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1章 アース神族とアルステア国
第10話 侵攻の日(1)
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小屋を出ると、昨日とはまるで違う、朗らかな表情の大臣さんが僕らを迎えてくれた。
「わかりやすいなー、大臣さんはー」
ヤッカの嫌みにも動じず、大臣さんは僕の能力を賞賛し続けていた。
護衛の兵士さんが群がってくる。
ラデンさんたちの所へ向かう一行が森に差しかかったとき、腰の曲がった白髪のお爺さんが木の裏から現れ、大臣に声をかけて呼び止める。
「おお、シイ爺。どうした、こんなところで?」
上機嫌な大臣に問われ、お爺さんは皺だらけの顔をしかめて頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。同じ癒菌士として、どうしても大臣にお伝えしておきたいことがございまして……その者の件ですゆえ」
指をさされ、僕は驚いた。
僕のこと?
「あ、セムさん。あの人はシイさんといって、アルステア国属の癒菌士です。昔から癒菌士として世界じゅうを旅してきた人なんです」
僕はルビーさんの紹介にお礼を言い、なぜか苛立っているヤッカを少し気にしていた。
ヤッカは、気の長い異人なのに。
「おお、なんだ? あまり時間がないからの、手早く済ませてくれ」
「すまんです。大臣、菌の保有量はその者の魂《アニマ》の大きさで決まることを知っておりますな?」
シイさんが自分を凝視する目はどこかほの暗く、僕は嫌な予感を感じていた。
「儂が世界を旅してきたことも知っているかと。その前提で聞いて頂きたいのですが、少年の菌の保有量は絶対にあり得ぬ。儂の見立てではーー」
ヤッカが重い呻りを上げていた。
今にもシイさんに飛びかかりそうで、僕は慌てて翼を掴む。
そのときのヤッカの激しい表情に僕は驚いた。
手を離しかけてしまうくらいに。
「そう、最低でも7人ぶんの魂がないとあんな真似はできませぬ。ですが、1つの身体に7人もの魂が宿るなど、それこそあり得ぬことです」
「……シイよ、何が言いたい? 急いでおるのだ」
少し苛立った感で大臣が急かすと、シイさんは仰々しい口調で言った。
「ーー儂が言いたいのは、その少年が邪《よこしま》な下法《げほう》に身を染めているのでは、ということです」
場に、沈黙が流れた。
まったく心当たりのないことだし、何と反論して良いかもわからなかった。
けれど不思議なことにヤッカの呻りは止まっていて、むしろ安堵したような顔でシイさんを眺めている。
「そんなことを言いに来たのか。……シイよ、儂もその少年は得体が知れないと感じておる。ーーだが、それがどうした? 今はそんなことにこだわるときではない」
大臣に肩を小突かれ、シイさんは困惑した表情で後ずさりをする。
「先を急ごう。すまなんだな、シイも悪気があるわけではない。ラデンたちを憂いての行動だと思ってくれ」
大臣に頭を下げられ、僕は慌てて首を振って歩き出す。
「じゃーねぇー、ご苦労ご苦労」
シイさんの前を通るとき、ヤッカが茶化すようにそう言ったことをたしなめ、僕は森に足を踏み入れた。
湖ではレベッカさんに膝まくらをされたラデンさんが、大きないびきを。
「ラデン、起きて」
頬に触れてから僕に微笑んだレベッカさんは、ラデンさんを揺り起こす。
むくりと起き上がったラデンさんが僕と大臣に挨拶するけれど、僕はレベッカさんが泣いていたように見えて……
「セム、さっそくで悪いが……」
地鳴りのような重低音に頷き、僕はレベッカさんの左足にとりかかる。
左足の損傷も酷かったけれど、40分ほどで治癒を終えることができた。
「ーーありがとう」
レベッカさんは僕を地面に降ろし、人間の顔よりもひと回り大きな人差し指の先を僕に差し出す。
右手で触れ、僕は嬉しくなっていた。
「本当に久しぶり! ちゃんと歩けるわ。ーーそうだ、ルビー? 少し散歩に付き合ってくれない?」
急に流暢に喋り出したレベッカさんに誘われ、ルビーさんはよろしくお願いしますと言って森の奥へ。
「ふっ、よほど嬉しいようだ。散歩など滅多に行かないのに」
そう言って手を差し出すラデンさんの顔も明るくて、ラデンさんも早く治してあげたい、僕は心からそう思えていた。
昨日の反省を活かし、僕はまずラデンさんの足の治癒にとりかかった。
足が動かないと、戦えないから。
ーー今日はとても暖かく、夕陽の狐色が僕の額に大粒の汗を浮かばせる。
たまに頬を撫でていく、少し冷えたそよ風がすごく心地よかった。
「ありがとう、これで最低限は戦えるようになったわ」
両足の治癒を終え、ひと息ついた僕に声をかけ、ラデンさんは僕を自分の右肩に乗せた。
「胴体は後回しでいい。実はな、右耳の傷が痛くて堪らないのでな。そこを先にやってくれるか」
右耳が、大きく欠けていた。
もちろん気づいてはいたけれど、優先順位は高くないと考えていた。
僕は頷き、顔を肩に傾けたラデンさんの耳の傍で菌糸が伸びるのを待つ。
「……セム……」
菌糸が耳の軟骨を再生し始めたと同時、ラデンさんが声を潜めて僕を呼ぶ。
潜めたといっても、音量は僕たち人間の倍くらいだけど。
「はい?」
「ワシらは大きな嘘をついている」
僕の上半身ほどもある瞳にのぞき込まれ、僕は何も言えずにいた。
嘘って、誰に対して……?
