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第5章

その6 カントゥータとミハイルの戦い

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 ミハイル・エスト・レヴァンは困惑していた。
 いったいどうしてこんなことに。

 久しぶりに相当の遣い手と思える戦士と遭遇して、血が騒いだのは確かである。相手が女性だったことは関係ない。
 手合わせをしようと持ちかけられて乗り気になった。主持ちの護衛としての立場からすれば軽率だったことは否めない。それも認める。

 銀色の空に覆われた白い森。空き地に白いキノコが描いた大きな輪の中。直径は10メートルほどもあろうか。

 輪の端に立った、次期村長であるカントゥータが、宣言した。
「この『精霊の輪』から出たほうが負けだ。どんな手段でもいいが、わたしを倒せるか、北の戦士?」
 女王の威厳を持って。

「そちらこそ。お手柔らかに」

「いいぞ! こんどは銀髪の兄ちゃんか!」
「がんばれ!」

 どっ、と歓声が上がった。
 驚いたミハイルは、ここに至って初めて周囲を見渡して、輪の外にびっしりと観客がいることに気づいた。
 毛織りの衣装をまとった、村の老若男女。
 温かい声援を送ってくれている村人たちとは別に、十人ほどの青年達がいた。
 年齢は二十代前半くらい、揃って容姿端麗。
 上質な亜麻や絹などの素材を使った服を着ており、村の青年達ではないことが明らかだった。

 彼らは、口々に叫んでいた。
 声を合わせて。

『ま・け・ろ』
『ま・け・ろ』
『ま・け・ろ』
『ま・け・ろ』
『後から来てずるいぞ!! おまえも負けてしまえ!』

 ミハイルに、負けろと叫んでいるのだった。

「はぁ? 同じ男だというのに応援しないとはなんだ、あいつらは」
 いまいち状況を把握しているとは言いかねるミハイルだった。

 青年達が、なぜこの場所にいるのか。
 その目的は?
 そんなことを思ってもみない。

「ああ~、心配です! うちのミハイルは真面目なだけが取り柄で。駆け引きが苦手なのです!」
 シャンティはひたすら気を揉んでいる。
「といってミハイルが勝っても困るんですけど。大切な護衛がいなくなってしまいます。どっちを応援したらいいのでしょうか」
 大いに悩みどころだ。

「どうした客人。仕掛けてこないのか」
 カントゥータが、煽る。

「その手には乗らん」
 ミハイルはじりじりと距離を詰めていく。

「体術に相当の自信があるようだな」
 カントゥータが、にやりと笑う。

(うむ。彼女も鍛え抜いている。懐に飛び込んでくるか?)
 ミハイルは身構えた。
(彼女の筋肉。理想的だ。どれだけの瞬発力と破壊力があるか、はかりしれない)

 直接殴りかかってくれないだろうか?
 組み手になれば。
 身体か衣服のどこかを掴めれば。
 ミハイルは頭の中で、さまざまな状況を思い描き、待ち構える。

 二人の睨み合いは長く続いた。

 輪の中で、互いに僅かずつ間合いを詰めていく。
 ぴりりとした緊張。
 みなぎる、闘気。

 やがて、見守る者たちは息をするのを忘れる。
 無音の中で、二人の足が地面を擦り、位置を入れ替えていく。

 カントゥータが先に動いた。
 ふっと身体が沈み込み……

 ミハイルの胸元に銀の閃光がきらめいた。

 先の尖ったものが飛んできて胸のあたりの皮膚をかすったのだ。ミハイルでなければ、心臓を貫かれていただろう、非常な勢いを持ったモノだ。

「とっ、飛び道具!?」
 瞬時にミハイルは身を退く。

「卑怯な! 先ほどわたしに言ったのは……」

「はぁ? バカか。相手の得意なことを発揮させるわけが無いだろう。封じるのが基本だ。実戦なら、おまえは何度も死んでいるぞ」
 カントゥータは冷笑した。

 彼女が操る金属の武器が、ひゅっと空気を切り裂く。
 尖った先端が、ミハイルの腕や肩の皮膚をかすめていく。
 細く長い、丈夫な紐の先に、尖った金属の錘がついている。それが風を切り、鋭いうなりを上げる。
 先端が当たれば皮膚も肉も切り裂かれる。
 狙った場所に見事当たれば、骨を砕くことも可能。

 ミハイルは知るよしも無い、カントゥータ自慢の、愛用の武器スリアゴである。

「くそ!」
 動きを封じられた。
 ミハイルは焦る。
 得意な戦いをさせてはもらえないようだ。

「どうした! それでも主持ちの護衛か! 気合いを見せろ!」
 カントゥータは、心の底から楽しそうに、朗らかに笑った。

「あ~あ、やっぱり。姉ちゃん、きたねえよ」
 クイブロは恥ずかしそうに、頭を抱える。

「でも、いつも実戦をかんがえてるんだから、すごいよ」
 義理姉カントゥータに心酔しているカルナックは、目を輝かせて感心している。

「そうだな。あっぱれな見上げた戦士だ。……自分の婿を決める見合いの席でやらんでもよさそうなものだが」
 褒めて良いのか窘めるべきか。悩むコマラパであった。


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