9 / 10
1章 アース神族とアルステア国
第9話 抗菌士《レジスタ》
しおりを挟む
*
翌朝の5時半は雲のない狐色の空。
菌の増殖は終わったみたいで、喪失は欠片も感じない。
窓を開けて外の空気を吸い込むと、兵士さんたちが快活な挨拶をしてくれた。
寝ぼけ眼をこすり、僕はベッドにもたれかかったままのヤッカの元へ。
「ずぴー、ず、ぴぃー!」
大きな寝息というか、いびきだった。
もう聞き慣れているけれど、緊張してあまり眠れなかった僕とは肝の座りが違うな、と感心するしかなかった。
「ヤッカ! 起きてください!」
と言いながら、僕はこの戦いが長期戦になることを覚悟していた。
「ヤッカ、ヤッカー?」
揺さぶっても、翼を叩いても。
紫色の舌を口からダランと垂らしたヤッカの白目はひっくり返らない。
「ヤッカ、いい加減に起きてください」
頬を張ってみても、耳をくすぐってみても、ヤッカは起きない。
というより、起きる気配もない。
「……もう!」
ためらったけど、いつもの特効薬を施す以外の選択肢は見つからなかった。
嫌々ながら紫の舌へ手を伸ばし、まだ迷いながら舌を引っ張る。
「ーーぷ?」
白目が黒目に返り、間抜けな声を出したヤッカが慌てて舌を引っ込めた。
やめたほうが良いとは思いつつも、僕はヤッカの舌に触れた右手を鼻に近づけてしまう。
「うぁ……」
なんとも、生臭い。
しかもこの匂いは何時間も続くから。
「セム、オハヨー」
そんなことはつゆ知らずといった感じのヤッカが、翼で僕の頭を撫でる。
「オハヨー、じゃないですよ……」
ポカンとなったヤッカに少しだけ苛立ちながら、僕は部屋の端に置かれている大きな鏡の前に立った。
シャツを脱いで、身体の穴に異常がないかどうかを確認。
昨日みたいに激しい喪失に陥ったのは初めてだったからーー?
「おはようございます、セムさん!」
ノックと同時にドアが開き、寝ぐせで少し跳ねた髪のルビーさんが。
上半身裸の僕と目が合い、ルビーさんは真っ赤になって目を伏せた。
「あっ、あの、すみません!」
慌ててシャツを羽織った僕が謝ると、ルビーさんは何度も頭を下げながらもういちどドアをノックした。
その動きが可笑しくて、僕とヤッカは笑ってしまう。
「セムさん、すみませんでした……それであの、昨日からちょっと気になってたことがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
「あの、セムさんの穴《ネスト》って、ふつうより大きくないですか? やっぱり、セムさんのすごい治癒力はそのせいで……?」
そう言いながら、ルビーさんはブラウスの前立てを慎重に開く。
健康そうな肌に、穴があった。
驚いた僕にルビーさんが言う。
「あたし、抗菌士《レジスタ》なんです。けどぜんぜんダメで、ラデンやレベッカの役に立ててないのですが……」
ルビーさんの大きめに膨らんだ胸の谷間までは見えていないとはいえ、ふだんなら直視できる状況じゃなかった。
けれど、僕は目を離せなかった。
抗菌士だということは、ルビーさんの身体はーー
「あたしのと比べて、やっぱり大きいですよね……? 小さいころからそうなんですか?」
言われて、僕は鏡を見る。
この穴は10歳のころ、両親の死因になった病にかかったときから大きくなったから、生まれつきじゃない。
僕は1年前に菌の量が増えるまでは平凡な癒菌士だったから、1人で担当をこなせないことも少なくなかった。
その件で落ち込んでいると、決まってエドが励ましてくれたことを思い出す。
穴はみんな同じ大きさだよ。
兄ちゃんだけが特別なんだ。
何か意味がある。
ーーいつか、わかるときが来るよ。
「……そうですね、確かに人より大きいと思います。菌が増えたことと関連があるのか、わかりませんが」
「おっ!? もしかして、ゴハン!?」
突然、ヤッカが騒ぎ出した。
にこりと笑って頷いたルビーさんが食事カートを中へ運び入れると、ヤッカは嬉しそうに部屋を跳ね回った。
「ゴハンだーごはん、ご・は・ん!」
こんなふうに喜ぶヤッカを見るのはいつ以来だろうか。
よっぽどお腹が空いていたのかな。
カートに乗せられたシカ肉やライ麦のパン、ブイヨンスープは僕の食欲も刺激し、僕らはがっついて朝食を摂った。
身体の大きさが違うから、3割が僕で、残りの7割はヤッカだけど。
食事を終えた僕は、ラデンさんたちのところへ急ぎましょうと提案した。
翌朝の5時半は雲のない狐色の空。
