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1章 アース神族とアルステア国
第4話 ルビーの少女
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大臣の懐疑的な視線を横顔に浴びながら、僕は王妃の案内で王宮の外へ。
柿色の輝きに包まれたアルステアの街には活気があり、人々が忙しそうに戦闘の準備をしていた。
「今は元気に見えるでしょうが、見張りがコウセム団の団旗を見つけるまでは、誰もが暗い顔をしていました」
近衛兵に周囲を固められ、なぜか少し迷惑げな顔の王妃が言う。
「正直なところ、ラデンとレベッカはもう限界です。この国に癒菌士がいないわけではありませんが、とても彼1人では……」
「あの、2人は45年前の融合《マージ》のころからアルステアにいたのでしょうか……?」
僕の知る限りでは、アース神族は人間との接触をできるだけ避けているはず。
だから、こんなふうに国を守るということに僕は違和を感じていた。
「いえ、違います。彼らが来たのは3年前の雪の日です。突然2人が現れて、国は大混乱でした。不思議なことに彼らは1人の少女を伴っていて……少女とは、人間の少女です」
王妃が人間の少女、と補足した理由は僕にも理解できていた。
僕たち人間とヤッカたち異人《ゲスト》の世界が混ざり合った融合が起きてから、人称の表現が難しくなった。
人間と異人どちらも、自分たちを人間だと考えているから。
「少女はひどく混乱していました。なぜ自分が巨人の服のポケットに閉じ込められることになったのか、全くわからなかったからです。自分は昨日の夜まで遠く離れた土地で暮らしていたのに、気がつけばと……おかしな点は他にもありました。彼女は自分の名前と故郷の国名を思い出せずにいました。アルステアの国名を聞いて、遠い地ということだけは把握していましたが」
「そ、そうなんですか。それは不思議な出来事でしたね……」
「ええ。ラデンとレベッカは旅をしていたのですが、道中で彼女を見つけ、保護したそうです。彼女の不思議な状態が気になり、結局は旅をやめてアルステアに腰を落ち着けることになりました。今では彼女も慣れ、2人と暮らしています」
王妃は真顔で僕の目を見つめている。
元々の性格なのかなと思うけど、伝えたいーーという思いが強く伝わってきて、僕は少したじろいでいた。
「あ、あの、その人は自分の名前を思い出せないままなんでしょうか」
「はい。けれど、ルビーのブレスレットを身につけていたことから大臣がルビーと呼び、その呼び名が定着しています。不思議なことに、そのブレスレットはひとりでに砕けてしまったのですが」
僕は説明にお礼を言い、ルビーという女性のことを考えた。
状況はわからないけど、何か大きな事件に巻き込まれたせいで記憶を閉じてしまっているんだろうか。
ーーそうだとしたら、僕があの夜のことをぼんやりとしか思い出せないのも?
街道に残る巨人の足跡に落ちないように気をつけながら進んで行くと、次第に建物がまばらになってきていた。
雑木林や原野が目立ち始め、心なしか近衛兵の緊張が解けてきているように。
きっと、わざわざ巨人の近くから攻めてくることはないと想定しているからだろうな……と考えていると、先を歩く王妃が雑木林へ逸れていく。
雑木林では巨人によって倒された木々から新芽が生まれてきていて、僕は自然の生命力に憧れを感じていた。
僕たち人間や異人も、あんなふうに生まれ変わることができればいいのに。
そうすれば、違う形になるかもしれないけど、エドやみんなと……
いつかまた会えるかも……
「セム、だいじょぶ?」
気づかないうちに泣いていたみたいで、ヤッカが青みがかった長い舌でべろんと僕の頬を舐めてくれた。
相変わらず唾液がちょっと、いや激しく臭いけれど、ヤッカの気遣いが嬉しい。
「うん、大丈夫です。ありがと」
モフモフな頬を撫でられて嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らすヤッカを見て、僕は気を取り直していた。
今は、やるべきことをやらなきゃ。
エドやみんなが頑張って作り上げたコウセム団を終わらせたくない。
どんな形になるかわからないけど、どんな形であっても存続させたいーー
雑木林を抜けると、視界が開けた。