「ワシらはルビーの両親を知っておる。この国に彼女を連れてきたのも、偶然ではないーー」
「わかりやすいなー、大臣さんはー」
ヤッカの嫌みにも動じず、大臣さんは僕の能力を賞賛し続けていた。
護衛の兵士さんが群がってくる。
ラデンさんたちの所へ向かう一行が森に差しかかったとき、腰の曲がった白髪のお爺さんが木の裏から現れ、大臣に声をかけて呼び止める。
「おお、シイ爺。どうした、こんなところで?」
上機嫌な大臣に問われ、お爺さんは皺だらけの顔をしかめて頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。同じ癒菌士として、どうしても大臣にお伝えしておきたいことがございまして……その者の件ですゆえ」
指をさされ、僕は驚いた。
僕のこと?
「あ、セムさん。あの人はシイさんといって、アルステア国属の癒菌士です。昔から癒菌士として世界じゅうを旅してきた人なんです」
僕はルビーさんの紹介にお礼を言い、なぜか苛立っているヤッカを少し気にしていた。
ヤッカは、気の長い異人なのに。
「おお、なんだ? あまり時間がないからの、手早く済ませてくれ」
「すまんです。大臣、菌の保有量はその者の魂《アニマ》の大きさで決まることを知っておりますな?」
シイさんが自分を凝視する目はどこかほの暗く、僕は嫌な予感を感じていた。
「儂が世界を旅してきたことも知っているかと。その前提で聞いて頂きたいのですが、少年の菌の保有量は絶対にあり得ぬ。儂の見立てではーー」
ヤッカが重い呻りを上げていた。
今にもシイさんに飛びかかりそうで、僕は慌てて翼を掴む。
そのときのヤッカの激しい表情に僕は驚いた。
手を離しかけてしまうくらいに。
「そう、最低でも7人ぶんの魂がないとあんな真似はできませぬ。ですが、1つの身体に7人もの魂が宿るなど、それこそあり得ぬことです」
「……シイよ、何が言いたい? 急いでおるのだ」
少し苛立った感で大臣が急かすと、シイさんは仰々しい口調で言った。
「ーー儂が言いたいのは、その少年が邪《よこしま》な下法《げほう》に身を染めているのでは、ということです」
場に、沈黙が流れた。
まったく心当たりのないことだし、何と反論して良いかもわからなかった。
けれど不思議なことにヤッカの呻りは止まっていて、むしろ安堵したような顔でシイさんを眺めている。
「そんなことを言いに来たのか。……シイよ、儂もその少年は得体が知れないと感じておる。ーーだが、それがどうした? 今はそんなことにこだわるときではない」
大臣に肩を小突かれ、シイさんは困惑した表情で後ずさりをする。
「先を急ごう。すまなんだな、シイも悪気があるわけではない。ラデンたちを憂いての行動だと思ってくれ」
大臣に頭を下げられ、僕は慌てて首を振って歩き出す。
「じゃーねぇー、ご苦労ご苦労」
シイさんの前を通るとき、ヤッカが茶化すようにそう言ったことをたしなめ、僕は森に足を踏み入れた。
湖ではレベッカさんに膝まくらをされたラデンさんが、大きないびきを。
「ラデン、起きて」
頬に触れてから僕に微笑んだレベッカさんは、ラデンさんを揺り起こす。
むくりと起き上がったラデンさんが僕と大臣に挨拶するけれど、僕はレベッカさんが泣いていたように見えて……
「セム、さっそくで悪いが……」
地鳴りのような重低音に頷き、僕はレベッカさんの左足にとりかかる。
左足の損傷も酷かったけれど、40分ほどで治癒を終えることができた。
「ーーありがとう」
レベッカさんは僕を地面に降ろし、人間の顔よりもひと回り大きな人差し指の先を僕に差し出す。
右手で触れ、僕は嬉しくなっていた。
「本当に久しぶり! ちゃんと歩けるわ。ーーそうだ、ルビー? 少し散歩に付き合ってくれない?」
急に流暢に喋り出したレベッカさんに誘われ、ルビーさんはよろしくお願いしますと言って森の奥へ。
「ふっ、よほど嬉しいようだ。散歩など滅多に行かないのに」
そう言って手を差し出すラデンさんの顔も明るくて、ラデンさんも早く治してあげたい、僕は心からそう思えていた。
昨日の反省を活かし、僕はまずラデンさんの足の治癒にとりかかった。
足が動かないと、戦えないから。
ーー今日はとても暖かく、夕陽の狐色が僕の額に大粒の汗を浮かばせる。
たまに頬を撫でていく、少し冷えたそよ風がすごく心地よかった。
「ありがとう、これで最低限は戦えるようになったわ」
両足の治癒を終え、ひと息ついた僕に声をかけ、ラデンさんは僕を自分の右肩に乗せた。
「胴体は後回しでいい。実はな、右耳の傷が痛くて堪らないのでな。そこを先にやってくれるか」
右耳が、大きく欠けていた。
もちろん気づいてはいたけれど、優先順位は高くないと考えていた。
僕は頷き、顔を肩に傾けたラデンさんの耳の傍で菌糸が伸びるのを待つ。
「……セム……」
菌糸が耳の軟骨を再生し始めたと同時、ラデンさんが声を潜めて僕を呼ぶ。
潜めたといっても、音量は僕たち人間の倍くらいだけど。
「はい?」
「ワシらは大きな嘘をついている」
僕の上半身ほどもある瞳にのぞき込まれ、僕は何も言えずにいた。
嘘って、誰に対して……?
「ワシらはルビーの両親を知っておる。この国に彼女を連れてきたのも、偶然ではないーー」
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