの。がっかりしてたよ」
「大丈夫だ。カントゥータは、次の相手を見つけたからな」
「あ、さっきの兄ちゃんたちか。だけど、コマラパ老師、言ってないよね? 教えてあげなくていいのかなぁ。うちの姉ちゃんに勝ったら、婿になるって」
「……今さらか? なに構わんさ。後で考えればよいじゃろう……」
そう言っているコマラパの顔は、楽しそうである。
「え? え? なんですかそれ! 聞いてないです!」
シャンティは、一人、慌てるのだった。
「うちのミハイルが婿入りしたら、護衛がいなくなって困ってしまいますぅ!」
カントゥータの見合い、つまり『婿入り資格勝ち取りトーナメント』最終戦は、これから始まる。
※
この世界における歴史の始まり。
それは真月の女神に抱かれた《死者と咎人と嬰児》が、この世界《清浄な蒼き大地》に降り立ったときである。
これより聖暦が始まる。
当時、《世界の大いなる意思》の代行者として現れた精霊(セレナン)たちと、直接、交渉の場に臨んだという古アステル王国。
だが、聖暦2000年代には、既に見る影も無い。
凋落の原因となったのは聖暦1000年代に端を発した、王族内部の争いである。王位継承権を持つ者の不審死が相次いだ。当時の王ラルカ・アステル七世は、かの悪名高い《名跡売り》すなわちアステル王家からすれば新興国である東ノスタルヒアス王国(後のレギオン王国)に、首都に《アステルシア》と命名することを許した。見返りとして彼はレギオン王家の協力を得て、自国の王族に対し大規模な粛正を行った。結果としてアステル王国は衰退の一途を辿ったのであった。
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