精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
143 / 144
第5章

その22 銀竜様とラプラの野望

しおりを挟む

          22 

 アルちゃんこと銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)が、新生アティカ村のはずれに家を構えてしばらくの時が過ぎた。
 なにぶん寿命などというものもない竜の身であるから、アルちゃんはのんびりしていた。

「う~む、ひまじゃな。これが念願の、すろーらいふ、というものかのう。……それにしても……」
 アルちゃんは家の中を見回して、汚れはないかな、などと呟いて立ち上がり、ホウキを手にして、掃き清め始めた。
 やおら外に出て、新居を眺める。
 エナンデリア大陸東部、山岳地方のアティカ村および周辺に住む人間達の守護者として、万年雪を頂く霊峰ルミナレス山系に設けられた『亜空間に存在する洞窟』内部にて、数百年を超える長い年月を過ごした銀竜。
 実は、ちゃんとした家屋に住むのは初めてなのだ。

 平たいレンガほどの大きさに割ってそろえた白い石材を積み上げ、隙間には漆喰を塗り込めた外壁。村の多くの家と同様に、屋根は草葺きだ。外壁の上に渡した梁(これは白い森から提供してもらった木材である。)に、細くて長い葉を持つ萱を束ねたものを乗せて石を重しにして作られている。

 銀竜の引っ越しが決まった後に、アティカ村の人々が、老いも若きも総動員で、材料を調達するところから始まって壁材を下ごしらえたり漆喰をこねたり積み上げたり、和気藹々と作業に取り組んでくれたおかげで、外側だけは二日で出来上がった。

 真っ白な石壁の表面を撫でては、満足げな吐息をついて、うっとりするアルちゃんであった。

          ※

 そのときである。
 この新しい住居に、来客があった。

「へーえ。だいぶ形になってきたじゃない。外側だけは」
 張りのある少女の声が響いた。
 声の主は、村の娘たちの一人で、十五歳の活発な少女だ。

「おお、ラプラか」

「アルちゃんてば年とらないから呑気なんだもの。いつまでたってもお引っ越しの片付けが終わらないんじゃない? 片付け、手伝ってあげる」

 銀竜様は、にやりと笑った。
「外壁は完成しとるわい。中を見てみるかの?」

「いいの? やったラッキー!」

「じゃが、他の二人には内緒にな。おまえたちが三人集まったら、儂の手にはおえぬ」
 ラプラの幼なじみで親友、ティカとスルプイのことである。

 村一番の戦士で次期村長であるカントゥータの妹分を自負し、将来の女戦士を目指す彼女たちが束になってかかれば、そんじょそこらの男達は裸足で逃げ出すと噂されているのだ。

「いいよ。アルちゃんの許可がなかったら連れてこない」
 気軽な調子で約束すると、ラプラは青年の姿をした銀竜のあとについて家に入っていった。

          ※

「うわー! 驚いた! 中の方が広いじゃない!」

「亜空間という。おまえも先祖返りなら知っとるのだろ」
 銀竜様のニヤニヤ笑いが止まらない。

 これまでは霊峰ルミナレスに繋がる亜空間に、空調や冷暖房を整えた快適な住居を造り上げていたのである。

「もともとの部屋をこちらに持ってきたのじゃ。かつて、暮らしやすく整えて下されたのはイル・リリヤ様じゃったからのう。ところでラプラ。茶でも飲むかの」

「ありがとうございます!」

 アルちゃんが入れてくれる特製のお茶だ。
 ラプラは軽く引いたが、覚悟を決めた。
 えり好みなどしてはいられない。
 
 応接セットに案内されてソファに座る。
 大きなガラスのテーブルに驚く。
 優美で繊細な、陶器のティーセット。
 注がれた紅茶と、クッキーみたいなお菓子を、難しい顔をして睨む。