澄んだ湖があって、煙突のついた小屋があって。
向かい合って座る2人の巨人と、1人の女性が僕を見ていた。
柿色の輝きに包まれたアルステアの街には活気があり、人々が忙しそうに戦闘の準備をしていた。
「今は元気に見えるでしょうが、見張りがコウセム団の団旗を見つけるまでは、誰もが暗い顔をしていました」
近衛兵に周囲を固められ、なぜか少し迷惑げな顔の王妃が言う。
「正直なところ、ラデンとレベッカはもう限界です。この国に癒菌士がいないわけではありませんが、とても彼1人では……」
「あの、2人は45年前の融合《マージ》のころからアルステアにいたのでしょうか……?」
僕の知る限りでは、アース神族は人間との接触をできるだけ避けているはず。
だから、こんなふうに国を守るということに僕は違和を感じていた。
「いえ、違います。彼らが来たのは3年前の雪の日です。突然2人が現れて、国は大混乱でした。不思議なことに彼らは1人の少女を伴っていて……少女とは、人間の少女です」
王妃が人間の少女、と補足した理由は僕にも理解できていた。
僕たち人間とヤッカたち異人《ゲスト》の世界が混ざり合った融合が起きてから、人称の表現が難しくなった。
人間と異人どちらも、自分たちを人間だと考えているから。
「少女はひどく混乱していました。なぜ自分が巨人の服のポケットに閉じ込められることになったのか、全くわからなかったからです。自分は昨日の夜まで遠く離れた土地で暮らしていたのに、気がつけばと……おかしな点は他にもありました。彼女は自分の名前と故郷の国名を思い出せずにいました。アルステアの国名を聞いて、遠い地ということだけは把握していましたが」
「そ、そうなんですか。それは不思議な出来事でしたね……」
「ええ。ラデンとレベッカは旅をしていたのですが、道中で彼女を見つけ、保護したそうです。彼女の不思議な状態が気になり、結局は旅をやめてアルステアに腰を落ち着けることになりました。今では彼女も慣れ、2人と暮らしています」
王妃は真顔で僕の目を見つめている。
元々の性格なのかなと思うけど、伝えたいーーという思いが強く伝わってきて、僕は少したじろいでいた。
「あ、あの、その人は自分の名前を思い出せないままなんでしょうか」
「はい。けれど、ルビーのブレスレットを身につけていたことから大臣がルビーと呼び、その呼び名が定着しています。不思議なことに、そのブレスレットはひとりでに砕けてしまったのですが」
僕は説明にお礼を言い、ルビーという女性のことを考えた。
状況はわからないけど、何か大きな事件に巻き込まれたせいで記憶を閉じてしまっているんだろうか。
ーーそうだとしたら、僕があの夜のことをぼんやりとしか思い出せないのも?
街道に残る巨人の足跡に落ちないように気をつけながら進んで行くと、次第に建物がまばらになってきていた。
雑木林や原野が目立ち始め、心なしか近衛兵の緊張が解けてきているように。
きっと、わざわざ巨人の近くから攻めてくることはないと想定しているからだろうな……と考えていると、先を歩く王妃が雑木林へ逸れていく。
雑木林では巨人によって倒された木々から新芽が生まれてきていて、僕は自然の生命力に憧れを感じていた。
僕たち人間や異人も、あんなふうに生まれ変わることができればいいのに。
そうすれば、違う形になるかもしれないけど、エドやみんなと……
いつかまた会えるかも……
「セム、だいじょぶ?」
気づかないうちに泣いていたみたいで、ヤッカが青みがかった長い舌でべろんと僕の頬を舐めてくれた。
相変わらず唾液がちょっと、いや激しく臭いけれど、ヤッカの気遣いが嬉しい。
「うん、大丈夫です。ありがと」
モフモフな頬を撫でられて嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らすヤッカを見て、僕は気を取り直していた。
今は、やるべきことをやらなきゃ。
エドやみんなが頑張って作り上げたコウセム団を終わらせたくない。
どんな形になるかわからないけど、どんな形であっても存続させたいーー
雑木林を抜けると、視界が開けた。
澄んだ湖があって、煙突のついた小屋があって。
向かい合って座る2人の巨人と、1人の女性が僕を見ていた。
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