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第5章
その22 銀竜様とラプラの野望
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アルちゃんこと銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)が、新生アティカ村のはずれに家を構えてしばらくの時が過ぎた。
なにぶん寿命などというものもない竜の身であるから、アルちゃんはのんびりしていた。
「う~む、ひまじゃな。これが念願の、すろーらいふ、というものかのう。……それにしても……」
アルちゃんは家の中を見回して、汚れはないかな、などと呟いて立ち上がり、ホウキを手にして、掃き清め始めた。
やおら外に出て、新居を眺める。
エナンデリア大陸東部、山岳地方のアティカ村および周辺に住む人間達の守護者として、万年雪を頂く霊峰ルミナレス山系に設けられた『亜空間に存在する洞窟』内部にて、数百年を超える長い年月を過ごした銀竜。
実は、ちゃんとした家屋に住むのは初めてなのだ。
平たいレンガほどの大きさに割ってそろえた白い石材を積み上げ、隙間には漆喰を塗り込めた外壁。村の多くの家と同様に、屋根は草葺きだ。外壁の上に渡した梁(これは白い森から提供してもらった木材である。)に、細くて長い葉を持つ萱を束ねたものを乗せて石を重しにして作られている。
銀竜の引っ越しが決まった後に、アティカ村の人々が、老いも若きも総動員で、材料を調達するところから始まって壁材を下ごしらえたり漆喰をこねたり積み上げたり、和気藹々と作業に取り組んでくれたおかげで、外側だけは二日で出来上がった。
真っ白な石壁の表面を撫でては、満足げな吐息をついて、うっとりするアルちゃんであった。
※
そのときである。
この新しい住居に、来客があった。
「へーえ。だいぶ形になってきたじゃない。外側だけは」
張りのある少女の声が響いた。
声の主は、村の娘たちの一人で、十五歳の活発な少女だ。
「おお、ラプラか」
「アルちゃんてば年とらないから呑気なんだもの。いつまでたってもお引っ越しの片付けが終わらないんじゃない? 片付け、手伝ってあげる」
銀竜様は、にやりと笑った。
「外壁は完成しとるわい。中を見てみるかの?」
「いいの? やったラッキー!」
「じゃが、他の二人には内緒にな。おまえたちが三人集まったら、儂の手にはおえぬ」
ラプラの幼なじみで親友、ティカとスルプイのことである。
村一番の戦士で次期村長であるカントゥータの妹分を自負し、将来の女戦士を目指す彼女たちが束になってかかれば、そんじょそこらの男達は裸足で逃げ出すと噂されているのだ。
「いいよ。アルちゃんの許可がなかったら連れてこない」
気軽な調子で約束すると、ラプラは青年の姿をした銀竜のあとについて家に入っていった。
※
「うわー! 驚いた! 中の方が広いじゃない!」
「亜空間という。おまえも先祖返りなら知っとるのだろ」
銀竜様のニヤニヤ笑いが止まらない。
これまでは霊峰ルミナレスに繋がる亜空間に、空調や冷暖房を整えた快適な住居を造り上げていたのである。
「もともとの部屋をこちらに持ってきたのじゃ。かつて、暮らしやすく整えて下されたのはイル・リリヤ様じゃったからのう。ところでラプラ。茶でも飲むかの」
「ありがとうございます!」
アルちゃんが入れてくれる特製のお茶だ。
ラプラは軽く引いたが、覚悟を決めた。
えり好みなどしてはいられない。
応接セットに案内されてソファに座る。
大きなガラスのテーブルに驚く。
優美で繊細な、陶器のティーセット。
注がれた紅茶と、クッキーみたいなお菓子を、難しい顔をして睨む。
アルちゃんの作る料理は、ものすごい激マズだという話をクイブロから聞いたことがあった。
上から覗き込んで見れば、きれいな赤い色をしている。
(紅茶……?)
意を決して、口に運んだ。
気がついたら、ラプラは床に倒れていた。
身体がガタガタ震え、寒気と熱気が交互に襲ってくる。
「うう、ううう」
「しっかりしろ。すまんな、調整はしたつもりじゃったが、普通の人間の身体には、高エネルギーすぎて過剰反応が起こったようじゃの。もう少し、薄めねば……」
銀竜様はラプラをソファに運び横たえた。
「もう少し薄めるとかじゃなくて。なんか根本的にちがうのよ」
真っ赤な顔をして抗議するラプラ。
「言葉はしゃべれるようで、なにより」
しかしラプラはすっかり元気をなくしていた。
「あつい、眠い、痛い」
「客人をもてなしたかっただけなんじゃがのう。まあ、ゆっくりしていけ。ここの中にどれだけいても、外では時間は経過しておらんのだ」
「うらしま? いや、外では経過してないんだから逆?」
ぶつぶつと呟くラプラ。
「なんのことだかわからんが、それだけ考えられるなら元気は残っとるようじゃな、よかったわい」
「ぜったい、料理はお客に出しちゃだめ。クイブロとか丈夫そうな子に食べさせてみてからよ。ところで……ねえ、銀竜様」
すっかりおとなしくなったラプラが、尋ねた。
「アトク兄、ここで待ってたら来る?」
「なんじゃ、用は、そっちか。やっぱりのう」
村の守護者である銀竜、アルゲントゥム・ドラコーは、笑った。
「笑わないで聞いてよ、アルちゃん。あたしアトク兄が好き。だけど、相手にしてくれないの。何度も好きだって告白してるのに」
「今少し、待てばよい」
銀竜が、息を吐く。
「アトクは儂と同じく『世界に選ばれた守護者』にして不老不死じゃ。おまえはまだ、今世では十五になったほどじゃろ。あれの伴侶になることを《世界の大いなる意思》が許したならば、おまえもまた人の身を離れ、時の経過を失う。それでもよしというなら。望むならば……」
言葉を切る。
ラプラの、思い詰めたような声が重なった。
「それくらい覚悟してる」
「まずは、今世のふた親を説得せねばならぬ。そのときは、この儂もついていって、口添えしてやろうぞ」
「味方になってくれるの!?」
「アトクは不死の守護者になった。先は長い。そばに誰かがいてやるべきだ。……それに、のう……」
「それに?」
「そなたは、もう《世界》の赦しは得ておるのじゃ。憶えてはおらぬだろうが」
銀竜の言葉を聞きながら、ラプラは急激に深い眠りに誘われていく。
「……へえ……そう、な、の?」
「おまえたちは、一対の存在として《世界》が許した、伴侶同士である。婚姻の契約こそまだ結んではおらぬが、カルナックとクイブロの場合と同じように結ばれておる。だから、あとは……成長するのを待て。なに、ほんの、あと5年ほどのことであろうよ」
「うん……待って……る、から」
「いまは眠るがよい。目が覚めたら、家まで送ってやろうぞ」
ことのほか優しい表情で、アルゲントゥム・ドラコーは、ラプラのまどろみを見守っていた。
村の守護者として長い時を過ごしてきた銀竜は、この『欠けた月』の村を、我が子、孫、曾孫たちの如く、愛着を持っているのだった。
「みんなが幸せになればよいのだがなぁ……」
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