癒菌士と抗菌士の旅事情

本書 長光(ほんしょ ながみつ)

文字の大きさ
10 / 10
1章 アース神族とアルステア国

第10話 侵攻の日(1)

しおりを挟む
 小屋を出ると、昨日とはまるで違う、朗らかな表情の大臣さんが僕らを迎えてくれた。

「わかりやすいなー、大臣さんはー」

 ヤッカの嫌みにも動じず、大臣さんは僕の能力を賞賛し続けていた。
 護衛の兵士さんが群がってくる。

 ラデンさんたちの所へ向かう一行が森に差しかかったとき、腰の曲がった白髪のお爺さんが木の裏から現れ、大臣に声をかけて呼び止める。

「おお、シイ爺。どうした、こんなところで?」

 上機嫌な大臣に問われ、お爺さんは皺だらけの顔をしかめて頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。同じ癒菌士として、どうしても大臣にお伝えしておきたいことがございまして……その者の件ですゆえ」

 指をさされ、僕は驚いた。
 僕のこと?

「あ、セムさん。あの人はシイさんといって、アルステア国属の癒菌士です。昔から癒菌士として世界じゅうを旅してきた人なんです」

 僕はルビーさんの紹介にお礼を言い、なぜか苛立っているヤッカを少し気にしていた。
 ヤッカは、気の長い異人なのに。

「おお、なんだ? あまり時間がないからの、手早く済ませてくれ」

「すまんです。大臣、菌の保有量はその者の魂《アニマ》の大きさで決まることを知っておりますな?」

 シイさんが自分を凝視する目はどこかほの暗く、僕は嫌な予感を感じていた。

「儂が世界を旅してきたことも知っているかと。その前提で聞いて頂きたいのですが、少年の菌の保有量は絶対にあり得ぬ。儂の見立てではーー」

 ヤッカが重い呻りを上げていた。
 今にもシイさんに飛びかかりそうで、僕は慌てて翼を掴む。
 そのときのヤッカの激しい表情に僕は驚いた。
 手を離しかけてしまうくらいに。

「そう、最低でも7人ぶんの魂がないとあんな真似はできませぬ。ですが、1つの身体に7人もの魂が宿るなど、それこそあり得ぬことです」

「……シイよ、何が言いたい? 急いでおるのだ」

 少し苛立った感で大臣が急かすと、シイさんは仰々しい口調で言った。

「ーー儂が言いたいのは、その少年が邪《よこしま》な下法《げほう》に身を染めているのでは、ということです」

 場に、沈黙が流れた。
 まったく心当たりのないことだし、何と反論して良いかもわからなかった。
 けれど不思議なことにヤッカの呻りは止まっていて、むしろ安堵したような顔でシイさんを眺めている。

「そんなことを言いに来たのか。……シイよ、儂もその少年は得体が知れないと感じておる。ーーだが、それがどうした? 今はそんなことにこだわるときではない」

 大臣に肩を小突かれ、シイさんは困惑した表情で後ずさりをする。

「先を急ごう。すまなんだな、シイも悪気があるわけではない。ラデンたちを憂いての行動だと思ってくれ」

 大臣に頭を下げられ、僕は慌てて首を振って歩き出す。

「じゃーねぇー、ご苦労ご苦労」

 シイさんの前を通るとき、ヤッカが茶化すようにそう言ったことをたしなめ、僕は森に足を踏み入れた。

 湖ではレベッカさんに膝まくらをされたラデンさんが、大きないびきを。

「ラデン、起きて」

 頬に触れてから僕に微笑んだレベッカさんは、ラデンさんを揺り起こす。
 むくりと起き上がったラデンさんが僕と大臣に挨拶するけれど、僕はレベッカさんが泣いていたように見えて……

「セム、さっそくで悪いが……」

 地鳴りのような重低音に頷き、僕はレベッカさんの左足にとりかかる。
 左足の損傷も酷かったけれど、40分ほどで治癒を終えることができた。

「ーーありがとう」

 レベッカさんは僕を地面に降ろし、人間の顔よりもひと回り大きな人差し指の先を僕に差し出す。
 右手で触れ、僕は嬉しくなっていた。

「本当に久しぶり! ちゃんと歩けるわ。ーーそうだ、ルビー? 少し散歩に付き合ってくれない?」

 急に流暢に喋り出したレベッカさんに誘われ、ルビーさんはよろしくお願いしますと言って森の奥へ。

「ふっ、よほど嬉しいようだ。散歩など滅多に行かないのに」

 そう言って手を差し出すラデンさんの顔も明るくて、ラデンさんも早く治してあげたい、僕は心からそう思えていた。

 昨日の反省を活かし、僕はまずラデンさんの足の治癒にとりかかった。
 足が動かないと、戦えないから。

 ーー今日はとても暖かく、夕陽の狐色が僕の額に大粒の汗を浮かばせる。
 たまに頬を撫でていく、少し冷えたそよ風がすごく心地よかった。

「ありがとう、これで最低限は戦えるようになったわ」

 両足の治癒を終え、ひと息ついた僕に声をかけ、ラデンさんは僕を自分の右肩に乗せた。

「胴体は後回しでいい。実はな、右耳の傷が痛くて堪らないのでな。そこを先にやってくれるか」

 右耳が、大きく欠けていた。
 もちろん気づいてはいたけれど、優先順位は高くないと考えていた。
 僕は頷き、顔を肩に傾けたラデンさんの耳の傍で菌糸が伸びるのを待つ。

「……セム……」

 菌糸が耳の軟骨を再生し始めたと同時、ラデンさんが声を潜めて僕を呼ぶ。
 潜めたといっても、音量は僕たち人間の倍くらいだけど。

「はい?」

「ワシらは大きな嘘をついている」

 僕の上半身ほどもある瞳にのぞき込まれ、僕は何も言えずにいた。
 嘘って、誰に対して……?

「ワシらはルビーの両親を知っておる。この国に彼女を連れてきたのも、偶然ではないーー」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...