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第5章

その21 銀竜だから「銀さん」で。

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          21

 儂はアルゲントゥム・ドラコーである。

 親しき友人たちには『アルちゃん』と呼ぶことを許している。
 気さくな良い竜なのであるぞ。

 この《蒼き大地》セレナンで最大の陸地であるエナンデリア大陸の西海岸沿いに南北に延びるルミナレス山脈最高峰、白き女神(レウコテア)の座に住まう、銀の竜。

 竜神とよばれることもあるが、まあ、やぶさかではない。

 我ら『色の竜』は、大陸各地の霊峰や山中の奥深くに位置する湖、砂漠、海中に眠るものも在るが、この世界の始まりのとき、それぞれに真月の女神イル・リリヤ様より、人類の守護、指導を言いつかったのだから。

 思えばそのときから、儂は孤独な年月を過ごしてきたのである。
 このたび儂は思った。
『そろそろ、良い頃合いではないかのう』

 というのは長きにわたる年月、儂が守護してきた『アティカ村』に、大変動が起こったときのことである。

 地下で眠っていた『虚ろ船』の心臓……動力反応炉が爆発、村を巻き込んだのだ。
 その爆発は火山の噴火と見紛うほどであった。

 そして《世界の大いなる意思(セレナン)》は、もはや覆ることなど決してあり得ない決定をくだした。

 爆発の時点より遡る、それはアティカ村に生まれたとある青年の死と再生に端を発したのであった。

          ※

 何が起こったのかを時系列に沿って振り返る。

 グーリア神聖帝国の傭兵となっていた、村長の息子アトク・プーマは、グーリアの拡大する最前線にて戦死し、最新鋭の機器『生体接続ユニット』を埋め込まれることによって死者のままで皇帝の命令通りに動く『人形』の一つとなった。
 故郷、アティカ村への殲滅指令を受けて。

 いったんは命を全て燃やしつくし完全なる『死者』となったアトク。

 本人さえ知る筈はなかったことがある。
 数限りない転生を通じて《世界の大いなる意思》の手駒であったアトクは、このたびの生命を終えて、解放されたのだ。

 自由の身になったアトクが、たった一つ許された願いは、アティカ村を護る守護者となること。村に残る父母、妹、弟を守るために。

 この儂、アルゲントゥム・ドラコーのみが知る事実もある。

 アティカ村に生まれた一人の娘は、アトクの魂と、異世界である前世からの縁で結ばれておった。
 その名を『翼(ラプラ)』。
 なかなかに、肝の据わった娘よ。

 そしてまた、アトクの弟でもある、プーマ家の末子クイブロは、なんとわずか十三歳で《世界の大いなる意思》に見込まれた魂の主、精霊に愛され育てられた者、カルナックを伴侶にと望み、精霊の許しまで得て、婚姻の契約を結んだ。

 アティカ村はレウコテア雪渓の噴火と共に地図から消滅した。
 精霊の森の一部をあたえられ、村ごと移り住んだのだ。

 これより先、アティカ村は《消えた村》として伝説となり、人間界と精霊界のはざまに位置することとなる。

 ふむ。
 長生きするのも悪くはない。
 これほどのおもしろきこと、ただ傍観するだけではつまらぬ。

 決めたぞ!

 この守護者《銀竜》である儂も、アティカ村に移り住む!

 銀さんとでも名乗るとしようぞ。


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