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目的
魔術戦士
しおりを挟む『こんばんは,時刻は12時を回りました。16月22日,ニュースの時間です』
「………,遅いな」
ベイツが「買い物に行ってくる」と言ってでかけて行ってから,どれだけ経っただろうか?夕飯時はおろか,日付が変わってしまった。
絶え間なく喋り続けるラジオは時刻を把握するにはもってこいだったが,同時に時間の経過を感じさせるもので,待ちぼうけの時には苦痛を運んでくるのだった。
爪を剥いだり,額にキスをしてきたり,耳に吐息を吹き掛けてきたり。事あるごとに様々な嫌がらせをしてきたアイツだったが,毎日3食の食事だけは欠かさず与えてくれた。何だかペットみたいで抵抗があるが。
無論,不老不死の身となった俺には餓死という概念は通用しないものとなっていた。だが,空腹感は生じるものだ。不老不死とは腹を減らしても死ぬ事が無いだけであって,腹が減らないという訳では無い。
言い換えれば,腹が減ってどれだけ苦しもうとも死ねないという事でもあるのだ。永久の苦しみの中で惨めに生き永らえるという事なのだ。
だから,与えられる食事は残さず食べていた。味も決して悪くはなかったし。そもそも,飯を残して精気を損なえば,あいつにどんな薬を飲まされるか分かったものではなかった。極力従うのが最善策だということが少し分かってきていた。
そういう訳で,食においてはある程度の信頼をおいていたのだが,何故かこの日,ベイツは帰って来なかった。
考えられる可能性として,「俺を飢餓状態に置く」という実験なのかも知れないとも思った。アイツは何かしらの目的を持って俺を囚えている。目的の内に俺を飢えさせるなんてものがあるのかも知れない。
もしくは,魔術師狩りに出くわしたか。
ラジオは俺に外の世界の事を沢山教えてくれた。無論,その全てを覚えている訳では無かったが,魔術師達が王国の兵士達によって殺されているニュースは毎日の様に流れていたから,やんわりと覚えている。
兵士達は,魔術師達に対抗するべく科学技術を結集させていた。いくらベイツといえども,王国の技術力が相手となれば屈するのではないだろうか?
そうしてヤツが捕らえられるか殺されるかすれば,俺はここから解放され,自由の身となれるだろう。誰かが見つけてくれればの話だが。
そうなれば俺にとっては両手を上げて喜ぶべき結果となる。筈なのだが。何か,心に引っかかるものがある様に思えた。
「……,どうして帰って来ないんだよ」
口から漏れた呟きに,俺は気付かなかった。
「オッッッッッッラァ!!!」
奴の渾身の蹴りを間一髪で躱し距離を取る。大蹴りを空かした奴は盛大にたたらを踏み,慌てて体制を立て直した。互いに呼吸を整える一瞬の空白,一拍後には再び奴の猛攻が始まった。
奴の手の内で自由自在にひらめく短剣は,奴の素早い身のこなしのせいでそのリーチの短さを感じさせない必殺の暗器 と化していた。一瞬でも足を止めれば,その刃が僕の首をカッ切るだろう。
加えて,奴の長い脚から繰り出される巧みな蹴り技がまた厄介で,僕は想像以上の苦戦を強いられていた。
随分と長い間戦い続けていた様で辺りはすっかり暗くなった。この裏路地には街灯なんて物は無く,闇夜に溶け込んだ黒ずくめの奴が捉え辛くなってきていた。ここから先は奴の土俵での戦いになる。そろそろ決着を付けねばならないだろう。
しかし難点なのが,魔術を使えない事だった。大通りから程近いこの路地で魔術を行使すれば,また兵士達が殺到するかも知れない。
可能であれば魔術無しで切り抜けようとしていたのが,これまた戦いの長期化を招いていた。
「いい加減やられてくんねぇかなぁ!?」
奴は叫びながら路地の家並みの壁を蹴り上がり,宙返りしながら両手の短剣を振り降ろしてきた。それを避け,着地した奴に回し蹴りを仕掛ける。
しかし,それは着地と同時にバク転した奴には当たらず空を切った。そのまま距離を詰め再度蹴りを放つが,奴の素早いカウンターキックと相殺され再び互いに距離を取った。
奴の脚と交わった右脚が鈍い痛みを訴える。日頃魔術に頼りっきりで,まともに身体を鍛えなかった弊害がこんな所で現れるとは。対する奴は痛みなど見せずに軽やかにステップを踏んでいた。
「ははっ,見ろ。溜まってきたぜ」
奴が短剣の先で自らの左脚を指した。見ると,脚が薄紫色のオーラを纏い始めている。あのオーラには見覚えがある。何を隠そう,身体強化魔術だ。
どうやら奴には僅かながら魔術の才能があったらしく,身体強化魔術のみを扱える魔術戦士が奴の本性だった。しかし,奴は身体強化魔術を時間をおいて魔力を貯めなければ使用出来ず,その効力もほんの一瞬しか発揮出来なかったのだ。
だが,闇夜に紛れる暗殺を得意とする奴にとっては,そのほんの一瞬で十分なのだ。本来ならば僕の事も,一撃目の心臓への攻撃で仕留めるはずだったのだが,それは僅かに届かなかった様で,今も痛みに耐えながらではあるが僕は戦い続ける事が出来ている。
だが正直2発目を耐える自信は無い。あのオーラが完全に貯まり切るまでに,決着を付けなければならなかった。
最早一刻の猶予も許さない状況。僕は,賭けに出る事にした。
「じきにお前をぶっ殺せる。クソムカつくお遊びもここまでだ」
「なぁ,お前はどうして僕を狙うんだ?」
「あぁ?」と,奴は質面倒くさそうに頭を掻きながら答えた。既に買った気になっているのか,思いの外あっさりと喋ってくれた。
「お前は魔術師の中でも一等地位が高ぇんだろ?お前殺せば残った魔術師共は烏合の衆みてえなもんだからって,オルバイトが言ってたんだよ」
「その,オルバイトというのは?」
「俺の雇い主だよ……っと。ここまでだ。貯まりきったぜ,俺の魔力が」
僕が身体に纏っていた物と全く同じ濃度の身体強化魔術が奴の脚に宿っていた。後は魔力を解き放てば,僕でも追えない程のスピードで奴は僕を殺しに来るだろう。
だから僕も決死の覚悟を決めた。命を勝ち取る為に,リスクを負う事への覚悟だ。半ばヤケクソだとか,そういうのでは断じてない。僕には勝算があった。
僕はわざと口角を上げて笑顔になってみせた。そして奴を指差し,指先をクイックイッと曲げて挑発した。
「かかってこいよ」と。
それに呼応する様に奴もニヤリと笑い,腰を落として跳躍の姿勢を取った。互いの意識が研ぎ澄まされてゆく内に,暗闇の中に,奴の姿と二本の短剣が溶け込んでいった。
「安心しろ。一瞬で終わらせてやる」
脚が地を蹴る音がした後,決着がついた。
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