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第5章
その8 グラウケーの託宣
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8
「いや~めでたい! カントゥータの婿が決まった!」
「ってことは、この『欠けた月の村』次期村長の婿様だ」
「立派な筋肉だねえ兄さん。こりゃあ頼もしい」
村人たちが、倒れていたミハイルを取り囲んで口々に祝いの言葉を投げかけた。
しかしミハイルはまだ身体が痺れていて立つことはおろか、ろくにしゃべることもできないでいる。
なので、寝耳に水の、この勝負はカントゥータの婿選びであったのだということを初めて聞いたにもかかわらず、何の反応も返すことができないでいた。
ころがって、目で抗議の意思を訴えるばかりだった。
「喜べ、おまえ。ミハイルとか言ったな。わたしの婿にしてやろう!」
「姉ちゃん、よく見ろよ。ミハイルさん、喜んでないぞ!」
「そんなはずはないさ。だろう? ミハイル。おまえの主の護衛をやめろとは言っていない。ときたま、村に来てもらえばいいだけだ。責任は要求しない」
「姉ながら身勝手だぞ、それ」
クイブロはミハイルの側に寄って、毒消しだと言い、水を飲ませる。
精霊にもらった聖なる泉の水なのだそうだ。
水を飲んだミハイルは、ぐったりと倒れ込んだ。
「しばらく寝てて。すぐ治るよ」
クイブロは、申し訳なさそうに言った。
「どういうことなのでしょうか。欠けた月の村、次期村長のカントゥータさん。わたしの護衛のミハイルは? どうなってしまうのでしょうか」
おそるおそる、シャンティは尋ねた。
「入り婿だ。通い夫でいい。たまに来るだけ、跡継ぎをつくるだけ。あとは望まぬ」
カントゥータの表情が、なぜか、急に曇った。
「カントゥータさん……」
シャンティが、静かに言う。
「失礼を承知で申し上げます。もしや、あなたは、ミハイルを含め、ここにいる誰のことも、心に留めてはおられないのでは」
「……さすが……苦労してこられたと聞いているが、アステル王家の第八王子。見る目はあるのだな」
カントゥータは、苦しげに息を吐いた。
戦い続けていたときの目の輝きは、消え失せていた。
苦悩に沈む若い娘の表情になっていた。
「ええ。カントゥータさんには、ほかに、心からお慕いしていらっしゃるかたが、おられるのでしょう?」
「そうだ」
この発言に、その場に居る全員が、驚かざるを得なかった。
「なにっ!?」
最も驚愕したのはコマラパだ。
カントゥータが婿を選ぶ、強い者でなければならないと、戦って勝った者を婿にするからというので、候補者を各地から募ってきたのだから。
「婿をとるつもりはなかったと?」
「とるつもりだった! あきらめて!」
カントゥータは、叫んだ。
「ミハイルを選んだのは、本当は、レフィス兄さまに髪の色や目の色が似ていたから!」
まるで恋する乙女だった。
「だけど、自分の気持ちは裏切れない! わたしはレフィス兄さまでなければ、やっぱり、いやです!」
「お姉さまが精霊さまに恋していたなんて!」
「そんなに悩んでいたの。でも、わかるわ~」
「レフィス・トール様は、美形だものね~」
カントゥータに声援を送っていた三人娘、ティカ、スルプイ、ラプラは、それぞれに納得した。
だが納得できなかったのは、男性陣だった。
言葉も無く、驚愕のあまりに固まっている、婿候補だった青年たち。
「はああああああ!? レフィス・トール様!?」
今まで冷静で居たアトクでさえ、これには驚いた。
「精霊族に恋しているというのか!」
「わたしは当て馬か!?」
愕然とするミハイルだった。
「しかし、精霊と人では」
アトクは言いかけて、やめた。
「……そうだな。おれたちの弟クイブロは、精霊に育てられた『精霊の愛し子』カルナックを、嫁に迎えるのだものな。カントゥータ、かわいい妹よ。人が精霊に恋するなどと、不可能だから諦めろとは、おれには、言えない」
「アトク兄!」
カントゥータは、頭を振る。長い三つ編みが揺れる。彼女の心のように。
「お義姉様。おれ、レフィス兄さまを呼ぶから」
すっくと立ち上がったのは、クイブロに寄り添っていたカルナックだ。
「気持ちを打ち明けないと苦しいって、おれは、よくわかるもの!」
カルナックが声をあげると、周囲に銀色の靄が、みるみる集まっていく。
やがて、そこに、三人の精霊族が現れた。
長い銀髪と淡い青の瞳、すらりと背の高い美青年と、美少女。
そして、二人よりも年かさに見える、美しい女。
カルナックの育ての親であるレフィス・トールと妹のラト・ナ・ルア、精霊の長とも言えるグラウケーの、神々しい姿だった。
「レフィス兄さま! わたしは、あなたでなければ、誰も、欲しくはありません!」
激情のままにカントゥータは駆け出し、三人の精霊の前に立って、思いの丈をぶつけたのだった。
すると、レフィス・トールは、微笑んで。
そっと、カントゥータの手を取った。
「カントゥータ。わたしも、あなたのことは嫌いではない。けれども、わたしとでは、子は成せない。村長の跡取り娘、次期村長のあなたにはふさわしくない」
「子どもなんていらない。跡取りなんて誰にでも譲る! 母さんが養女でもなんでもとればいいんだから!」
「あなたは、そこまで……」
いつの間にか熱の籠もった眼差しを交わす二人に、周囲は呆気にとられたのであった。
「あの頭の固い兄さまが人間にほだされるなんて……」
頭痛がしそうだわ、と。ため息をつくラト・ナ・ルア。
グラウケーことグラウ・エリスは大爆笑である。
「面白い! 年若い者たちよ、きみたちは面白いな!」
「グラウ姉さまったら」
「それにしてもレフィスは、あんなに楽しい子だったかな? いやいや見直したよ。人間と接していた甲斐があったね。これは見所がある」
終始、くすくすと楽しげに笑うグラウケーは、
「今、《世界の大いなる意思》と話し合って、決まったよ」
こう前置きして、皆に告げた。
「世界は、言う。この『欠けた月』の村を、閉じよ。これまで以上に完全に。我ら精霊の愛し子を伴侶に求め、逆に、精霊族を夫に欲する娘がいる、この村は。人間の世界から離れ、精霊の森に移るものである。出て行きたいと思うものは自由にさせよう。だが、村は、この地上世界から消えて、精霊の世界に属する。これは、決定事項だ。覆らない。なお……」
ここで言葉を切って、
カントゥータの婿候補として訪れていた青年たちを指し示した。
「そなたたち、客人よ。望むとおりにするがよい。とどまるもよし、出て行くもよし。ただし、ここを出れば、この村のことを忘れ去る。心しておくがよい」
「いや~めでたい! カントゥータの婿が決まった!」
「ってことは、この『欠けた月の村』次期村長の婿様だ」
「立派な筋肉だねえ兄さん。こりゃあ頼もしい」
村人たちが、倒れていたミハイルを取り囲んで口々に祝いの言葉を投げかけた。
しかしミハイルはまだ身体が痺れていて立つことはおろか、ろくにしゃべることもできないでいる。
なので、寝耳に水の、この勝負はカントゥータの婿選びであったのだということを初めて聞いたにもかかわらず、何の反応も返すことができないでいた。
ころがって、目で抗議の意思を訴えるばかりだった。
「喜べ、おまえ。ミハイルとか言ったな。わたしの婿にしてやろう!」
「姉ちゃん、よく見ろよ。ミハイルさん、喜んでないぞ!」
「そんなはずはないさ。だろう? ミハイル。おまえの主の護衛をやめろとは言っていない。ときたま、村に来てもらえばいいだけだ。責任は要求しない」
「姉ながら身勝手だぞ、それ」
クイブロはミハイルの側に寄って、毒消しだと言い、水を飲ませる。
精霊にもらった聖なる泉の水なのだそうだ。
水を飲んだミハイルは、ぐったりと倒れ込んだ。
「しばらく寝てて。すぐ治るよ」
クイブロは、申し訳なさそうに言った。
「どういうことなのでしょうか。欠けた月の村、次期村長のカントゥータさん。わたしの護衛のミハイルは? どうなってしまうのでしょうか」
おそるおそる、シャンティは尋ねた。