菌の増殖は終わったみたいで、喪失は欠片も感じない。
窓を開けて外の空気を吸い込むと、兵士さんたちが快活な挨拶をしてくれた。
寝ぼけ眼をこすり、僕はベッドにもたれかかったままのヤッカの元へ。
「ずぴー、ず、ぴぃー!」
大きな寝息というか、いびきだった。
もう聞き慣れているけれど、緊張してあまり眠れなかった僕とは肝の座りが違うな、と感心するしかなかった。
「ヤッカ! 起きてください!」
と言いながら、僕はこの戦いが長期戦になることを覚悟していた。
「ヤッカ、ヤッカー?」
揺さぶっても、翼を叩いても。
紫色の舌を口からダランと垂らしたヤッカの白目はひっくり返らない。
「ヤッカ、いい加減に起きてください」
頬を張ってみても、耳をくすぐってみても、ヤッカは起きない。
というより、起きる気配もない。
「……もう!」
ためらったけど、いつもの特効薬を施す以外の選択肢は見つからなかった。
嫌々ながら紫の舌へ手を伸ばし、まだ迷いながら舌を引っ張る。
「ーーぷ?」
白目が黒目に返り、間抜けな声を出したヤッカが慌てて舌を引っ込めた。
やめたほうが良いとは思いつつも、僕はヤッカの舌に触れた右手を鼻に近づけてしまう。
「うぁ……」
なんとも、生臭い。
しかもこの匂いは何時間も続くから。
「セム、オハヨー」
そんなことはつゆ知らずといった感じのヤッカが、翼で僕の頭を撫でる。
「オハヨー、じゃないですよ……」
ポカンとなったヤッカに少しだけ苛立ちながら、僕は部屋の端に置かれている大きな鏡の前に立った。
シャツを脱いで、身体の穴に異常がないかどうかを確認。
昨日みたいに激しい喪失に陥ったのは初めてだったからーー?
「おはようございます、セムさん!」
ノックと同時にドアが開き、寝ぐせで少し跳ねた髪のルビーさんが。
上半身裸の僕と目が合い、ルビーさんは真っ赤になって目を伏せた。
「あっ、あの、すみません!」
慌ててシャツを羽織った僕が謝ると、ルビーさんは何度も頭を下げながらもういちどドアをノックした。
その動きが可笑しくて、僕とヤッカは笑ってしまう。
「セムさん、すみませんでした……それであの、昨日からちょっと気になってたことがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
「あの、セムさんの穴《ネスト》って、ふつうより大きくないですか? やっぱり、セムさんのすごい治癒力はそのせいで……?」
そう言いながら、ルビーさんはブラウスの前立てを慎重に開く。
健康そうな肌に、穴があった。
驚いた僕にルビーさんが言う。
「あたし、抗菌士《レジスタ》なんです。けどぜんぜんダメで、ラデンやレベッカの役に立ててないのですが……」
ルビーさんの大きめに膨らんだ胸の谷間までは見えていないとはいえ、ふだんなら直視できる状況じゃなかった。
けれど、僕は目を離せなかった。
抗菌士だということは、ルビーさんの身体はーー
「あたしのと比べて、やっぱり大きいですよね……? 小さいころからそうなんですか?」
言われて、僕は鏡を見る。
この穴は10歳のころ、両親の死因になった病にかかったときから大きくなったから、生まれつきじゃない。
僕は1年前に菌の量が増えるまでは平凡な癒菌士だったから、1人で担当をこなせないことも少なくなかった。
その件で落ち込んでいると、決まってエドが励ましてくれたことを思い出す。
穴はみんな同じ大きさだよ。
兄ちゃんだけが特別なんだ。
何か意味がある。
ーーいつか、わかるときが来るよ。
「……そうですね、確かに人より大きいと思います。菌が増えたことと関連があるのか、わかりませんが」
「おっ!? もしかして、ゴハン!?」
突然、ヤッカが騒ぎ出した。
にこりと笑って頷いたルビーさんが食事カートを中へ運び入れると、ヤッカは嬉しそうに部屋を跳ね回った。
「ゴハンだーごはん、ご・は・ん!」
こんなふうに喜ぶヤッカを見るのはいつ以来だろうか。
よっぽどお腹が空いていたのかな。
カートに乗せられたシカ肉やライ麦のパン、ブイヨンスープは僕の食欲も刺激し、僕らはがっついて朝食を摂った。
身体の大きさが違うから、3割が僕で、残りの7割はヤッカだけど。
食事を終えた僕は、ラデンさんたちのところへ急ぎましょうと提案した。
0
あなたにおすすめの小説
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる