魔術師と不死の男

井傘 歩

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囚われてから何日目だろうか

許された

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「お前,一体何が目的だ?」

 目の前で満足げに小瓶を振る男に問い掛けた。忌まわしき黄金色の液体を内容したその小瓶には,かつて入れられた俺の爪は見受けられなかった。

 痛みと屈辱に気を失った俺が目を覚ました時,左手の爪は勿論,右手5本の指の爪も既に失われていた。

 気絶している間に剥ぎ取られたのだろう。剥がされる痛みに苦しめられる事は無かったが,行き場の無い怒りが更に募る事となった。

 挙げ句の果に,奴がやけに恍惚とした表情で

「君の指をしゃぶらせて貰ったけれど,少々無骨だね。血の味が私好みだっただけに,そこが気になったよ」

 と俺に告げた時は,いっその事この10指全てを切り落としてくれとすら思った。

 爪を失い見るも無残になった指々は既に出血こそ治まったものの,薄桃色の肉が露見しているせいで少しでも動かそうものなら肉が空気に直に触れ,鋭い痛みが走った。

 奴は何故こんな事をする?

 俺を寵愛したいならば,傷つける意味が分からない。ましてや,不死之魔術を掛けて置きながら,肉体を欠けさせるなど支離滅裂にも程がある。

 支離滅裂である事こそが奴の目的なのだろうか。生き永らえさせながら永久に苦痛を与え続ける事。拷問じみた真似をする事が目的なのだとしたら,誰かがアイツにそれを命じたのか。

 分からない事だけなのだ。1から10まで,何もかも。あろう事か俺は,奴の名前すら知らないのだから。

「何だってこんな事するんだ。俺の気を狂わせたいのか?」

 手の中の小瓶から目を離し,男は態とらしい作り笑いをして言った。

「爪の事なら心配しなくていいよ。そう遠くない内にニョキニョキって生えてくるはずだから」

「返事になってない。俺が聞きたいのは,どうして俺を」

 言葉を連ねる俺の口内へ,男は小瓶の中の黄金色の液体を唐突にクイッと流し込んで来た。口の中に注ぎ込まれる,黄金色の液体。


 滑らかかつ素早い動きに俺の反応は遅れ,驚きのあまり液体を飲み込む事が出来ずに吐き出してしまった。

 咳き込みながら,口内に残る液体の残滓を唾と一緒くたに吐き捨てた。甘い,黄金色の液体。今まで口にしたことの無い感覚。

 一瞬蜂蜜かと思われたが,サラリとしているし蜂蜜にしては異様に甘い。まんま砂糖を溶かしたかの様な,気持ち悪さすら生じさせる程にしつこい甘さ。口内に得体の知れない液体を注がれた事に顔を歪ませる。

 舌をダラリと垂らし,呼吸を荒げ尚も纏わり付いてくる甘さから逃れようとしていると唾と液を吐き出していると,男は小瓶に残った僅かな液体を指先に落とし,ペロリと舐め取り,「甘い」と呟いた。

「君は甘い物は苦手なのかな?だとしたら,少し嗜好を変えて見る必要がありそうだね」

 素っ頓狂な事を真面目な顔をして言い放つ男に,案の定俺は酷く腹を立てる。どこまで人を馬鹿にしているのだこの男は。

「君は-,あぁ,そうだ。名前を呼ぶ事が許されたんだった」

 次いで男の口が紡いだのは,紛れもない俺の名前だった。

「ア,ル,ファ,リ,ウ,ス」

 歌うかの様な口ぶり。すっかり言い慣れた固有名詞だとでも言いたげな滑らかさ。この男は,俺の名前を知っていた。

 俺の事を,知っているのだ。

「愛称はアルファ,だったかな?村の友人たちからは概ねそう呼ばれていたのだろう?アルファリウスなんて,少々長い名前だからね」

「お前…,何で俺の名前を…?」

「今は,まだ知らなくていいよ。君が望まなくても,私が拒んでも。全てが明らかになる日は必ず訪れるから」

 再び小瓶に目を落とした男は,手先で小瓶を弄んでいたかと思うと,スッと小瓶を消した。瞬間的な空間魔法の発動だった。

「そして,私が君に名前を告げる事も許されたんだよ。私の名前,『ベイツ』をね」

「ベイツ…」

 反射的に奴の。ベイツの名前を口にしていた。それを聞いたベイツが,ブルリと身を震わせ恍惚の声を上げた。整った顔が悦楽に歪み,口角が上がってニヤけていた。さながら,絶頂を迎えたとでも言わんばかりの反応に困惑する。

「あぁ,やはり。君が口ずさむ私の名前はこれ程までに甘美なのか。先程の液とは天と地の差,月とスッポンだよ。流石だね,アルファ」

 輪をかけて意味が分からなくなり始めたベイツの言動。そこから何かの意味を見出そうと,気持ち悪さを押し殺して思考を張り巡らす。

 何故ベイツは俺の名を,あまつさえ俺の愛称を知っているのだ。以前から俺についてのアレコレを知っていて,俺を監禁したのも計画通りだというのか。

 だとするならば,やはり誰かから依頼,もしくは命ぜられて俺を閉じ込めているのか。それが奴の目的ならば,

「Mr.ムーン,アルファ」

 俯きがちな俺の視線に合わせる様に身を屈めて,ベイツがニコリと笑った。初めて見る,心の底からの笑顔。何故か安堵すら覚えてしまう様な。

「少し街に出てくるよ。大人しくしていてね」

 やけに明るい声音を残し,ベイツは地下室を出て行った。

 予期せず与えられた情報を前に,終わりすら見えないこの監禁生活にどんな意味があるのか,俺は目を閉じ思慮に耽った。
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