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第5章
その9 ラプラ(翼)の初恋(1)
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9
あたし、ラプラは『欠けた月』の村の、ごく普通の家に生まれた。
そのときから前世の記憶があった。
だから、驚いた。
なによこれ! どこまで行っても山! 山!
ど田舎もいいとこじゃん!
東京じゃないの!? あたしは東京生まれ東京育ちで。
……あれ? いつ死んだの? ここは、どこ?
戸惑う、あたしは。だんだんと前世のことをはっきりと思い出してきた。
特に、高校生のときのできごとを。
※
あたし、矢神(やがみ)翼(つばさ)は、叶わぬ恋をしている。
ただ一度だけ会いたい人がいる。
あたしの命の恩人。
最後に見た、あの人の目は、とても優しかった。
その日、あたしは、友達二人と新宿に遊びに行って、映画を観た。
上杉華と、武田百合だ。
三人に共通するのは、なんか固い名前だねってことで。
一年の時同じクラスになってから、二年の夏休みの今でも、仲良しだ。
映画が終わって、ウィンドショッピングして、ミスドに寄って。
ずっどおしゃべりしていた。
夏休み最後の日だ。
明日からは学校。
部活は少しだけやって、やめた。先輩のいうことはハイハイって聞かなくちゃいけないとか、うざい。
だからって、暇になっても勉強以外にやることもない。
もうそろそろ大学受験に身を入れないといけないんだけど。
ああ、かったるいな。
彼氏もいないし。
「こうしてあたしたちはなんということもなくて歳を取っていくんだわ」
真面目に言ったのに。
華と百合は、すごく笑った。
「翼ってば、まだ高校2年なのに、ウケる~」
「おばあちゃんじゃないんだからさぁ」
二人は同級生で一番気があう。いいことも恥ずかしい失敗も、なんでも言い合える友達だけど、デリカシーには欠けるかも。
「彼氏ほしいね」
「やだ、めんどう」
「翼ったらそればっかり」
「華も百合も、いつも彼氏彼氏って」
「あたしは彼氏いるもん」
一人だけ、彼氏がいる百合は、余裕で笑う。
「いつも長続きしないくせに~」
「へへ~。こんどは違うもん!」
ありふれた平穏な日々が続いていくと思っていた。
その日までは。
二人とは池袋で別れた。
西武池袋線はいつもすごく混み合う。最寄り駅のH駅を降りて、あたしは急いでバス停に向かう。
日が暮れるのが少し早くなった気がする。もう夕暮れだ。
バスはついさっき出てしまった後だった。
待つのもいやだな。自宅まで徒歩でも十五分とかからないから、あたしはバスに乗るのをやめて、歩くことにした。
どんどん暗くなっていく帰り道。
なぜだか人影もなくて寂しい感じで。
あたしは、足を速めた。
ふいに後ろから抱きすくめられた。
道路脇のビルの陰に男が潜んでいたのだ。
すごい力で、ひきずられた。
やだ、こいつなに。
「……☆○□……☆!!」
しゃべってることが、わかんない。
力で押し倒された。
やだ!
