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目的
生物理論者
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市場で新鮮な卵が手に入ったので,今夜はオムライスにしようと思った。ケチャップでハートマークを描いたらアルファは嫌がるだろうな。
拒否しながらも空腹感と美味しそうな香りに耐えかねて結局頬張ってしまう彼を見るのが楽しみだ。
そう思っていたのだが。
「そっちだ!」
「逃がすな,必ず捕えろ!」
「魔術師は根絶やしにしろ!!」
人で賑わう大通りから4つ程奥の道,仮にも城下町とは思えない程に静まり返った裏路地を,買い物袋片手に駆け抜ける。
もう10分程走り続けているはずだが,一向に追手の声が遠のかない。身体強化魔術を行使して走力を増しているはずなのに,何処までも追いかけて来る。
勢いよく角を曲がると,そこにまた王国兵が居た。手元の機械を睨みつけながら周囲を見回していた王国兵の一人が視界の端に僕を捉え,辺りに散開していた仲間たちに怒鳴りつける。
「居たぞ!18番だ!」
その言葉と手元の機械にピンとくる。と同時にその場でクルリと一回転して身体を包んでいた薄紫色のオーラ。身体強化魔術を解除して,王国兵たちの反対方向へ走り出した。
「おい!待て!」
「くっ…,はぁっ…」
身体強化魔術を解除したせいでとてつもない疲労が身体を襲い息が上がったが,僕の読みが正しければこれで撒けるはずだ。
何度も角を曲がり,なるべく奴等の視界から消える様に走り抜ける。目で捕捉できなければ,奴等はきっと手元の機械を見るだろう。そうすれば。
「おい!反応が弱まったぞ」
兵士の一人が手元の機械を見ながら立ち止まった。その声に釣られる様に他の兵士達も機械を確認し,驚きの声を上げる。
「馬鹿な!?転移魔術が行使されたなら一際強い反応が出るはずだ。転移魔術無しに急に反応が弱まるはずがない!」
「だが,現にターゲットの魔力反応は極限まで低下している!」
「まさか,我等の知り得ない魔術が?」
「とにかく探せ!まだ辺りに居るはずだ!」
兵士達の滑稽なまでの大慌てぶりに予想が的中した事を悟る。やはり彼らは,僕が発動していた身体強化魔術の魔力を感知して僕の位置を把握していたらしい。
魔術師の仲間から聞いていた,魔術師の魔力反応を感知して居場所を特定できる様にする機械,「ディプレイ」。気を付けてはいたが,まさか既に完成していたとは思わなかった。
荒く乱れた息を整えながら路地の隅に座り込んで,抱えていた買い物袋の中を覗き込む。ケチャップや玉ねぎの中で,案の定卵は割れていた。王国に申し立てたら賠償して貰えないだろうか。
「今から買いに戻れば…,またあいつ等に出くわすか」
大人しく卵は諦めることにした。僕だって,命より卵の方が惜しい。アルファには申し訳無いけれど,卵無しオムライスという新料理を味わってもらおう。
その場に卵を置いて帰路につこうとした,その時。
「勿体ねぇなぁ,その卵」
頭上から降り注ぐ声と殺気。反射的に身を翻し後方へ飛び退く。住居の屋根の上に,黒装束に身を包んだ男が立っていた。両手には真っ黒の短剣を持っている。即ち,闇に紛れる事を得意とした格好。
「はははは」と高笑いしながら男は屋根から跳躍し,僕の前に着地した。その間も絶え間なく,惜しげも無く発散される殺気に気圧されそうになる。こんなに近付いていたのに殺気を感じられなかったのは奴が消していたからだった。間違いなく,手練。
「そんなに驚くなよ。驚かせるのが目的なら,はなから奇襲仕掛けてるっつの」
両手の内で短剣をクルクルとひらめかせながら,男は歩み寄ってくる。彼が僕を狙って放たれた刺客なのか,はたまた他の目的を持っているのか,完全に図りかねた僕は取り敢えずあの短剣の間合いに入らないように後退った。
「何者だ。王国が放った刺客か?」
男は僕の返事には答えずにしゃがみ込んで,僕がさっき置いた割れた卵を一つ手に取った。じっとそれを見つめた奴は,割れ目から黄身と白身が溢れ零れているそれを,殻ごと口に放り込んだ。
この状況ではこの上ない程に異質であろう奴の行動に,一瞬思考がフリーズしてしまう。そんな僕などお構い無しに,口に含んだ生卵をバリボリと殻ごと咀嚼していた。満面の笑みで。
殻が噛み砕かれる音だけが聞こえる,異様な静けさ。ひとしきり噛み終えた奴はゴクリと咀嚼物を飲み込み,ホッと息を吐いた。
「お前は,こういう喰い方は嫌いか?」
「は?」
至極当然の様に問うて来られて,思わず疑問がそのまま口を突いてしまった。対する奴は,呆れたように溜息を吐いた。自分の言っていることが明瞭なものであるかもような態度に少し苛つきを覚える。
「お前は命を喰らう事について考えた事があるか?」
「何が言いたい?」
男は左手で握る短剣の先を僕へ,右手で逆手に短剣を持ち,先端を自分へと向けた。思わず身構えたが,男はそのまま再び語りだす。
「売り物の卵は,いわゆる無精卵,温めてもひよこは生まれてこないんだと。だが,俺はそれでも命は命だと思うんだ。俺にとって,卵っていうのは命の象徴。生まれ得なかった命の抜け殻だ。生きる俺は,命を喰らう。生の命を喰らい,己が身を生かす。だから俺は,喰らわれる命一つ一つへ敬意を評するんだよ」
「つまり……,生の食べ物が好きだと?」
僕のキョトンとした顔を見た奴は,またハァ,と溜息を吐いて,両手をブラリと身体の横で垂らした。
「語っても無駄だったみたいだな」
「御託はいい。お前の目的を教えろ」
「お前を殺すことだ」
次の瞬間,奴は一瞬のうちに僕の背後へ瞬間移動した。僕の腹に,一本の短剣を突き刺して。
常軌を逸したスピードに振り向く事すら叶わず,僕はその場へ膝をついた。
拒否しながらも空腹感と美味しそうな香りに耐えかねて結局頬張ってしまう彼を見るのが楽しみだ。
そう思っていたのだが。
「そっちだ!」
「逃がすな,必ず捕えろ!」
「魔術師は根絶やしにしろ!!」
人で賑わう大通りから4つ程奥の道,仮にも城下町とは思えない程に静まり返った裏路地を,買い物袋片手に駆け抜ける。
もう10分程走り続けているはずだが,一向に追手の声が遠のかない。身体強化魔術を行使して走力を増しているはずなのに,何処までも追いかけて来る。
勢いよく角を曲がると,そこにまた王国兵が居た。手元の機械を睨みつけながら周囲を見回していた王国兵の一人が視界の端に僕を捉え,辺りに散開していた仲間たちに怒鳴りつける。
「居たぞ!18番だ!」
その言葉と手元の機械にピンとくる。と同時にその場でクルリと一回転して身体を包んでいた薄紫色のオーラ。身体強化魔術を解除して,王国兵たちの反対方向へ走り出した。
「おい!待て!」
「くっ…,はぁっ…」
身体強化魔術を解除したせいでとてつもない疲労が身体を襲い息が上がったが,僕の読みが正しければこれで撒けるはずだ。
何度も角を曲がり,なるべく奴等の視界から消える様に走り抜ける。目で捕捉できなければ,奴等はきっと手元の機械を見るだろう。そうすれば。
「おい!反応が弱まったぞ」
兵士の一人が手元の機械を見ながら立ち止まった。その声に釣られる様に他の兵士達も機械を確認し,驚きの声を上げる。
「馬鹿な!?転移魔術が行使されたなら一際強い反応が出るはずだ。転移魔術無しに急に反応が弱まるはずがない!」
「だが,現にターゲットの魔力反応は極限まで低下している!」
「まさか,我等の知り得ない魔術が?」
「とにかく探せ!まだ辺りに居るはずだ!」
兵士達の滑稽なまでの大慌てぶりに予想が的中した事を悟る。やはり彼らは,僕が発動していた身体強化魔術の魔力を感知して僕の位置を把握していたらしい。
魔術師の仲間から聞いていた,魔術師の魔力反応を感知して居場所を特定できる様にする機械,「ディプレイ」。気を付けてはいたが,まさか既に完成していたとは思わなかった。
荒く乱れた息を整えながら路地の隅に座り込んで,抱えていた買い物袋の中を覗き込む。ケチャップや玉ねぎの中で,案の定卵は割れていた。王国に申し立てたら賠償して貰えないだろうか。
「今から買いに戻れば…,またあいつ等に出くわすか」
大人しく卵は諦めることにした。僕だって,命より卵の方が惜しい。アルファには申し訳無いけれど,卵無しオムライスという新料理を味わってもらおう。
その場に卵を置いて帰路につこうとした,その時。
「勿体ねぇなぁ,その卵」
頭上から降り注ぐ声と殺気。反射的に身を翻し後方へ飛び退く。住居の屋根の上に,黒装束に身を包んだ男が立っていた。両手には真っ黒の短剣を持っている。即ち,闇に紛れる事を得意とした格好。
「はははは」と高笑いしながら男は屋根から跳躍し,僕の前に着地した。その間も絶え間なく,惜しげも無く発散される殺気に気圧されそうになる。こんなに近付いていたのに殺気を感じられなかったのは奴が消していたからだった。間違いなく,手練。
「そんなに驚くなよ。驚かせるのが目的なら,はなから奇襲仕掛けてるっつの」
両手の内で短剣をクルクルとひらめかせながら,男は歩み寄ってくる。彼が僕を狙って放たれた刺客なのか,はたまた他の目的を持っているのか,完全に図りかねた僕は取り敢えずあの短剣の間合いに入らないように後退った。
「何者だ。王国が放った刺客か?」
男は僕の返事には答えずにしゃがみ込んで,僕がさっき置いた割れた卵を一つ手に取った。じっとそれを見つめた奴は,割れ目から黄身と白身が溢れ零れているそれを,殻ごと口に放り込んだ。
この状況ではこの上ない程に異質であろう奴の行動に,一瞬思考がフリーズしてしまう。そんな僕などお構い無しに,口に含んだ生卵をバリボリと殻ごと咀嚼していた。満面の笑みで。
殻が噛み砕かれる音だけが聞こえる,異様な静けさ。ひとしきり噛み終えた奴はゴクリと咀嚼物を飲み込み,ホッと息を吐いた。
「お前は,こういう喰い方は嫌いか?」
「は?」
至極当然の様に問うて来られて,思わず疑問がそのまま口を突いてしまった。対する奴は,呆れたように溜息を吐いた。自分の言っていることが明瞭なものであるかもような態度に少し苛つきを覚える。
「お前は命を喰らう事について考えた事があるか?」
「何が言いたい?」
男は左手で握る短剣の先を僕へ,右手で逆手に短剣を持ち,先端を自分へと向けた。思わず身構えたが,男はそのまま再び語りだす。
「売り物の卵は,いわゆる無精卵,温めてもひよこは生まれてこないんだと。だが,俺はそれでも命は命だと思うんだ。俺にとって,卵っていうのは命の象徴。生まれ得なかった命の抜け殻だ。生きる俺は,命を喰らう。生の命を喰らい,己が身を生かす。だから俺は,喰らわれる命一つ一つへ敬意を評するんだよ」
「つまり……,生の食べ物が好きだと?」
僕のキョトンとした顔を見た奴は,またハァ,と溜息を吐いて,両手をブラリと身体の横で垂らした。
「語っても無駄だったみたいだな」
「御託はいい。お前の目的を教えろ」
「お前を殺すことだ」
次の瞬間,奴は一瞬のうちに僕の背後へ瞬間移動した。僕の腹に,一本の短剣を突き刺して。
常軌を逸したスピードに振り向く事すら叶わず,僕はその場へ膝をついた。
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