癒菌士と抗菌士の旅事情

本書 長光(ほんしょ ながみつ)

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1章 アース神族とアルステア国

第9話 抗菌士《レジスタ》

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 翌朝の5時半は雲のない狐色の空。
 菌の増殖は終わったみたいで、喪失は欠片も感じない。

 窓を開けて外の空気を吸い込むと、兵士さんたちが快活な挨拶をしてくれた。
 寝ぼけ眼をこすり、僕はベッドにもたれかかったままのヤッカの元へ。

「ずぴー、ず、ぴぃー!」

 大きな寝息というか、いびきだった。
 もう聞き慣れているけれど、緊張してあまり眠れなかった僕とは肝の座りが違うな、と感心するしかなかった。

「ヤッカ! 起きてください!」

 と言いながら、僕はこの戦いが長期戦になることを覚悟していた。

「ヤッカ、ヤッカー?」

 揺さぶっても、翼を叩いても。
 紫色の舌を口からダランと垂らしたヤッカの白目はひっくり返らない。

「ヤッカ、いい加減に起きてください」

 頬を張ってみても、耳をくすぐってみても、ヤッカは起きない。
 というより、起きる気配もない。

「……もう!」

 ためらったけど、いつもの特効薬を施す以外の選択肢は見つからなかった。
 嫌々ながら紫の舌へ手を伸ばし、まだ迷いながら舌を引っ張る。

「ーーぷ?」

 白目が黒目に返り、間抜けな声を出したヤッカが慌てて舌を引っ込めた。
 やめたほうが良いとは思いつつも、僕はヤッカの舌に触れた右手を鼻に近づけてしまう。

「うぁ……」

 なんとも、生臭い。
 しかもこの匂いは何時間も続くから。

「セム、オハヨー」

 そんなことはつゆ知らずといった感じのヤッカが、翼で僕の頭を撫でる。

「オハヨー、じゃないですよ……」

 ポカンとなったヤッカに少しだけ苛立ちながら、僕は部屋の端に置かれている大きな鏡の前に立った。
 シャツを脱いで、身体の穴に異常がないかどうかを確認。
 昨日みたいに激しい喪失に陥ったのは初めてだったからーー?

「おはようございます、セムさん!」

 ノックと同時にドアが開き、寝ぐせで少し跳ねた髪のルビーさんが。
 上半身裸の僕と目が合い、ルビーさんは真っ赤になって目を伏せた。

「あっ、あの、すみません!」

 慌ててシャツを羽織った僕が謝ると、ルビーさんは何度も頭を下げながらもういちどドアをノックした。
 その動きが可笑しくて、僕とヤッカは笑ってしまう。

「セムさん、すみませんでした……それであの、昨日からちょっと気になってたことがあるのですが……」

「はい、なんですか?」

「あの、セムさんの穴《ネスト》って、ふつうより大きくないですか? やっぱり、セムさんのすごい治癒力はそのせいで……?」

 そう言いながら、ルビーさんはブラウスの前立てを慎重に開く。
 健康そうな肌に、穴があった。
 驚いた僕にルビーさんが言う。

「あたし、抗菌士《レジスタ》なんです。けどぜんぜんダメで、ラデンやレベッカの役に立ててないのですが……」

 ルビーさんの大きめに膨らんだ胸の谷間までは見えていないとはいえ、ふだんなら直視できる状況じゃなかった。
 けれど、僕は目を離せなかった。
 抗菌士だということは、ルビーさんの身体はーー

「あたしのと比べて、やっぱり大きいですよね……? 小さいころからそうなんですか?」

 言われて、僕は鏡を見る。
 この穴は10歳のころ、両親の死因になった病にかかったときから大きくなったから、生まれつきじゃない。

 僕は1年前に菌の量が増えるまでは平凡な癒菌士だったから、1人で担当をこなせないことも少なくなかった。
 その件で落ち込んでいると、決まってエドが励ましてくれたことを思い出す。

 穴はみんな同じ大きさだよ。
 兄ちゃんだけが特別なんだ。
 何か意味がある。
 ーーいつか、わかるときが来るよ。

「……そうですね、確かに人より大きいと思います。菌が増えたことと関連があるのか、わかりませんが」

「おっ!? もしかして、ゴハン!?」

 突然、ヤッカが騒ぎ出した。
 にこりと笑って頷いたルビーさんが食事カートを中へ運び入れると、ヤッカは嬉しそうに部屋を跳ね回った。

「ゴハンだーごはん、ご・は・ん!」

 こんなふうに喜ぶヤッカを見るのはいつ以来だろうか。
 よっぽどお腹が空いていたのかな。

 カートに乗せられたシカ肉やライ麦のパン、ブイヨンスープは僕の食欲も刺激し、僕らはがっついて朝食を摂った。
 身体の大きさが違うから、3割が僕で、残りの7割はヤッカだけど。

 食事を終えた僕は、ラデンさんたちのところへ急ぎましょうと提案した。
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