わけわかんないけど、暴れて、男の腹を蹴って。
そしたらヤツは逆上して、顔を殴られた。
「殺すぞ」
それだけ、聞き取れた。
おとなしくしないと殺す。その後で好きにする。そう言ったような気がする。
「クソ野郎!」
あたしは叫んだ。誰かの耳に届くなんて期待していなかったけど。
次の瞬間。
そいつが、ごぼごぼとくぐもった声ともつかない呻きをもらして、倒れた。
なに? 何が起こったの。
男の首から噴水みたいに血が噴き出して、男は倒れて。
アスファルトに血の染みがひろがっていく。
夜だから赤くは見えない。まるで黒い水たまりみたいだ。
信じられない光景に、あたしは凍り付いた。
誰かの手が、しゃがんだままだったあたしの襟首をつかんで引き起こした。
まともに目が合った。
たった今、あたしを襲おうとしていたきもい男を倒した……精悍な、二十代前半くらいの青年と。
右手には、血まみれのナイフを握っていた。
足下には血の海が。
ころしたんだ、このひとが。
でも、こわくなかった。
「たすけてくれたの」
なんでそういうことを言えたのか、わかんない。
「ついでだ」
彼は、苦笑いをした。
「おれは以前からこいつを狙ってた。このあとは面倒くさいことになる。逃げろ」
左手で、どんと、あたしの背中を押した。
振り返って最後に見た、あのひとの目は。
とても、優しかった。
※
あとでニュースを見た。
あのひとは逮捕された。逃げようとしていなかった。
連続殺人犯。
殺したのは犯罪者ばかりで約二百人。そのうち半分以上は婦女暴行犯だった。
心の闇とか報道されていた。あのひとの家族は犯罪被害で亡くなっていたから。
亡くなった家族の写真を見た。
両親と妹と弟。幸せそうな一家、だけど全員殺されたんだ。
あたしは黙っていられなくて、両親に打ち明けた。
そこそこリッチだった両親は、娘を助けてくれた彼のために弁護士を雇った。
表向きは彼の弁護士として。
そして、あたしと彼の連絡役として。
彼の伝言はたった一つ。「沈黙を守れ。身が危うくなる」
あたしは言われた通りにした。
逃げろと言った、あのひとは。あたしが表に出ることを望んでいない。
全ての罪を認めて彼が死刑になって、しばらくすれば事件も彼の名前も忘れ去られていった。
あたしは平穏な人生を送った。
忘れられるはずのない、あれきり二度と会わなかった、あのひとは。
とても優しい目をしていたんだ。
寿命で死ぬとき、あたしは願った。
むかし国語の教科書で読んだ、カンダタの話を思い出す。大犯罪者で、一度だけ、クモを助けたことで地獄から抜け出すチャンスを与えられた……
それなら、あのひとにだって。
チャンスが与えられてもよくない?
神様がどこかにいるなら。
あたしを助けてくれた、あのひとに。
せめて、一度。
救われる機会をあげてください……。
そしてできるなら、もう一度、あのひとに会いたい。
助けてくれてありがとうって言いたいんです。
あたし、ラプラは『欠けた月』の村の、ごく普通の家に生まれた。
そのときから前世の記憶があった。
だから、驚いた。
なによこれ! どこまで行っても山! 山!
ど田舎もいいとこじゃん!
東京じゃないの!? あたしは東京生まれ東京育ちで。
……あれ? いつ死んだの? ここは、どこ?
戸惑う、あたしは。だんだんと前世のことをはっきりと思い出してきた。
特に、高校生のときのできごとを。
※
あたし、矢神(やがみ)翼(つばさ)は、叶わぬ恋をしている。
ただ一度だけ会いたい人がいる。
あたしの命の恩人。
最後に見た、あの人の目は、とても優しかった。
その日、あたしは、友達二人と新宿に遊びに行って、映画を観た。
上杉華と、武田百合だ。
三人に共通するのは、なんか固い名前だねってことで。
一年の時同じクラスになってから、二年の夏休みの今でも、仲良しだ。
映画が終わって、ウィンドショッピングして、ミスドに寄って。
ずっどおしゃべりしていた。
夏休み最後の日だ。
明日からは学校。
部活は少しだけやって、やめた。先輩のいうことはハイハイって聞かなくちゃいけないとか、うざい。
だからって、暇になっても勉強以外にやることもない。
もうそろそろ大学受験に身を入れないといけないんだけど。
ああ、かったるいな。
彼氏もいないし。
「こうしてあたしたちはなんということもなくて歳を取っていくんだわ」
真面目に言ったのに。
華と百合は、すごく笑った。
「翼ってば、まだ高校2年なのに、ウケる~」
「おばあちゃんじゃないんだからさぁ」
二人は同級生で一番気があう。いいことも恥ずかしい失敗も、なんでも言い合える友達だけど、デリカシーには欠けるかも。
「彼氏ほしいね」
「やだ、めんどう」
「翼ったらそればっかり」
「華も百合も、いつも彼氏彼氏って」
「あたしは彼氏いるもん」
一人だけ、彼氏がいる百合は、余裕で笑う。
「いつも長続きしないくせに~」
「へへ~。こんどは違うもん!」
ありふれた平穏な日々が続いていくと思っていた。
その日までは。
二人とは池袋で別れた。
西武池袋線はいつもすごく混み合う。最寄り駅のH駅を降りて、あたしは急いでバス停に向かう。
日が暮れるのが少し早くなった気がする。もう夕暮れだ。
バスはついさっき出てしまった後だった。
待つのもいやだな。自宅まで徒歩でも十五分とかからないから、あたしはバスに乗るのをやめて、歩くことにした。
どんどん暗くなっていく帰り道。
なぜだか人影もなくて寂しい感じで。
あたしは、足を速めた。
ふいに後ろから抱きすくめられた。
道路脇のビルの陰に男が潜んでいたのだ。
すごい力で、ひきずられた。
やだ、こいつなに。
「……☆○□……☆!!」
しゃべってることが、わかんない。
力で押し倒された。
やだ!
わけわかんないけど、暴れて、男の腹を蹴って。
そしたらヤツは逆上して、顔を殴られた。
「殺すぞ」
それだけ、聞き取れた。
おとなしくしないと殺す。その後で好きにする。そう言ったような気がする。
「クソ野郎!」
あたしは叫んだ。誰かの耳に届くなんて期待していなかったけど。
次の瞬間。
そいつが、ごぼごぼとくぐもった声ともつかない呻きをもらして、倒れた。
なに? 何が起こったの。
男の首から噴水みたいに血が噴き出して、男は倒れて。
アスファルトに血の染みがひろがっていく。
夜だから赤くは見えない。まるで黒い水たまりみたいだ。
信じられない光景に、あたしは凍り付いた。
誰かの手が、しゃがんだままだったあたしの襟首をつかんで引き起こした。
まともに目が合った。
たった今、あたしを襲おうとしていたきもい男を倒した……精悍な、二十代前半くらいの青年と。
右手には、血まみれのナイフを握っていた。
足下には血の海が。
ころしたんだ、このひとが。
でも、こわくなかった。
「たすけてくれたの」
なんでそういうことを言えたのか、わかんない。
「ついでだ」
彼は、苦笑いをした。
「おれは以前からこいつを狙ってた。このあとは面倒くさいことになる。逃げろ」
左手で、どんと、あたしの背中を押した。
振り返って最後に見た、あのひとの目は。
とても、優しかった。
※
あとでニュースを見た。
あのひとは逮捕された。逃げようとしていなかった。
連続殺人犯。
殺したのは犯罪者ばかりで約二百人。そのうち半分以上は婦女暴行犯だった。
心の闇とか報道されていた。あのひとの家族は犯罪被害で亡くなっていたから。
亡くなった家族の写真を見た。
両親と妹と弟。幸せそうな一家、だけど全員殺されたんだ。
あたしは黙っていられなくて、両親に打ち明けた。
そこそこリッチだった両親は、娘を助けてくれた彼のために弁護士を雇った。
表向きは彼の弁護士として。
そして、あたしと彼の連絡役として。
彼の伝言はたった一つ。「沈黙を守れ。身が危うくなる」
あたしは言われた通りにした。
逃げろと言った、あのひとは。あたしが表に出ることを望んでいない。
全ての罪を認めて彼が死刑になって、しばらくすれば事件も彼の名前も忘れ去られていった。
あたしは平穏な人生を送った。
忘れられるはずのない、あれきり二度と会わなかった、あのひとは。
とても優しい目をしていたんだ。
寿命で死ぬとき、あたしは願った。
むかし国語の教科書で読んだ、カンダタの話を思い出す。大犯罪者で、一度だけ、クモを助けたことで地獄から抜け出すチャンスを与えられた……
それなら、あのひとにだって。
チャンスが与えられてもよくない?
神様がどこかにいるなら。
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せめて、一度。
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そしてできるなら、もう一度、あのひとに会いたい。
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