「入り婿だ。通い夫でいい。たまに来るだけ、跡継ぎをつくるだけ。あとは望まぬ」
カントゥータの表情が、なぜか、急に曇った。
「カントゥータさん……」
シャンティが、静かに言う。
「失礼を承知で申し上げます。もしや、あなたは、ミハイルを含め、ここにいる誰のことも、心に留めてはおられないのでは」
「……さすが……苦労してこられたと聞いているが、アステル王家の第八王子。見る目はあるのだな」
カントゥータは、苦しげに息を吐いた。
戦い続けていたときの目の輝きは、消え失せていた。
苦悩に沈む若い娘の表情になっていた。
「ええ。カントゥータさんには、ほかに、心からお慕いしていらっしゃるかたが、おられるのでしょう?」
「そうだ」
この発言に、その場に居る全員が、驚かざるを得なかった。
「なにっ!?」
最も驚愕したのはコマラパだ。
カントゥータが婿を選ぶ、強い者でなければならないと、戦って勝った者を婿にするからというので、候補者を各地から募ってきたのだから。
「婿をとるつもりはなかったと?」
「とるつもりだった! あきらめて!」
カントゥータは、叫んだ。
「ミハイルを選んだのは、本当は、レフィス兄さまに髪の色や目の色が似ていたから!」
まるで恋する乙女だった。
「だけど、自分の気持ちは裏切れない! わたしはレフィス兄さまでなければ、やっぱり、いやです!」
「お姉さまが精霊さまに恋していたなんて!」
「そんなに悩んでいたの。でも、わかるわ~」
「レフィス・トール様は、美形だものね~」
カントゥータに声援を送っていた三人娘、ティカ、スルプイ、ラプラは、それぞれに納得した。
だが納得できなかったのは、男性陣だった。
言葉も無く、驚愕のあまりに固まっている、婿候補だった青年たち。
「はああああああ!? レフィス・トール様!?」
今まで冷静で居たアトクでさえ、これには驚いた。
「精霊族に恋しているというのか!」
「わたしは当て馬か!?」
愕然とするミハイルだった。
「しかし、精霊と人では」
アトクは言いかけて、やめた。
「……そうだな。おれたちの弟クイブロは、精霊に育てられた『精霊の愛し子』カルナックを、嫁に迎えるのだものな。カントゥータ、かわいい妹よ。人が精霊に恋するなどと、不可能だから諦めろとは、おれには、言えない」
「アトク兄!」
カントゥータは、頭を振る。長い三つ編みが揺れる。彼女の心のように。
「お義姉様。おれ、レフィス兄さまを呼ぶから」
すっくと立ち上がったのは、クイブロに寄り添っていたカルナックだ。
「気持ちを打ち明けないと苦しいって、おれは、よくわかるもの!」
カルナックが声をあげると、周囲に銀色の靄が、みるみる集まっていく。
やがて、そこに、三人の精霊族が現れた。
長い銀髪と淡い青の瞳、すらりと背の高い美青年と、美少女。
そして、二人よりも年かさに見える、美しい女。
カルナックの育ての親であるレフィス・トールと妹のラト・ナ・ルア、精霊の長とも言えるグラウケーの、神々しい姿だった。
「レフィス兄さま! わたしは、あなたでなければ、誰も、欲しくはありません!」
激情のままにカントゥータは駆け出し、三人の精霊の前に立って、思いの丈をぶつけたのだった。
すると、レフィス・トールは、微笑んで。
そっと、カントゥータの手を取った。
「カントゥータ。わたしも、あなたのことは嫌いではない。けれども、わたしとでは、子は成せない。村長の跡取り娘、次期村長のあなたにはふさわしくない」
「子どもなんていらない。跡取りなんて誰にでも譲る! 母さんが養女でもなんでもとればいいんだから!」
「あなたは、そこまで……」
いつの間にか熱の籠もった眼差しを交わす二人に、周囲は呆気にとられたのであった。
「あの頭の固い兄さまが人間にほだされるなんて……」
頭痛がしそうだわ、と。ため息をつくラト・ナ・ルア。
グラウケーことグラウ・エリスは大爆笑である。
「面白い! 年若い者たちよ、きみたちは面白いな!」
「グラウ姉さまったら」
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