 アルちゃんの作る料理は、ものすごい激マズだという話をクイブロから聞いたことがあった。

 上から覗き込んで見れば、きれいな赤い色をしている。

(紅茶……?)
 意を決して、口に運んだ。

 気がついたら、ラプラは床に倒れていた。
 身体がガタガタ震え、寒気と熱気が交互に襲ってくる。

「うう、ううう」
「しっかりしろ。すまんな、調整はしたつもりじゃったが、普通の人間の身体には、高エネルギーすぎて過剰反応が起こったようじゃの。もう少し、薄めねば……」

 銀竜様はラプラをソファに運び横たえた。

「もう少し薄めるとかじゃなくて。なんか根本的にちがうのよ」
 真っ赤な顔をして抗議するラプラ。

「言葉はしゃべれるようで、なにより」

 しかしラプラはすっかり元気をなくしていた。
「あつい、眠い、痛い」

「客人をもてなしたかっただけなんじゃがのう。まあ、ゆっくりしていけ。ここの中にどれだけいても、外では時間は経過しておらんのだ」

「うらしま? いや、外では経過してないんだから逆?」
 ぶつぶつと呟くラプラ。

「なんのことだかわからんが、それだけ考えられるなら元気は残っとるようじゃな、よかったわい」

「ぜったい、料理はお客に出しちゃだめ。クイブロとか丈夫そうな子に食べさせてみてからよ。ところで……ねえ、銀竜様」
 すっかりおとなしくなったラプラが、尋ねた。

「アトク兄、ここで待ってたら来る?」

「なんじゃ、用は、そっちか。やっぱりのう」
 村の守護者である銀竜、アルゲントゥム・ドラコーは、笑った。

「笑わないで聞いてよ、アルちゃん。あたしアトク兄が好き。だけど、相手にしてくれないの。何度も好きだって告白してるのに」

「今少し、待てばよい」
 銀竜が、息を吐く。
「アトクは儂と同じく『世界に選ばれた守護者』にして不老不死じゃ。おまえはまだ、今世では十五になったほどじゃろ。あれの伴侶になることを《世界の大いなる意思》が許したならば、おまえもまた人の身を離れ、時の経過を失う。それでもよしというなら。望むならば……」
 言葉を切る。
 ラプラの、思い詰めたような声が重なった。

「それくらい覚悟してる」

「まずは、今世のふた親を説得せねばならぬ。そのときは、この儂もついていって、口添えしてやろうぞ」

「味方になってくれるの!?」

「アトクは不死の守護者になった。先は長い。そばに誰かがいてやるべきだ。……それに、のう……」

「それに?」

「そなたは、もう《世界》の赦しは得ておるのじゃ。憶えてはおらぬだろうが」

 銀竜の言葉を聞きながら、ラプラは急激に深い眠りに誘われていく。

「……へえ……そう、な、の?」

「おまえたちは、一対の存在として《世界》が許した、伴侶同士である。婚姻の契約こそまだ結んではおらぬが、カルナックとクイブロの場合と同じように結ばれておる。だから、あとは……成長するのを待て。なに、ほんの、あと5年ほどのことであろうよ」

「うん……待って……る、から」

「いまは眠るがよい。目が覚めたら、家まで送ってやろうぞ」

 ことのほか優しい表情で、アルゲントゥム・ドラコーは、ラプラのまどろみを見守っていた。

 村の守護者として長い時を過ごしてきた銀竜は、この『欠けた月』の村を、我が子、孫、曾孫たちの如く、愛着を持っているのだった。

「みんなが幸せになればよいのだがなぁ……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ
恋愛
教師との悲恋、そして突然の死をもって転生をした少女、シャーロット・ジェム。凍れる国にて、小さな魔法屋を営んでいた。名門学園からの推薦状が届いたことにより、平和だった日々に暗雲が訪れるように。 今世も彼女に死は訪れる――未来を望むには二つ。 ――ヤンデレからもたらされる愛によって、囲われる未来か。そして。 ――小さくて可愛いモフモフ、女神の眷属と共に乗り越えていくか。 鳥籠に囚われるカナリア色の髪の少女、ヤンデレホイホイの彼女が抗っていく物語。 生きていく物語。 小説家になろう様でも連載中です。

処理中です...