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第5章
その15 ラプラの初恋(7)クイブロの嫁は天使
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あたし、ラプラは異世界『地球』で21世紀の東京に住んでいた前世の記憶を持っている『先祖還り』だ。もっとも前世のことや転生のことを思い出したのは、生まれて数年経ってからだったので、うまく立ち回るには、ちょっと出遅れたかもしれない。
村長の末の息子クイブロも『先祖還り』だった。
高熱を出して寝込んでからというもの、クイブロは前世のことを全て忘れたみたいだった。けれど、家畜を放牧しながら時折、ひとりごとを呟いていたのを、あたしは耳にしたことがある。「カオリさん」って……。
まさか前世は日本人?
そのクイブロが十三歳のときに放牧地で出会って、村に連れて帰ってきた『カルナック』は、幼いながら、ものすごい美形だった。保護者の、コマラパっていう中年のおじさんも一緒にやってきたわけなんだけど。
カルナックって。あたしの前世の記憶では、地球にあった、遺跡の名前だ。
もしかしたら転生者?
艶やかな長い黒髪、真っ黒な瞳。
この子の目は、ときおりアクアマリンみたいな綺麗な青色に変化した。
すごく大きな魔力を持っているって証拠だ。
色白であどけない顔をしていて、年の頃は七、八歳くらい。
すっごい可愛い! 大きくなったら超美人になること間違いなし。
コマラパさんは……サンタクロースみたいな真っ白な髭のおじさん。海沿いに広がる大森林地帯のクーナ族出身で、修行のために大陸中を行脚していたという。深緑(しんりょく)のコマラパっていう通り名で呼ばれている賢者として、有名だった。
クイブロは普段ぶっきらぼうで無愛想、無口なのに、出会ったその日に求婚して嫁だといって家に連れてきたから、村のみんなは驚いたのなんの。
我がアティカ村はノリがよくて単純バカが多いから。
その頃はちょっと賢くて目端のきくような若い者は根こそぎ出稼ぎに行ってしまった後だったし、残ってるのはおっさんおばさんと子供だけでさ!
村長である母親ローサと姉のカントゥータも、もうすっかり嫁に来てくれると思い込んで結婚祝いの大宴会に突入!
クイブロの求婚を最初は断っていたコマラパさんも、なし崩しに押し切られてしまったらしいのだ。勢いって怖いね。
それにしてもちびっこクイブロが、一目惚れ。……前世の彼女に似てるんじゃないのかな……十三歳でねえ。いつの間にそんな大胆な男になってたのか。
おばちゃんたちもノリノリで、カルナックに、村の女の子が身につける晴れ着を持ってきて、着せ替え!
長い黒髪を一つにまとめて三つ編み。毛織りの肩掛け、毛織りのスカート。
あたしも幼なじみの女の子たちティカとスルプイも頑張ったわ。カルナックの長い髪はつやつやサラサラで、三つ編みするの大変だったんだ。
それにしてもカルナックって子、晴れ着が似合う!
「でもさ、いいのかな」
スルプイがぼそっと。
「カルナックって、男の子だよね?」
「ああ、それね……」
「クイブロって、目、節穴ね」
「いいんだよ」
ローサおばちゃん(村長なんだけど、親しみやすいから、あたしたち村の子は、つい、おばちゃんって呼んでしまう)は笑った。
やっぱり気がついてる。
そうだよね。
すごく綺麗な子だけど、胸は、ないし。
着替えのために外套を脱がせたから、すぐわかった。
家を出るときに姉さんに作ってもらったという、絹のような滑らかな布地……不思議なことに縫い目が見当たらない……飾りけのない薄手の服は脱ごうとしなかったんだけど、身体にぴったり沿っているワンピースだったから、体型がまるわかり。
その上に、おばさんたちは村で着る、毛糸を編んだ内着や、風を遮る毛織りの上衣に、巻きスカートを胴回りに合わせて紐で締めるスカート(ポリエラ)、を着せ、四角い布を半分に折って三角形にしたショール(リクリャ)を肩に被せて。
だんだん、晴れ着に身を包んだ村の女の子みたいになってきたカルナックを、満足げに見やり、ローサおばちゃんは笑って、言った。
「クイブロが一目惚れした嫁だ。性別なんざ気づいてもいないさね。それに、こんな綺麗な子だ。もしかしたら『精霊様の思し召し』かもしれないよ」
「そうだね」
「クイブロは何も考えてないわよ」
「どっちでも、幸せならいいんじゃない?」
あたしたちは納得した。
カルナックは、きっと『天使』。あ、これってあたしたち『先祖還り』の間で流行ってる言い回しなんだ。
ふつうは『精霊様の思し召し』とか『精霊様の御使い』と言う。この世界には絶対神という概念がないし、天使も悪魔もいない。何かといえば『世界の大いなる意思』や、精霊様の領分って考えになる。
この世界には男でも女でもなく、あるいは男でも女でもある、三番目の性がある。
生まれてきたときは大抵、普通の男子だと間違って判別される。そのうち大きくなってから自分がなりたい性別を選べる。または外的要因によって自動的に変化する。
カントゥータ姉が小さい頃はよく言ってたわ。もし自分が『精霊様の思し召し』だったなら、男子になって出稼ぎに行くのにと。村長の家の女児として生まれたときから、次期村長になるって決まっているというのに。
「ところで、絶対気づいてないよね」
眉間に皺を寄せたのはスルプイ。
「うん、賭けてもいいわ」
ティカ。
「賭けにならないよ。みんな意見同じでしょ」
そして、あたし、ラプラは、胸を張る。
「クイブロも、保護者のコマラパ、おまけにカルナック本人も、気がついてないわ。でもま、あたしたちがどうこう言える立場じゃないし。温かく見守ることにしようね」
「おや可愛い!」
「こんなきれいなお嫁さんを見たらクイブロはすごく喜ぶよ」
「……ほんとう? よろこぶ?」
緊張していたカルナックは、恥ずかしそうに微笑んだ。
「もちろんだとも。あたしも、かわいいお嫁さんが来てくれるなんて、飛び上がって喜びたいところだよ!」
※
すっかり支度の調ったカルナックは、女衆にあたたかく迎えられ、宴会場へと手を引かれていく。
二人並べて座らせれば、なかなか可愛いカップルの誕生だ。
だけど披露宴の大宴会は、中断される。
婚姻の杯を前に、それを飲むことはできないとカルナックは、告白した。
自分はもうヒトではないから。
人間の飲み食いするものを取り入れることは、できないのだと。
カルナックは《世界の大いなる意思》に選ばれ愛された『精霊の愛し子』として精霊様に守り育てられてきたのだった。
アティカ村にやってくるまで、人の身では入れない『精霊の森』にかくまわれていた。森を離れたのは、大森林の賢者コマラパの訪問に刺激を受け、人間界への興味をそそられたから。
けれど森を出るべきではなかったと、カルナックは嘆いた。
人間の土地にはいられない。
その嘆きに応じて、精霊様が顕現した。精霊の森でカルナックを慈しみ守り育てたラト・ナ・ルア様とレフィス・トール様。
初めて目の当たりにした精霊様の神々しさ、美しさに、村人はみな、ひれ伏した。
このあたりで、あたし、ラプラとティカ、スルプイ、仲良し三人娘や同年代の子供たちは「クイブロ詰んだな!」と思ったものである。
精霊の森に連れ帰られてしまうのは、誰が考えても明らかだった。
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