魔術師と不死の男

井傘 歩

文字の大きさ
36 / 37
新章–物語は終わらない–

互いの武器

しおりを挟む


「あぁ、そうだ。先に言っておこう」

 ドグラ国王が懐から取り出したのは、スイッチだった。手のひらに収まるサイズの筒状の本体に、先端には赤いボタンが付いている。一目でそのボタンを押すのだと分かる、シンプルなデザインのもの。

 そしてそれが何のスイッチなのか、アルファたちには容易に理解できた。

「これは魔力無効化装置ナルタスのスイッチだ。既に気付いているだろうが、この城には全体を覆える数のナルタスが設置されている。それを起動するためのスイッチだ。ここが我々の本拠地で、兵団長たちが背後に控えているとはいえ、それでもまだ魔術師相手では万全の守りとはいえない。万が一そちらと戦いになった時に備え、用意させてもらった。構わんかね」

「承知の上です。約束しましょう、そのスイッチを押させないと」

 アルファの言葉にドグラ国王は小さく笑みをこぼし、スイッチを卓上の手が届く位置に置いた。

「若いのに肝が据わっているのだな、魔術皇は。このスイッチを押されれば自分たちが嬲り殺しになるかもしれんと言うのに、いのだな」

 アルファが唐突に、左の手のひらを上に向ける。その手のひらから、青い炎がボッと現れ、小さく揺らめく。

 その揺らめきが早いか、兵団長たち2人がテーブルへ身を乗り出して炎とドグラ国王の間に割って入り、ジャクスロム大臣は大慌てでテーブルの陰へ身を隠した。

 しかし、ドグラ国王だけは椅子に座ったまま。卓上のスイッチに手を伸ばすこともなく、蒼炎の揺らめきを見つめていた。

「アルファ」

 ベイツが恐る恐るといったように声をかける。まさかこの場で揉め事を起こすつもりではないだろう。そう分かってはいるが、場に満ちる緊張感は間違いなく本物だ。ラウンズもアルファを見つめ、いざとなればアルファを押さえつけようと身構えている。

 皆の注目を一身に受けていたアルファは、炎の灯る手のひらを握り込むようにして閉じた。そしてパッと開かれた手のひらには、もう青い炎は無かった。

「皆さん、どうもすみませんでした」

 微笑みながら手をテーブルの上に置いたアルファに、テーブルの陰から顔を覗かせたジャクスロム大臣が大きな声を上げた。

「どういうつもりなんだね、アルファ皇!ここを火の海にする気か!」

 驚かされた事への怒りか、顔を真っ赤にしながら席に座り直すジャクスロム大臣。警戒を解き再び立ち位置に着いた王国兵団長たち二人も、兜の奥からアルファを怪訝な目で見つめていた。

 アルファは彼らへ手を振り、言葉を連ねる。

「いや、本当に申し訳なかった。試すような事をしてしまって、すまなかった」
 
「試すだと?」

「ふふっ、魔術皇よ、そこまでにしてやってくれ。ジャクスロムは気が弱いんだ」
 
 ドグラ国王が、噛み殺したように小さく笑った。

「それは申し訳なかった、ジャクスロム大臣。どうか許してください。私たち魔術師はこのように、いつでも人の命に手をかける事が出来てしまう。むしろ、ナルタスが無くしては安心して対等な話し合いができるとは思ってはいません。その事を伝えたかったのと同時に、私という人間を信じてくれているか、試してしまいました」

「私からしてみれば、まだ交渉の始まっていないこの段階で、魔術皇が我々を手にかける事は万が一にもあり得ないと分かりきっている話だ。はなから我々の殺害が目的ならば、城に入り込まず外から魔術の嵐で我々を葬ってしまえばいいのだからな。ゆえに、怯える必要も、ナルタスのスイッチを手に取る必要も無かったというわけだ」

「それを聞けて嬉しいです。皆さん、私の勝手で驚かせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 ドグラ国王の言葉は、実際のところアルファにとって嬉しいものだった。対等に交渉するという意思、こちらに対するある程度の信頼、それがドグラ国王にあったと知れたのだから。この場を罠だと思い警戒されているわけではないと分かったのは、アルファには大きな情報だった。

 それと同時に、アルファはより気を引き締めた。

 連合国との戦いに魔術師を動員し、勝利を収めるともう用済みだと魔術師を狩り始めた。ドグラ国王という男はそういう事ができる、自分の国の利益の為に利用できるものは利用し、必要なくなれば切り捨てる事が出来る男なのだ。

 そういう残虐さを持つ男からの信頼の言葉は、なによりも警戒しなくてはならない。こちらに対してその残虐さを発露させないよう、努めなくてはいけない。

「水を差してしまいました。では、始めましょう」
 
 互いの手札を少しだけ明かし、ついに話し合いが始まった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

もういいや

ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...